ライアスの翼シリーズ① ~光と影の王女~

桜野 みおり

第1話 第1章 魔境獣と仮面剣士

プロローグ ラミンナ国との決別



漆黒の髪がゆるやかに揺れる。

この国では異質なエリオルは、ラミンナ国、通称「水の国」の静かな宮殿の一室で、窓の外の庭を見つめていた。

数日後、姉であるラミンナ姫の婚姻が正式に決まる。

姉であるラミンナ姫の顔には、この国では決して見ることのない穏やかな光が宿っていた。


(姉上はきっと幸せになる。誰にも、この国の古き因習にも、邪魔されてはならない。)


エリオルは、窓に映る自身の姿から目を背けた。

漆黒の髪と辛うじて翡翠の瞳。誰もが青い髪を持つこの水の国において、彼は「混血種」として忌み嫌われる存在だった。


姉上の婚姻は、この国に平和をもたらす重要な儀式だ。

だが、自分が国内に留まれば、必ずや陰謀の種、不和の火種になるだろう。姉上の幸せを守るには…


やはり、オレがこの国から出ていくのが一番だよな?


エリオルは、自らの決意を固めるように、懐に忍ばせていた旅装の仮面をそっと握りしめた。

その仕草を察してか、師匠兼魔術師のハワードが静かに問いかける。


「エリオル、本当に行くのか? 俺は止めねーが、後悔しないか?」


側にいたハワードは念を押すかのように問いかける。

ハワードは、唯一隔離空間でともに過ごし、エリオルを最も理解し、支えてくれた従者だ。

今姉上の護衛剣士になれたのもハワードに剣士としてのいろはを教わったからだ。


「ああ、ハワード。オレが行かねば、姉上の婚姻に影を落とすことになるかもしれない。…それに、オレを追う『彼ら』の影が、最近濃くなっているのを感じる。姉上を巻き込む前に、この旅に出るべきだ」


「彼ら」とは、エリオルの特殊な血を危険視し、抹殺を図る国内の過激派組織のことだった。


「仕方ねえな、行くか。エリオル、お前のしたいようにするがいいさ。俺がずっと側にいて守ってやるよ。どこまでも。」


エリオルは深く頷いた。彼は仮面を手に取った。これは身分を隠し、自らの表情を隠すためのものだ。

仮面剣士エリオル・リアスは今旅立つ。


「さあ、行こう。この世界のどこかに、オレたちの居場所を見つけるために。きっとどこかにあるはずだから」


確信があるわけではないが、希望的観測は必要不可欠だ。


「大丈夫だ。俺はお前をどんな状況に追い込まれても生きていくことのできる必要最低限のことは教えた」


「必要最低限ね・・・」


それにしてはボリューム満点だった気もするが。

エリオルは心の中で呟いた。


「仮に俺とはぐれてもお前なら、剣術でも少しの魔術でも、そもそも備わっている癒しの力でも何でも使えばいいさ。

エリオル、「生きる」とはそういうことだからな。

もう王宮の中ではないんだからそこは理解しとけよ」


主に対してずけずけと話しをするハワードだが、これだからハワードなんだと思う。

あくまでもメインは師匠。

それでいい。この関係性をエリオルは気に入っている。

自分の身分を考えなくて済むから。


「それじゃあ、行くか?」


「ああ、行こう」


ふたりの行く先に何が待ち構えるのか?

