親友ポジだから安全だと思ってたら、主人公に告白されて今にもヒロインポジの美少女達に処されそうな件
そらどり
部外者だと思ってたのに
ラブコメって、もっとこう、平和なものだと思っていた。
校内一の美少女と、ちょっと冴えないけど優しい主人公。
そこに幼馴染とか生徒会長とかが加わって、「キャーキャー」「もう、鈍感なんだからぁ」みたいなテンプレ展開をする――そういう、ゆるい茶番劇。
少なくとも、殺気立った独占欲やら手錠やら監視カメラなんて類いのものは出てこないはずだ。
……なのに、どうして僕の周りで行われているラブコメはこんなに物騒なんだろうか。
◇◇◇
「
「
「桐谷悠真、この後時間あるかしら? あなたに生徒会のことで頼みたい仕事があるのだけど」
放課後になると、主人公の机の周りには三人の美少女が集まってくる。
この学校において「三本指の美少女」と噂されているその三人から、明らかに好意マシマシな距離感で囲まれている。
まさにラブコメ漫画のテンプレのような光景。周りの男子達が羨望の眼差しを向ける中、その中心にいる我らが主人公、桐谷悠真はというと―――
「ん? 何かみんな機嫌いいよな。明日から三連休だからか?」
全く気付いていないどころか、これまた明後日の反応を示していた。
そう、これが我らが主人公である。
成績は中の上、運動もそこそこできて、顔だって平均よりちょっと上。スペックは申し分ないが、恋愛に関してあまりに鈍感なのが致命的だった。
教室の隅からそのやり取りを眺めつつ、僕――
(いや気付けよ。今時のラブコメで鈍感系主人公は絶滅危惧種だからな?)
僕と悠真が仲良くなったのは小五の頃だ。
きっかけは、共通の趣味――ゲーム。放課後、クラスの何人かで公園に集まり、当時流行っていた対戦ゲームをしていた時、たまたま僕がボコボコにした相手が悠真だった。
『お前ちょっと強過ぎないか!?』
『別に普通だって。読みが甘いだけ』
『ぐっ……次だ、次! 今度こそ俺が勝つ!』
『それさっきも聞いたんだけど。てか、そろそろ家に帰らないとだし』
『じゃあ帰ってから続きやろうぜ! オンライン対戦でな!』
『どんだけ僕に勝ちたいの……はぁ、分かったよ』
負けず嫌いの悠真に仕方なく付き合う僕。
それから、ほぼ毎晩のようにボイスチャットを繋いで一緒にゲームをし、休日もどちらかの家に通うように。気づけば、一番気楽に話せる相手が互いに僕と悠真になっていた。
(まあ、だからってラブコメ主人公の親友になりたかった訳じゃないんだけど)
図らずも“主人公の親友”というポジションを得てしまった僕だが、何だかんだこの役割を気に入っていたりする。
やれやれと肩を竦めながら鈍感な主人公にアドバイスをしたり、ヒロイン達からの相談に軽く乗ったり。あくまで観客席にいる外野だが、二人をくっ付ける為の舞台装置にもなりえる特別な存在。面倒事に巻き込まれたくない僕としては、この茶番劇を安全地帯から見物できる親友は役得だ。
……そう、思っていたのだが。
「ねえ、桐谷くんって好きな人とかいるの?」
ある日の昼休み。クラスの女子が唐突に言い放ったその問い掛けによって、ずっと続くと思っていた日常は終わりを告げた。
(おい待て、何故今その質問をぶち込んだ)
主人公とヒロインズの関係を知らないその女子からすれば、ただの年相応の興味本位から生まれた質問だったのだろう。
