偶像に囚われた子供たち 〜学園恋愛偶像劇は終わらない〜
いふる〜と
また、明日
第1話 誰かに知ってほしい
初夏、5月。
今日は、雨だった。
「っでさぁ、コイツが腹減ったからって、自販機の下探り出したの!www」
「っは!?やばぁwww」
教室の扉を開け、中に入る。自分の席―――後ろから2番目、窓際を見てみれば、そこには自分とは違うほかの誰かが座っていた。
名前は、三條颯太。
陸上部に所属していて、明るく脱色したセンターパートが特徴的な、クラスの中心。
『僕』とは、対極の存在だ。
「っ、あ、あの…」
声を掛けた、つもりだった。しかし、余りにも小さかったそれは、誰の耳に留まることもない。
取り残されたのは、机の前に独りで佇む『僕』。
そして、僕の椅子に座り、後ろを向いて友だちと話す『颯太』。
僕―――月島御影は、自分の気持ちを伝えられない。
月島御影に、大きな声を上げるような『役』は用意されていない。
僕がそんな役じゃないことは、僕が一番理解していることだった。
(確か、『転ゴブ』の新作持ってきてたはず…)
教室のドア側、その端っこに寄りかかり、バッグに入っているラノベを取り出す。
きっと、こういう本を読んでいるから、『陰キャ』だとかの役になってしまった。
御影は、ページを読み進める。
面白い本のはずなのに、好きな本のはずなのに。
なぜか、集中できなかった。
視線は、未だ埋まっている僕の席と、そこに座り満面の笑顔を浮かべる颯太だけが映る。
「昨日のカラオケ楽しかったね!」
「マジそれ!真依ちゃん歌ウマすぎてビックリしたわ!」
「あ、あはは…そんな褒めないでください…」
そして、教室に入ってくる三人の生徒。
黒髪ロングに、誰もが振り返る美貌を持つ大和撫子―――兎宮真依。
そして、真依についていく茶髪の女の子。その子と仲よさげにじゃれつく、ツンツン頭の男子。
三人は、自分の席にいない御影を、特に何とも思わずに通り過ぎる。
誰も、御影が立っていることに何も言わない。
『気付いていない』、わけじゃなかった。
◆◇◆◇◆◇
時は進み、昼時。
教室で友達と弁当を食べる人、購買を買いに行く人、食堂に行く人。
さまざまな分類分けで、クラスメイトが散っていく。2年3組は、弁当を食べる人が多い。
「食堂行こうぜー」
「やべっ、今日いくら持ってきたっけ?」
「お前自販機で懲りとけよ!www」
颯太を中心とした、運動部の目立つ男子グループはいつも食堂に行く。その結果、御影の席は守られ、御影は自分の席で弁当を広げる。
一緒に食べる人は、居ない。
誰も、『陰キャ』の御影とは話さない。
だから、御影は静かに箸を取る。
好物である唐揚げを掴んだ瞬間…
「―――美味そうだね、その唐揚げ。」
後ろから、声が聞こえた。
暖かくて、優しい声だ。何の悪意もなくて、純粋な興味だけで話しかけたのがわかる。
そこにいたのは、三條颯太だった。
「いやぁ、今日財布忘れちゃってさ。食堂はいけないし、みんなに迷惑かけるのもアレだし、教室戻ってきたんだよ。」
「あっ、うん…」
「あぁ、ごめんね。人と話すの苦手なのに、ついベラベラ喋っちゃって。」
颯太は、御影の斜め後ろの席だ。彼はその席から一つズレて、御影の真後ろに座っている。
「それは…」
御影は、言葉にしようとして出来なかった。
漏れた息が紡ごうとした言葉は、虚空に消える。
「なんで、僕と…?」
「ん?だって、暇だったからさ。どーせなら話したことないやつと喋りたいじゃん?」
にしっと人の良さそうな笑みを浮かべる颯太。
そう、颯太にとっては、ただそれだけのこと。
彼は、気まぐれで誰にでも優しい。
(…良い人、だ。)
きっと、朝に席を取っていたのは、本当に僕が来ていることに気付かなかっただけなんだ。
話したい、と思う。
この優しい男に、誰もが無視する僕に忌憚なく話しかけてくれる男に。
その時、壊される。
「おーっ!ここに居たのか颯太ぁ!」
バフッ!!