当然、誰も知らない。

それでもふたりは楽し気に歩き出す。

穏やかな日差しが祝福するかのように降り注いでいた。



(1) 砂漠の国の大事件


この世界には国というものがいくつも存在するが、当然ながらその大きさも置かれている状況も千差万別だ。

その国は砂漠の真ん中に存在していた。


タムール国。別名、砂漠の国と呼ばれるこの国は「七国同盟」と呼ばれる国のひとつである。

この国の人々は、緑色の髪と青色の瞳をもつ一族だ。


双対国はラミンナ国。

双対国とは、基本的にとなり合っている国で、双方の国がお互いに深く関わっている国のことを指す。

分かりやすいのは、双方の容姿が髪の色と瞳の色が逆になっていることである。

この原理でいくと、ラミンナ国の人々は青色の髪に緑色の瞳という容姿であることがわかる。

ラミンナ国は別名、水の国と呼ばれている。


この二国は見事に真逆の環境で、ラミンナ国は水が豊富なうえ、作物やその他の資源には事欠かない国で、更に優秀な剣士が多い国としても有名である。


それに比べてタムール国は、砂漠の土地柄ゆえに、作物を育てる事も出来ず、水にも乏しい。

生活のほとんどのものを、他の六国からの輸入に頼っていた。

代わりに輸出品は主に乾燥した薬草とラバット国より仕入れて作成している装飾品である。

ごく一部の人は、砂漠をかなり奥まで歩いたところにある塩分濃度の高い湖まで行き、塩を取りだして売り、生計をたてているものもいる。


「ライアス様、お待ちください。少し落ち着いてください」


そんなタムール国王宮の一室では、なぜか切迫したやりとりが行われていた。


「これが落ち着いていられるか! キール、とにかく原因を見つけにいくぞ」


せかしていうライアスにキールが冷たい声をかける。


「ライアス様、私のいっていることが聞こえませんでしたか?

落ち着いてください。この件に関しましては、ネビィスに命じて、すでに特別隊を編成させております。

ライアス様、よもや、自分で選んだ人物を信用してないことはないですよね?」


かなりな脅し文句である。


ライアス様とは、ライアス・マーティル。この国の王子である。

キールは、キール・ステイン。

タムール国の呪医・呪禁師(じゅごんし)で、刃物を手に呪文を唱え、邪悪なものを消し去ったり、取り除いたりすることができる。


ライアスが生まれた時から、ずっとライアスに仕えている。

今でも、ライアスのお守り役なのは事実だ。


「キール、いくらネビィスが剣士長でも、腕が最高でも、今回ばかりは勝手が違うだろう?」


「まあ、それはそうですが、それらひっくるめての剣士長だと思いますが。ネビィスはそのことはちゃんと理解していますよ」


「そんなのは分かっているよ。どれだけ大変な思いをしてネビィスを引き抜いたと思っている?

だけど、実質なにも分からない状態でのコンタクトはかなり危険な気がするだろ?」


キールはすこし呆れた様子になるといった。


「そんなことは分かっています。だからといって、あなた自らが動かれる方が困ることは理解出来ますよね?」


ライアスは一瞬、言葉に詰まるが、それでも食い下がった。


「キール、状況は分からないが、魔境国の獣が相手だよな?

普通に考えて、生きて帰ることができる保証はない!

俺は大切な部下たちをそんなところに行かせ、むざむざ殺されてほしくはない」


「随分ないいようですね。彼らのこと、本当に信頼していますか?」


「信頼も信用も100%しているよ。でも、だからこそ、状況の見極めが大事なんじゃないか。

俺は唯一、聖霊獣に守られている。魔境国の獣に対抗する何かがあるとすれば、それは聖霊国の聖霊獣だけじゃないだろうか?

幸いにも俺は聖霊獣を持っている。なあ、いいだろう?」


この世界は結構いびつに出来ている。

七国同盟は真ん中に存在しているが、魔境国・ガイネスと聖霊国・ファイネスはそこには属さない。

魔境国は下に、聖霊国は上に存在している。


魔境国はベルベット国と双対国なのだが、聖霊国は唯一の独立国で双対国はない。

そしてどういうわけか、メカニズムは謎なのだが、上下に位置する国のものたちだけが、自分たちの分身のような獣をもっている。


そして王族のみ、その獣を身体の中に直接宿しているのだ。

守護獣と呼ばれるそれらは、滅多なことでは人前に姿を現わすようなことはしない。


つまり、今回出没しているのは、王族の守護獣ではないということは間違いないだろう。

だからといって、喜ぶことは出来ない。

魔境国の獣にしろ、聖霊国の獣にしろ、その力の凄さがまるっきり把握出来ないからだ。


王族には守護獣がいるが、それ以外の民も守護獣を持っている。

つまりふたつの国では守護獣を持つことが当たり前のことなのである。いわば習慣といえばいいだろうか。


ライアスは子どもの頃、現聖霊国の王様であるアドニス・ペイルに聖霊獣・シルフェを与えられた。おそらく七国のなかで唯一のラッキーな人物といえなくもない。

なぜそうなったのかは後でわかるとして、そのシルフェはずっとライアスのことを守っていた。


「そうだとしても、ある程度内容を把握してからです。シルフェの乱用はよろしくない! 今、あなたに動かれることは得策ではない。

ご理解いただけますよね?」


否を許さない表情に、ライアスは仕方なさそうにうなだれた。


「その代わり、私が何かあっても対応できるように、ネビィスと共に出向きます。これでも一応、呪医ですから。何かあればすぐにお知らせします。いいですね? 王様とは、時に城で潔く待っているのも大切な仕事です。あなたはいずれこの国の王様に成られるお方です。