しかし、その一言によって、窓際で友達と話していた明良の表情は強張り、ひなみの持つペンの動きが止まり、冬華はページをめくる動作こそ変えないものの聞き耳を立てていた。
……うん、これはもう地獄の予感しかしない。
今まで三つ巴の冷戦状態だったところに、外野からひとつの爆弾が投げられたのだ。この返答がどちらに転ぼうが関係ない。今まで三人が敢えてうやむやにしてきた部分をハッキリさせてしまうのだから、少なくとも今の均衡は崩れる。
しかし、我らが主人公の悠真は、いつもの調子で肩を竦め――
「んーまあ、好きな人がいないって言ったら嘘になるけど」
更に爆弾を投下した。大戦勃発である。
「ほうほう。因みにその相手は―――」
「もう答えたからいいだろ。ほら、鬱陶しいからどっか行った」
「ちぇーつまんないの」
悠真にあしらわれると、事件の犯人は不貞腐れながら去っていく。
だが、そのやり取りを眺めていた僕は落ち着いていられない。それぞれチラッと視線をやれば、明良の表情はピキッと傾き、ひなみは手に持っていたペンをぽろっと落とし、冬華に至ってはページを完全にめくるのをやめている。
(あー……これは、来るな)
嫌な予感が全身を走る。
その日から僕は、三人のヒロインから順番に相談を持ち掛けられるという、全く望んでいないイベントルートに突入することになった。
◇◇◇
「ユッキー……ちょっとだけ話聞いてくれる?」
放課後。教室でゲームの動画を見ていた僕の机に、明良が勢いなく体を預けてくる。
いつもの笑顔の奥の瞳が妙に揺れている気がした。
「悠真の、好きな人がいるって発言……あれ本当なのかな?」
「本人は本気っぽかったけど」
「そっか……ユッキーもそう思うよね……」
明良の指先が、机の上でとん、とん、とリズムもなく動く。
――僕は知っている。この子が、追い詰められた時どんな顔をするのか。
以前、偶然見かけたことがあるのだ。
廊下の曲がり角の先、誰もいない手洗い場の前で、明良が一人、ブツブツと呟いているところを。
『さっきの悠真、私と一緒に歩いてたのに他の女のこと見てた。何で? 何で悠真は私だけを見てくれないの? 結婚するって子供の頃に約束したのに……ねぇ悠真、まさか覚えてないなんて言わないよね? 忘れたなんて言わないよね? もし他の女を好きになってたら……そんなの絶対許さない、許さない、許さない、許さない』
いつもの笑顔が嘘のように消え失せ、瞳が濁っていく光景は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。
誰にでも表と裏の顔があるとはよく言ったものだが、天真爛漫な彼女がここまでドス黒い闇を飼い慣らしていたなんて知らなかった。あの裏の顔を知ってしまえば、普段の明るいキャラは作り物ではないかと疑ってしまう。あの目は本当に怖かった……
「ユッキー、さ」
低いトーンの呼びかけに、ビクッと現実に引き戻される。
机の下で、明良の手がぎゅっと握りしめられていた。
「もしもだよ? もしも悠真が、誰か別の子のことを好きになってたら……ユッキーなら、相手が誰なのか教えてくれるよね?」
「え……いや、教えないけど」
「どうして?」
「どうしてって……」
そんなの、その誰かさんの身の安全の為に決まってるよ。犯罪の片棒なんて担ぎたくないし。
「……ねぇ、ユッキー」
言葉を詰まらせる僕に、ふわっと不気味に笑う明良。怖っ。
「私は、悠真が幸せならそれでいいんだ。だから、相手は誰でもいいんだよ? ちゃんと、二人とも幸せにしてあげるから」
