心の奥~岡部警部シリーズ~

柿崎零華

第1話~事件編~

買い物帰りで、二階建ての家の前で立ち尽くす私〈姫路真央〉。


本当は中に入りたくはない。


理由としては中にあいつがいるからだ。


あいつは私の心を弄んでいる。


夫という以前に人としての心が失われている以上、私は共にいられないのだ。


だが、ここは勇気を振り絞って足を進める。


コートの左ポケットから鍵を取り出して、ドアを開ける。


「ただいま」


声を細めながらもそう言った。


言いたくはないが、それが一つの礼儀だ。


すると目の前にある階段から夫〈姫路琢磨〉が降りてきた。


「遅かったじゃん」


「買い物にてこずっていたの」


「いつものお前じゃないな。人の心読めるんだろ」


「うるさいわね。私だって一人の人間よ。たまにはそんなこともあるわ」


「そっかぁ」


そう言って一階のリビングに向かって行った。


私もリビングに向かう。


「そう言えば、次の患者はいつ来るんだ?」


「確か十二時よ。ちょうど一時間後ね」


腕時計を確認してから、キッチンの冷蔵庫の前で片づけをする。


この家は隣に併設してクリニックを設けている。


私は一人の精神科医であり、主にインターネットや広告などで患者さんの募集をかけている。


去年に書いた一冊のエッセイ本「希望の道筋」がベストセラーを獲得してから、テレビや雑誌にも引っ張りだこになっており、一躍有名人となった。


その事もあってか、今では患者も急激に増えており、有難みを深く感じているのだ。


今日は午前中の診断は休みにしており、午後から診察を始める予定だ。


ちなみに夫は私の十歳上であり、外資系の専務をしているほど、かなりベテランの地位に座っている。


彼が貯めてくれていたお金のおかげで、精神科を開業することが出来た。


沢山の人の心を助けたいという思いを寄せて、この仕事を夢見ていたのだ。


だからこそ、今のこの仕事に幸せを持っている。


するとリビングのソファに座っている夫が


「それより、例の件は頭冷やしてくれたのか?」


「例の件?」


「あぁ、お前だって分かってるだろ」


「あの件ね」


「そうだ。そろそろ頭冷えてる頃かなと思ってな」


「別にあなたに言われて冷えることじゃないと思うけど」


「でもさ。俺だって若気の至りってあるんだよ。仕事のストレスとか色々あってさ」


「ストレスで色々とあったら、女性の心を傷つけてもいいと思っているの?」


「それは・・・」


「あのね。それはあなたのただの言い訳。本当のこと言ったらどうなの? 他の女性にも手を出しちゃうって」


「・・・」


私に嘘は通用しないのだ。


目の前の男はかなりの浮気性であり、これまで何十回のも浮気を許してきたのだ。


だが、今は限界を感じている。


精神科の医者となった以上は、身近にこんなにも女性を大切にしない人間がいるとなると、メンツというものが成り立たなくなる。


これは私にとってとても重要な問題であるのだ。


だからこそ、彼には離婚通告をしてあるのだ。


一人身になった方が気楽だ。


片づけを終わらせてから、私は夫の隣に座り


「いい? 私の決意は固いの」


「頼むから、考え直してくれよ」


「悪いけど、それは無理よ」


「じゃあ、どうすればいいんだよ」


「そうね」


私は立ちあがってから、目の前にあるテレビの前に立ち、声を重くしてから


「私が死んでって言ったら死ねるの?」


「え?」


私は微笑んでから


「冗談よ。あなたは他の女性の元へ行きなさい」


「それは無理だよ。お前しかいなんだよ」


そんな言葉聞き飽きた。


いつも浮気をしてから「お前が大事なんだ」「お前が必要なんだ」と言われても、もう信じる欠片もないのだ。


そのまま夫の後ろに回り込んだ。


「ねぇ、あなた」


「なんだ」


「本当に死んで」


そう言って、後ろで持っていたスパナで夫を殴った。


夫はそのまま倒れ込んでから痛みを堪えながらも這いつくばる。


私は這いつくばっている夫の後ろに回り込み、もう一回殴った。


夫はそのまま動かなくなり、息絶えた。


私の限界は、夫を殺害するところまで来ていたのだ。


これで私の人生の靄が取れた。


安堵しながらも、つい大きな庭に通じる窓を見ると、そこに一人の女性が立っている。


若い女性患者の〈仙台みより〉だ。


彼女は大きな精神疾患を患っており、私のクリニックに通っているのだ。


何故彼女がこの庭にいるのか分からないが、それでも見られてしまった限りは仕方ない。


みよりは目を見開きながらもこちらを見ており、すぐにその場を立ち去ろうとした。


私は駆け足で、庭に出て


「ちょっと待って」


みよりは立ち止まり、こちらに振り向かずに立っている。


「あっ・・・」


みよりの傍に近づいてから


「大丈夫。先生のいうことだけ聞いて」


「えっ・・・?」


「悪いようにはしないから」


「・・・はい」

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心の奥~岡部警部シリーズ~ 柿崎零華 @kakizakireika

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