そこのところはお忘れなきよう。」


「分かった。わかったよ」


どんなにがんばっても、キールには勝てない。

わかっていてもどうにかしたい。ある意味それは、ライアスのいいところでもあった。


ただ、こういう時、キールはすごく不安になる。

現王、ジュレップ・マーティルには側近や護衛剣士がいるのに対して、ライアスにはそれがいない。

聖霊獣・シルフェの凄さは誰もが認めているからだ。


これで大人しくしてくれるといいんですけどね・・・・・・

心の中で呟いたキールは、意を決して、動き始める。


「ご理解力がおありで何よりです。では、いってまいります」


「すまない。頼む、キール。必ずみんなを生きて連れて帰ってくれ」


「もちろんです。危ないようでしたら、私が責任を持ってみんなを撤収させますから。大丈夫です」


本当はそんな保証、どこにもなかったのだが、ここではあえてそういうしかなかった。


キールはうやうやしく礼をすると、きびすを返し、部屋を出る。そのまま、現剣士長であるネビィス・ビルドと合流する。


「ネビィス、用意は出来ましたか?」


「キール、はい。この国の中でも有数の腕を持つ剣士たちばかりを集めています」


その辺は抜け目がないことは、キールはちゃんとわかっていた。


それにしても、ライアス様の人選力はすごい。

心の中で呟くキール。


剣士長であるネビィス・ビルドは青色の長い髪を束ねてくくり、綺麗な緑色の瞳をしていた。彼はタムール国にいても、元はラミンナ国の人間だからだ。

この国の剣士に技術力がないのは、誰もが認めるところである。


その対策として、というか、そもそも、ライアスは自国を守るためには柔軟な姿勢が大事といって、他国の逸材ばかりを探しては引き抜き、すごく効率的な人選と配置を行ってきた。


それを頭の硬い長老たちはよしとしなかったが、現王は認めていた。


他の集められた剣士たちは、緑色の髪に青い瞳、タムール国民だとわかる。ちなみにキールはベルベット国の出身で漆黒の短髪に白銀色の瞳をしている。


これは補足だが、ベルベット国の人たちは主に呪禁師(じゅごんし)・魔術師(まじゅつし)・魔道士(まどうし)・呪医(じゅい)などの職業につき、他国へと散らばっていくのが一般的である。つまり、どこの国にも、こういう人がまあまあの数、いるということである。


「さすがです。ですが、今回はどうなるか全く予想がつきません。

ライアス様もひどく気にされて、自ら出向くとおっしゃられたのを必死でお止めしたので」


キールの言葉に、ネビィスがほんの少しだけ笑みを浮かべる。


「ライアス様らしいですね。あのお方は聖霊獣をもっておいでだから、どうにかできると思われたのでしょう?」


ネビィスの問いに、キールは苦笑を向ける。


「ご名答です! みんなを死なせたくないとおっしゃっていましたよ。だから、自分に行かせてくれと。まあ、あの方らしいですけどね」


その言葉にネビィスは、つられて笑う。


「命なんて惜しいと思ったことは、一度もないんですがねぇ。

ライアス様にお会いして、ここに来ると決めた時から、この命はライアス様のものだと思っていますから。でも、まあ、もう少しあのお方に仕えていたいので、まだ、死ぬつもりはありませんが。

でも、確かに、今回は危険な案件ですよね?」


ネビィスが少しだけ表情を曇らせる。


「ええ、確かに・・・・・・でも、まあ、あなたが死ぬようなことになったら、代わりに私が死んであげますから、気にしないでください」


平気な顔で、結構おそろしいことを言うキールに、一瞬だけネビィスは固まると、すぐにフッと笑う。


「キール、あなたを殺してしまったら、それこそライアス様に申し訳が立たない。とりあえず今は、マイナス思考はやめましょう。

みんな生きて帰れると信じて、最善を尽くしましょう」


「そうですね。頼りにしていますよ、ネビィス」


そういうと、キールは楽しそうに笑い出す。


「では、行きますか? ですが、正確な場所は特定できていないですよね?」


「ええ、ですが何にしろ、タムール国民が狙われているということだけは確かなようですよ」


キールの言い方に、ネビィスはほんの少しだけ考える仕草をした。


「では、このまま砂漠へ出てみれば大丈夫ですね。

タムール国民が狙われているということは、下手にこっちが探さなくても、相手の方から出向いてくれるということですよね?