「……その“幸せ”ってどういう意味?」
「ずーっと、一緒。永遠に、離れないように、ね?」
「は、はは……」
微笑む彼女の瞳の奥に確かな殺意を感じて、僕は乾いた笑いでその場をごまかした。
(……ヤバい、これは完全に一線を越えかねない人の目だ)
普段の明るい笑顔がトレードマークの彼女からは想像できない本性と対峙し、さっきから冷や汗が止まらない。こんな独占欲剥き出しのヤンデレ幼馴染から好かれている悠真が心底気の毒になる。
―――しかし、問題なのは明良だけではない。
「結城さん……少しだけ、お話してもいい?」
翌日、ひなみは帰ろうとしていた僕を引き留めると、そのまま誰もいない中庭に連れ出した。
そよ風に揺れる柔らかい髪、天使のような微笑み。その可愛らしさはベンチで横に腰掛けるとより伝わってきて、男子人気ぶっちぎりの学校一の美少女と呼ばれているのも納得できる。
清楚で純粋無垢――それがひなみの表向きの顔だ。
でも僕は知っている。
以前、人気のない空き教室から出てきた彼女を偶然見かけてしまった時のことだ。
『はぁ……体育中に汗を拭う桐谷くんの写真、すごく捗った……後は帰ってこの写真を添い寝枕にプリントアウトして、ベッドの上で一緒にあんなことやこんなこと……全部、ぜーんぶ、してあげるからね……ふふふ』
垣間見えたスマホ画面には、盗撮としか思えない悠真の写真。
そして、その写真を眺めながら息を荒げる“清楚系美少女”。……あれは、完全にアウトだった。
「ねえ、結城さんはどう思う?」
隣に腰掛けるひなみが、少しだけ切なそうな顔で問い掛けてきた。
「好きな人がいるって、ハッキリ言えちゃう桐谷くんのこと」
「どうって……まぁ、正直びっくりはしたけど」
「ふふ、だよね。私も……ちょっとショック、だったかな」
いじらしく俯いてみせる。
もし僕が何も知らなかったら、「ひなみ、良い子過ぎない?」と感動していただろう。
「……気持ちって、自分で抑えられるものじゃないよね。誰かを好きになるのって仕方ないことだと思うの」
「まあ、それはそうだろうね」
「だからね……どんな相手を好きになったとしても、私は桐谷くんを責めたりしないよ?」
きゅっと、ひなみの微笑みが深くなる。
「代わりに、抑えてあげるだけだから」
「……何を?」
「彼の気持ち。彼の行動。彼の自由。全部、私が代わりに管理してあげる」
「ちょっと待って、その発想の飛躍なに」
急にサイコなことを言い始めたんだけど。
柔らかい微笑みはそのままなのに、優しい声で過激思想を吐き出す彼女。普段の清楚なイメージからはあまりに想像が付かなくて、脳が理解を拒む。
「ほら、手錠とか、鍵付きの首輪とかってあるでしょ? ああいうの、使い方次第ではとっても便利だと思わない?」
「どんな使い方する気!?」
想像したくないが、両手両足を拘束される悠真が脳裏に浮かび、おぞましさが喉元までせりあがってくる。
天宮ひなみ……なんて危険な女なんだ。しかも、これを純粋な眼差しで言ってくるのだから猶更だ。
「愛って、時々形を選ばないから……ね?」
頬を染めて、ひなみは意味深に微笑む。
……清楚の皮をかぶった色欲暴走サイコパス女という肩書が、彼女を一言で表すに相応しいと思った。
僕は心の中で遠い目をしながら、ふと空を仰ぐ。
(ヤバイ、悠真の周りにいる女がヤバイ奴しかいない。女運なさ過ぎじゃないか?)