そんな音を鳴らし、颯太にダイブする女の子。
一目見た感想は、小さい。150に満たない身長だけど、元気さがよく見えるオレンジ髪だ。
颯太の腹から顔を上げ、ニコッと笑った。
「今日財布忘れたんでしょ?バカだなー」
「そうなんだよ…やらかしちゃったね。」
「そう言ってくれれば、あたしの弁当分けるのに!ほら来い!」
「え、それはさすがに悪いよ。」
「遠慮しないの!」
そう言って、明らかに距離感が可笑しいオレンジ髪の女の子に引っ張られていく颯太。
たしか、あの子の名前は湊蜜柑だ。
蜜柑は、特に御影の事を見ずに女子グループの中に入っていく。
だが颯太は、少し申し訳なさそうな顔をしながら手を合わせた。
それは、連れ去られてごめん、ではない。
「邪魔してごめんな!あんま騒がしくないようにするよ!」
それは、一見優しそうに聞こえる発言。
しかし、御影は勢いよく下を向いて、机の下で拳を握りしめる。
(嫌じゃ、なかったのに…僕は、颯太くんと話したかった、のに…)
月島御影は、静かで大人しく、一人が好き。
クラスの誰もが、この一ヶ月でそう信じた。
それが、『役』だとも気付かずに。
◆◇◆◇◆◇
「そんじゃ六限始めんぞー。」
「「「…はぁい。」」」
「眠そうな声してんなぁ、私の授業で寝たら許さんぞ?まぁ、総合の時間だが。」
昼休憩と5時間目が終わり、六時間目。
担任の女教師、ズボラな印象を受ける徳島京子がタバコ代わりのお菓子を口にして話す。
「雨が続いてばっかで、気分が落ちてる奴もいるだろうけどな。雨が止めば、ついに来るぞ。」
京子は、あえて勿体ぶって話す。クラスが沈黙に包まれ、彼女の言葉を待つ。
「――――体育祭。お前等スポーツマンの大好きな行事だぞ、ほら喜べ。」
「「「「「うおおおおおお!!!!」」」」」
体育祭。我が青藍高校では、6月初旬に行われるその行事は、1年間でも文化祭や修学旅行と並んで人気の行事だ。
それはなぜか?…簡単である。
この高校、屈指の高偏差値+スポーツ校なのだ。つまり、運動も勉強も本気で頑張ってきた奴が多い。
体育祭なんて、大好きに決まっている。
「よしっ、まずは実行委員から決めるぞ。誰か立候補はいるか?」
気だるげにしつつも、僅かにやる気を滲ませる京子は尋ねる。すると、再び訪れる沈黙。
だが、御影はわかっていた。この沈黙は、ただの沈黙ではない。
クラスの視線が、興味が、一人の人物に向く。
まるで刃物のように、銃口のように。
誰もが認める完璧超人な優等生、兎宮真依に。
「やりたい人がいないのでしたら、私がやりましょうか?」
真依は、言わざるおえない。
クラスメイトは、流石兎宮!だとか、真依なら安心だね!と言い続く。
(…嫌そうな顔。)
御影は、気づいていた。
兎宮真依が手を挙げるその瞬間、ほんの僅かに躊躇っていたことを。
浮かべる笑顔が、いつもより作り物なことを。
だが、御影はそれを言えない。そして、『優等生の代わりに実行委員を務める』ような、役回りでもなかった。
◆◇◆◇◆◇
放課後、黄昏時。
茜色の空から差し込む、夕焼けの暁光。
僅かに廊下が騒がしい。体育祭の準備が始まった影響で、部活が早く終わるのだろう。
部活帰りの運動部たちが、昇降口に向かっていた。
視線を切った御影は借りた本を返すべく、図書室の扉を開ける。
「あら、月島くん。もう返却?」
「はい、読み終わったので…」
「わかったわ、今日も借りていく?」
「少し、見ていきます。」
司書さんは、メガネを掛けたお姉さんのような人だ。名前は、安芸司さん。今年で35歳になる学校司書だ。
彼女に持っていた本を渡し、図書カードの返却ハンコを押してもらう。
(…あぁ、落ち着く。)
図書館の匂い、静けさ、雰囲気。
そのどれもが、自分を肯定してくれているように感じて、御影は好きだった。
御影は雑食だ。推理も、文学も、ラノベも。大抵何でも読む。
最近ハマっているのは、ラノベだ。
異世界に転生するシリーズだったり、学園ラブコメを特に好む。
(…種目、どうしようかな…)
ラノベシリーズの本棚の前に来て、ふと考えてしまった。
この高校は、というかどの高校もそうだと思うが、体育祭は種目を選んで出場する。
一人二つは出ないといけない縛りなのだが…
「100メートル、リレー…」
御影は、その種目しか頭になかった。二つ出ろと言われているのに、興味はコレにしか向かない。
当然だ。
だって、御影は短距離のためにこの高校を選んだのだから。
「…っ…!?」
3冊ほどラノベを手に取り、少し読んでから帰ろうと席を探す。手に持っているのは、同じシリーズの学園ラブコメだ。
そこで、御影は見つけてしまった。
図書室の右端、外が見えるようなテラス座席に座る、黒い髪の美少女を。
兎宮、真依。
クラスカースト、トップ・オブ・トップ。
モデルの誘いが来るほどの美少女にして、誰にでも優しく、勉強も運動もできる完璧超人。
彼女は、ラノベを読んでいた。
「っ…あ…」
真依が読み進める本の名前は、見覚えがある。
彼女はそのページを捲るたび、ニヤニヤしたり悲しくなったり、感情を良く見せる。
初めて見た。
御影は、驚愕だった。
あれだけニコニコしていて、一切『素』を出さない彼女が、本気で笑っていた。
………だから、だろうか。
「………ラノベ、好きなの?」
「…え?」
初めて、クラスの女王に話しかけてしまったのは。
彼女が握るシリーズ名は『義妹メイドと幼馴染が俺を取り合う件:第3巻』。
僕が持ってきた本の名前もまた…
『義妹メイドと幼馴染が俺を取り合う件:第3巻』だった。
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