私とキールは別ですが、他は生粋のタムール国民ですから、これだけいれば嫌でも来るでしょう」


ネビィスの剣士長としての資質は、歴代の中でも群を抜いてナンバーワンである。ライアスは何よりも、人の中にある本質を見抜く力に長けていた。


「まあ、そういうことになりますね。私は一を喋ったら十を理解してくれる、あなたが大好きですよ。余計なことをいわなくても、ちゃんと伝わりますから」


少しだけ、悪戯っぽい表情で、キールは嬉しそうにいった。


「それは、とても光栄です」


そのまま、集まっている剣士たちを見て、宣言する。


「では、剣士諸君、心して砂漠へと参りましょう。貴方たちはみんな、剣士の中でもトップクラスの者たちばかりです。

でも、決して自分たちの力を過信しないように。相手は人ではありません。くれぐれも心して行動してください」


「はあ!」


一斉に上がるかけ声とともに、剣士たちの部隊はゆっくりとタムール国を後にした。


ライアスは城の中から、その様子を心配げに見守っていた。

タムール国には剣士はいるが、騎士はいない。

国によって持っている国もあれば、持っていない国もある


砂漠の砂は、騎士が着る鎧が重すぎて、逆に動き辛くなるため、騎士を配置してないのである。


隣のラミンナ国は剣士で有名な国ではあるが、ここは七国の中で二番目に大きな国であるにもかかわらず、騎士は置いていない。


聞くところによると、騎士が着る鎧は身を守る為のもの。

けれどそれは、剣士としての信念からは相反するというである。


あくまでも剣士は王や王妃のために、その命を捧げる覚悟で臨み、自分の保身を計ってはいけないのである。

自分の腕のみで王や王妃を守っていくそれが美学というものらしい。


ただ、ライアス自身は、こんな時のために、騎士というものを置いておく選択もアリかもしれないと思っていた。


一方、ネビィスたちは案外楽しげに、歩みを進めていた。


「砂漠のど真ん中よりも、オアシスの近くの方がまだいくらか助かる率が上がりますよね?」


楽しげに歩きながらも、ネビィスは頭の中であらゆることを考えていた。


「そうですね。でも、まあ、こればっかりは賭けですから、実際に実物に会ってみないとわからないですよね。正直なことをいえば、私の呪禁師としての力がどこまで通じるか、謎ですよ」


「キール、でも、案外楽しそうですね」


表情だけ見ていると本当に楽しそうで、ネビィスは思わず問いかけた。

ネビィスの言葉に、キールは苦笑を浮かべる。


「楽しそう・・・・・・楽しいですよ。元々、城の中で大人しくしているよりも、外に出ている時の方が性に合っていますから。こんなことは口が裂けてもライアス様には言えないですけどね」