幸いなのは、二人はまだ犯罪行為に手を出していない点か。確かにヤバイ系ヒロインの二人だが、最低限のラインはまだ超えていないから理性は残っているということだろう。
あ、でもこっちは盗撮してるんだっけ。じゃあアウトか。まあ、まだ直接危害を加えていないからセーフと言えるかもしれないけど。
……ただ、茅野冬華。彼女の奇行に関しては弁明の余地なくアウトだと断言できる。
「小鳥結城。話がある」
その翌日に冬華が現れた。
校舎裏、コンクリートの壁にもたれながら、いつもの無表情で僕を見下ろす。
生徒会長をやっている彼女は、学校でも一際目立つ存在だ。
近寄りがたいクールな雰囲気のせいで軽々しく話しかけられるタイプではないが、頭脳明晰かつそのカリスマ性から、本人の知らないところでファンクラブが出来る程の人気を博している。当然、美少女だ。
……ただ、僕は知っている。
この美貌のクールビューティーが、とても重症な方向にこじらせている残念な美少女であることを。
「監視が……足りなかったのかもしれない」
「開口一番なに言ってんの?」
「桐谷悠真の部屋とリビングに仕掛けたカメラ映像を全部チェックした。でも、他の女の影は一切なかった。スマホのロックも解除済みの状態で何度か確認したけど、怪しい履歴は皆無」
「いや、その時点で冬華が一番怪しいからね?」
「となると、監視箇所が足りなかった? でも死角になる箇所は全て潰したはず……」
腕を組んで真剣に唸る冬華。
因みに、以前も似たようなことを言っていた。
『早く監視業務に戻らないと。私には彼を守る責任があるのよ……悪い虫が彼に寄り付かないようにね』
一番悪い虫に寄り付かれている悠真を気の毒に思った。
何時、どうやって悠真の家に侵入してカメラを取り付けたのか気になって仕方なかったが、関わるのも恐ろしいと思ったので当時の僕はスルーを決め込んだ訳である。触らぬ神に祟りなしってよく言うし。
人のプライバシーを侵害している犯罪者が目の前にいる事実を知っているのは僕だけ。どうして僕だけが知る羽目になっているのだろうか? ただの親友ポジなのに……
「ねぇ小鳥結城。もし桐谷悠真が、本当に誰かを好きになったとしても……私はそれを認めない」
「いや、そこは認めてあげなよ」
「私には、彼を守る責任があるから」
「……前からずっとそう言ってるけどさ、いつ悠真とそんな約束したの?」
「私の中で」
「一人コミュニケーション!」
そもそも会話すらしていなかった。思い込みによる暴走がここまで人を狂わせるとは恐ろしい。
ラブコメヒロイン枠が全員この調子って、だいぶ致命的だと思う。
僕は三人の本性を知れば知るほど、胸の奥にじわじわとした危機感が広がっていくのを感じていた。
(このままエスカレートしたら、悠真、普通に危ないよな)
それでもやっぱり、最後にたどり着くのは同じ結論だ。
(……でも、僕には関係ないし)
そう、僕はあくまで親友ポジ。
この歪なラブコメを特等席から見物しているだけの人間だ。変に干渉して事態を余計悪い方向に動かす訳にはいかない。
巻き込まれないように距離を取り、余計なことをしない。何かあれば相談に乗ってあげる程度で十分。それが今の役割における最適解なのだ。
(主人公が困難にぶち当たった時に助けてやるのが親友ってものだからな。主人公が困ってないのにしゃしゃり出るのは読者の反感を買う。これ、ラブコメの常識)
心の中でそう頷きながら、僕は静観を決め込むことにした。それが正しい選択だと思ったから。
……少なくとも、その時点では本気でそう信じていた。
◇◇◇
その数日後だった。
「結城、少し大事な話がしたい」
放課後。帰ろうとしていた僕の背中に、悠真がそう声を掛けてきた。
「珍しいね、悠真が大事な話なんて。あ、もしかして昨日出た新作ゲームを買うお金が足りないから貸してくれ、とか?」
「揶揄うなよ。本当にそういうんじゃなくて、結構真面目な話っつーか、さ」
「? そ、そう……」
どこか歯切れの悪い悠真。夕焼けにあてられたその表情はぎこちなく、様子も落ち着きがない。
いったいどうしたのだろうかと思いつつも、これ以上茶化す訳にもいかず、僕は振り返って悠真と向き合うことに。
「で、話ってなに? 二人っきりじゃないと話せないようなことなの?」
「あぁ……まあ、そうなるな」
「……さっきから煮え切らないなぁ。悠真が遠慮とか気持ち悪いし、いいから聞かせてみなよ。僕たち”親友”だろ?」
「……そう、だな」
軽く笑って場の空気を和ませてみるものの、悠真は一度目を伏せると、深く息を吐いた。