タムール国を出て、部隊はかなりな速さで砂漠を横切っていた。

ネビィスが考えるオアシスまでは、半分を少し切ったところだった。

昼間の気温はかなり高くなるので、なるべく早くオアシスまで辿り着きたいとネビィスは考えていた。


「ですね」


「まあ、ネビィス、あんまり気にしないでください。

それにそろそろ来そうですよ」


ニコニコと笑みを崩さないままで、キールは瞳を怪しく輝かせて、少し先の砂ばかりの風景に目をこらす。


「の、ようですね」


ネビィスは顔色ひとつ変えることなくそういうと、腰に差した剣を引き抜いた。それに倣うかのように、他の剣士たちもみなそれぞれに剣を抜き、身構えていく。


オアシスに辿り着く前に事が起こってしまったことに、いささか不安を覚えるネビィス。

しかし、この状況ではもう、後には引けない。

精神を集中させて、そのものの位置を探る。


ひどく禍々しい気が立ち込めているにも関わらず、姿はまだ見えない。


「どうやらまだ、砂の中のようですね?」


広大な砂漠の砂の本当に微妙な動きを感じて、まるで呟くかのようにいうキール。


「ええ、かくれんぼが好きみたいですね」


「しょうがありませんね」


キールは自分の懐から短剣を取り出すと、呪文を唱える。


「逆巻く風よ、我が元に来たれ! 悪しき者の存在を我に示せ!」


朗々としたキールの声に反応して、すぐ目の前に竜巻が現れると、回転しながら砂を巻き上げていく。


「ネビィス、後は頼みますよ」


「はい! ありがとうございます」


巻き上げられた砂の先で、見た事もない黒くて大きな物体が蠢いている。


「あれは、いったい・・・・・・」


さすがのネビィスも思わず呟く。

真っ黒な身体は黒い棘に覆われていて、真ん中に真っ赤な目がふたつ。そして、棘とトゲの間から、シュルシュルと音をさせながら、触手のようなもの何本も伸びている。


「残念ながら、私も初めて見ます。やっぱり魔境国の獣の一種ではあるはずですが、さて、うかつに近づいてもいいものかどうか?」


ボディが黒いので、魔境国の獣であることは間違いないのだが、お目にかかるのは間違いなく初なので、対処の仕方がわからない。

キールの問いに、ネビィスは少し呼吸を整えながら考えを巡らせる。


ネビィスが何かを口走るより先に、帯同していた若い剣士が果敢にも切りかかっていく。


「ネビィス様、行きます」


瞬間的に直感で、ヤバいと判断するネビィス。


「まて! 早まるな!!」


ネビィスの止める声よりも先に、その剣士はまともにその物体へと切りかかる。後に何人かが続いた。


「でやーっ、覚悟!」


その瞬間、獣の赤い瞳がギラリと輝くと、一斉に黒い棘と触手が剣士たちをめがけて襲いかかる。

そして、あっという間に串刺しにされると絶命する。したたる鮮血と苦悶の表情が心を鷲づかみにする。


更に、触手が幾重にも絡まり剣士たちの身体を隠していくと、その身体すらも跡形なく消え去っていく。

次々に消えていくその姿に、さすがに血の気が引いていく。


「これは、思った以上に厄介な・・・・・・とにかく、みんな近づくな!」


ネビィスは取りあえず、みんなに指示を出してから、策を考える。

しかし、キールはそれでも冷静に獣を見つめていた。


「我が内に眠りし力、呪禁師、キール・ステインの名において命ずる。

戒めの力よ、我が手と足となりて、かの獣の動きを封じよ!」


キールの声が静かに響き渡る。術師の類いはいろいろいるが、共通するのは、みんな結界を張ることと、そこに閉じ込めたものを呪縛する力だけはあるということだ。キールは魔術師に技を教わったので、なかなかの腕前を持っていた。


「獣よ、大人しくしなさい!」


キールの声と共に結界が張られ、すぐに獣の動きが止まる。


「ネビィス、今です!」


「でやーっ!」


かけ声と共にネビィスは軽やかに剣を振るうと、一太刀で獣を仕留めた。

その体がスパリとふたつに切れる。見事な切れ味。腕前の凄さが見て取れる剣捌きだった。


「お見事!」


しかし、キールの声を聞きながら獣を見つめた瞬間、あり得ないことが起こり始める。

スッパリと切れた切り口が、すぐに再生を始めた。


ぐちゅぐちゅと嫌な音をたてながら、切り口が蠢くと、すぐにくっついて元の体を形成する。どうやら、七国の生き物ではないため、再生する能力があるらしい。


「嘘だろう?」


周りの剣士たちの呟きはすでに、絶望に近いものがあった。


「ちっ、なんなんですか、たちが悪いですね。ですが、残念ながら、私のこの力も長くは持ちません。

ネビィス、私が何とか力を押さえているうちに、策を考えてください」


疲れている表情のキールから、結界が長く持たないことはすぐに理解できた。

しかし、相手の弱点がわからない。


切ってしまったにも関わらず、再生してしまう獣。

そんなものなど聞いたことがない。

いくら元ラミンナ国の剣士とはいえ、これには策が見つからなかった。


「キール、済みません。この短時間では、いい案が浮かびません。

私が囮になります。後はみんなで一斉に棘と触手を切り落としてもらっていいですか? ・・・・・・まあ、上手くいけばの話ですが」


おおよそ得策ではないようなことを呟いて、剣を身構えるネビィス。

他の剣士たちは青ざめた表情で一応に頷く。


とにかく、何かしないと全滅しかねない。

これから先の為にも、被害は必要最小限にしたいが、獣をこれだけ怒らせてしまった以上、みんなを逃がすことは無理だと思われる。


「ネビィス、私と心中する気がありますか?」


キールが静かに問いかける。


「キール、喜んで。ライアス様には悪いですが、事ここに至っては仕方ありません」


「OK! まあ救いなのは、ひとりじゃないってことですね。

無理心中もこれだけ多いとたいしたものですよ」


キールは最後まで、軽口をたたくと、力を更に込める。


「ネビィス、幸運を祈ります!」


それでも、イメージは間違いなく、最悪な方へと流れていた。


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ライアスの翼シリーズ① ~光と影の王女~ 桜野 みおり @miori2748

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