普段の冴えない雰囲気は影を潜め、妙に真剣なその表情をする彼を前にして、僕は次の言葉を待つしかできなかった。
「……俺さ、ようやく気付いたんだ」
少しして、静寂を切るように悠真が口を開く。
「ようやく気付いたって、何に?」
「俺にとって一番大切な人が誰なのか。ようやく、はっきり分かった」
淡々としているようで、その実かなり慎重に言葉を選んでいるのが伝わってくる。胸の奥がざわついた。
(この流れ……まさか、恋愛相談? いや、薄々そうなんじゃないかって気はしてたけど)
以前好きな人がいるみたいなことを言っていた訳だし、恋愛経験皆無の悠真がまず頼る相手となれば僕しかいないだろう。
(そうか、遂にこの時が来たのか)
あの鈍感な悠真から恋愛相談を受ける日が来るとは思いもしなかったが、ようやく僕にもラブコメ主人公の親友としての役割を果たせそうだ。
明良、ひなみ、冬華。その三人から誰を選ぶにせよ、残りの二人はきっと敵意を露わにする。
その修羅場を想像して身震いするが、悠真と選ばれた子の仲が続くように何とか取り持ってみせよう。なぁに、親友からのささやかなお祝いだ。
「そっか……で? その一番大切な人っていうのは誰のこと? 明良? ひなみ? それとも冬華?」
緊張を隠しつつ、核心に迫る問い掛けをする僕。
次の瞬間にはその相手の名前が明らかになる、と身構えていたのだが……
「いや、なんでここであいつらが出てくるんだよ?」
「……へ?」
返ってきたのは予想外の答え。思わず変な声が漏れた。
三人じゃない?
ということは……まさか別に第四のヒロインが?
(いやいやいや、ここで新キャラ登場みたいな展開ある? 僕の把握してる限り、悠真の周りにそんな不穏分子なんていなかったはず……)
冷や汗が背中を伝う。
このラブコメはヒロインズ三人だけでも飽和しているというのに、そこから更に一人増えるとか冗談じゃない。もはや確実に死人が出るやつだ。
「……なあ、結城」
混乱する僕をよそに、悠真は静かにこちらを見る。
真剣に、真面目に、誤魔化しも茶化しもなく、そんな眼差しで。その瞳が真っ直ぐ過ぎて――何故か違和感を覚える。
「俺達って、何年の付き合いになると思う?」
「え、なんだよ急に?」
「いいから。答えてみろって」
「質問の意図がよく分かんないんだけど。……そうだな。小学生からの付き合いだから、かれこれ五年くらいになるんじゃないかな」
悠真と仲良くなったのは小五で同じクラスになってからだが、それまでは別々のクラスで名前程度しか知らなかった。
それが今となっては唯一無二の親友なのだから、世の中何があるか分からないものだ。
「明良とは高校入学するまで疎遠だったって話だし、そうなると一番長い付き合いになるのは僕ってことになるね」
「ああ、そうだな。結城は俺にとって昔からのゲーム友達で、気楽に話せる相手で、バカ言い合える奴で、かけがえのない親友だ」
そうだ、僕達は親友だ。今までもそうだったし、これから先も、ずっと。
どうしてそんな当たり前のことを今更確認するのかと首を傾げる僕に、悠真はぽつりと。
「でも、それも今日で終わりにしたいんだ」
「は? それってどういう―――」
「俺、結城のことが好きなんだ」
―――その瞬間、世界が止まった気がした。
夕方のチャイムも、校庭を走る運動部の足音も、カラスの鳴き声すらも全部フェードアウトして、僕の頭の中だけが衝撃のあまりバグっていく。
「…………………………………………はあああ!?!?」
情けないくらい長い沈黙の後、口から出てきたのがこれだった。
(好き? 悠真が? 僕を? いやいやいや待って待って、え? え?)
理解が追いつかず、脳内で赤いエラーランプがいつまでも点滅しているような錯覚に陥る。
さっきまで思考停止していたのが嘘みたいに騒がしくなり、何が何だかもう分からない。
「ど、どどどど……どゆことっ!?」
声が裏返り過ぎて、もはや自分の声と思えないほど変な音が出た。
しかし悠真は、僕の混乱なんて知ったこっちゃないという顔で続ける。
「だから、結城のことがすきなんだよ。恋愛的な意味で」
「~~~っ!!??」
心臓が跳ねた。
鼓動がうるさ過ぎて耳まで熱い。
ダメだ。全く持って意味が分からない。
僕は校内一の美少女ではないし、天真爛漫な幼馴染でもないし、クールビューティーな生徒会長でもない。
何の取柄もない、ただのラブコメ主人公の親友でしかないのに。
(な、なんで……? なんで僕なの?)
悠真の周りには明良がいて、ひなみもいて、冬華までいる。誰がどう見ても、あの三人がヒロインだ。
僕はそんな眩しい美少女達の陰で、気楽にツッコミ入れて、ゲームして、親友の皮を被って生きてきた、ただの―――“女友達”だ。
「い、いやいやいや!! 何でそこで僕が選択肢に入るの!? 僕だって……まあ一応、女だけど? でも、今まで男友達みたいな感じだったでしょ!?」
「……俺さ、今まで気づかなかったんだ。結城がいつも一緒にいたから、親友でいるのが当たり前過ぎて、“好き”って感情と、“一緒にいるのが普通”って感覚を、ずっとごちゃ混ぜにしてた」
「何その、ラブコメ最終巻あたりで主人公がやる気持ちの整理みたいな独白!?」
「でも俺、やっと分かったんだ。当たり前だと思っていたことが当たり前じゃなかったんだってことに。この気持ちこそが好きなんだってことに……さ」
「よくそんな恥ずかしいことペラペラ言えるね!?」
こっちの気も知らないで、少しアンニュイな雰囲気を醸しているのがちょっとムカつく。一発ぶん殴ってやろうか。
それでもなお、悠真は畳み掛けてくる。
「こんな気持ちになるのは他の奴らだからじゃない。結城、お前だからなんだ。俺はもうお前のことを親友として見れない。異性として意識してるんだ。だから、お前にも同じように俺を見てほしい……」
「うぅ……」
その勢いに気圧されるように、スカートの裾をぎゅっと握りしめる。
急にそんなこと言われても、どうしたらいいかなんて分からない。困るし、頭が真っ白になる。
僕は、悠真のことを恋愛対象として見ていない。少なくとも、今この瞬間の僕はそう断言できる。
僕にとって悠真は、気の合うゲーム仲間で、親友で、気楽にバカを言い合える相手だ。それ以上でも、それ以下でもない。
それなのに……
「結城。返事を聞かせてほしい」
ああ、本当にやめてほしい。
そういう真っ直ぐな目で見てくるな。
「お前を困らせてるのは分かってる。ずっと親友やってきたのに、今更こんなこと言うのは我儘だってことも」
それでも、と悠真は続ける。
「何も言わないまま、自分の気持ちに背を向け続けるのはもう嫌なんだ」
ずるい。そんなふうに言われたら、簡単に断ることもできなくなるじゃないか。
胸が締め付けられる。
でも、これは恋とかそういう淡いものじゃなくて……もっとこう、ややこしい何かだ。
「……む、無理」
震える声で、ようやく絞り出す。
「今は、無理。そんなすぐに、僕の中で切り替えられない……!」
「結城……」
「と、とにかく! 今日のところは一旦、一人にさせて! 返事どころじゃないから今!」
落ち着いて状況を整理する時間が欲しくて、僕は無理やりこの話を遮る。
マズイことになってしまった。
ヒロインズのうち誰かと付き合うと思っていたのに、まさか僕が第四のヒロインとして表舞台に引きずり出されるなんて。親友役として立ち回っていたはずが、どうしてこうなった?
でも、本当にマズイのは、このやり取りをあの三人に知られてしまうことだ。
もし、この光景を目の当たりにされようものなら、僕の命は危ない。多分、いや確実に明日は来ない。
幸いにも教室にいるのは僕ら二人だけだから、誰にも見られていないしこの話も聞かれていない。
とにかく、ここから逃げて一人にならなければと、慌てて踵を返した瞬間―――
「ヒェッ……」
思わず小さい悲鳴を上げる。
教室の外から覗き込むようにして三人が揃って立っていた。それも、明らかに一部始終を見ていたかのような目で。
「え、みんな? なんでここに……?」
遅れて悠真も、僕の固まる視線の先に気づいたらしい。
だが、そんなことはどうだっていい。
今、この場で最も恐れていた事態が起きてしまった。どうあがいても言い逃れできない現場を押さえられた以上、もはやこの状況は詰みに近い。ゲームオーバーだ。
「ねえ、ユッキー?」
明良が笑いかけてくる。
いつもの太陽みたいな笑顔。元気な声。それなのに背筋が凍るのは、目の奥が殺意で満ちていたからだ。
「今の、なに?」
「あ、スゥー……いや、えと、その……」
必死に言い訳を探すが、恐怖で支配された僕の脳はフリーズしていて使い物にならない。
「結城さん」
その間に、ひなみが一歩、静かに近づいてきた。
その歩き方が妙に丁寧で、余計に怖い。
「顔、すごい真っ赤だよ?」
「これ、は、その……そ、そう! 夕焼け! 夕焼けのせい!」
何とか答えを捻り出す。
自分でも苦しいと思う。
「そっか、夕焼けのせいなんだ」
「……ッス」
ひなみの微笑みが、ほんの少し深くなる。
「ふふ。夕焼けって、便利な言葉だね」
全然便利じゃない。逃げ道が塞がった音がした。
いつもの天使のような微笑みが、今はただただ怖い。考えていることが読めなさ過ぎて、不気味さで膝の震えが止まらない。
一歩無意識に後退るも、背中が机に当たって止まる。距離感が、完全に詰み状態だった。
救いを求めるように冬華を見やる。
しかし彼女は腕を組んだまま、僕を睨んで何かブツブツと呟いている。いったい何の呪文を唱えているんだ?
「あ、あのぅ、冬華さん……?」
「彼に寄り付く害虫……害虫は末代まで徹底的に駆除しないと」
「いや怖い怖い!」
呪文じゃなくて殺害予告だった。声にドスが効いていて、下手したら本当にやりかねないやつだ。
僕は慌てて両手をぶんぶん振る。
「違う! 違うから! 確かに告白されたけど? まだ返事してないし! 僕は無関係だから!」
「許さない許さない許さない許さない許さない」
「この手錠、鉄製なんだけどアレルギーは平気? 替えがないから、もしそうなら我慢してね?」
「生徒会室の棚にあった殺虫剤……業務用の強力なやつなんだけど、貴方を駆除するには役者不足かしら?」
「誰も話を聞いてくれない!?」
必死に否定するが、三人は全くと言っていいほど聞く耳を持たない。それどころか、今にも僕の命を刈り取ろうと敵意を剥き出してくる。
この場にいたら間違いなく処される。本能的恐怖に従った僕は、一瞬のスキをついて教室から逃げ出した。
夕焼けに染まる廊下を駆け抜けながら、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
(なにこれ。どうしてこうなった)
僕は、ただの親友ポジだったはずだ。
ヤンデレ幼馴染も、清楚系サイコパスも、ストーカー系生徒会長も、全部ラブコメのヒロイン達で。
僕はその外側から、「やれやれ」と眺めているだけのつもりだった。
それなのに。
「完全に、巻き込まれた……」
息を切らせて立ち止まり、僕は天井を仰いだ。
これからきっと、ヒロイン三人の目の前で、僕と悠真の関係は否応なく変わっていく。
明良は発狂して凶器を振り回してくるかもしれない。
ひなみは隙あらば拘束器具を使って監禁してくるかもしれない。
冬華は監視カメラで位置を特定し、害虫駆除作業と称して襲い掛かってくるかもしれない。
そしてその中心に、なぜか僕が立たされることになる。
「誰がこんなラブコメに参加するって言ったんだよぉぉぉ……!」
廊下に響く、僕の悲鳴。
こうして――
“親友枠だから関係ない”と高を括っていた僕は、一転して当事者となった。
歪んだ好意が渦巻くラブコメ戦線の、ど真ん中へ。
僕の平穏な観客ライフは、ここで静かに幕を閉じたのだった。
親友ポジだから安全だと思ってたら、主人公に告白されて今にもヒロインポジの美少女達に処されそうな件 そらどり @soradori
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