スマホ依存ニートですが、裏世界で超能力バトルに巻き込まれました

@hiiragishathi

第1話 未再生

おれの名前は死出要(しでかなめ)、しながいニートだ

毎日スマホをみてはSNSをみて日常が終わる日々を過ごしている


12月31日 午後23時59分


目が覚めて最初に触ったのは、現実じゃなかった。

 枕元で震えるスマホだった。


 通知はゼロ。

 再生履歴だけが、昨日の俺がまだ生きていた証拠みたいに並んでいる。


 画面をスクロールする指は止まらない。

 止めた瞬間、俺という存在が消えてしまう気がした。


 声が流れる。

 知らない誰かの声、必死に感情を込めた台詞、作られた笑顔。

 評価される声。再生される声。

 俺には関係のない世界。


 ニート

 スマホ依存。

 部屋のカーテンは三日開いていない。


 ――それでも、画面の向こう側には「世界」があった。


 次の瞬間、スマホの画面が暗転した。

 反射した自分の顔が、ひどく歪んで見えた。


 「……なに、これ」


 ノイズ。

 音割れした拍手。

 歓声のようで、悲鳴にも聞こえる音がスピーカーから溢れ出す。


 画面に浮かび上がった文字は、ひとつだけ。


 《欲望のタネ、適合者確認》


 部屋の壁が、音を立てて裏返った。


 壁が裏返る、という表現が正しいのかは分からない。

 ただ、俺の六畳間は「舞台裏」みたいに剥がれ落ちた。


 天井は高くなり、床は黒く光り、どこからか照明が当たっている。

 スポットライトだ。

 俺一人に向けて。


 観客席は見えない。

 なのに、無数の視線だけが刺さってくる。


 「……やめろ」


 言葉にした瞬間、声が変だった。

 自分の声なのに、少し遅れて、少し歪んで耳に返ってくる。


 拍手が鳴った。


 誰もいないはずの空間で。

 歓迎でも称賛でもない、ただのノイズ混じりの拍手。


 足元に何かが転がってきた。

 小さな、黒い種。


 触れた瞬間、頭の奥に映像が流れ込む。


 ――再生されなかった音声。

 ――落選通知。

 ――「今回はご縁がありませんでした」。

 ――未公開、未配信、未評価。


 胃がひっくり返る。


 「……これ、全部……」


 俺のじゃない。

 けど、どれも他人事とは思えなかった。


 空間の奥から、誰かの声がした。


 「安心してください。あなたが“演じる”必要はありません」


 姿は見えない。

 でも声だけは、やけにクリアだった。


 「あなたは“消費する側”です。スマホ依存。無職。評価ゼロ。理想的です」


 理想的。

 その言葉で、胸の奥が冷えた。


 「欲望のタネは、依存の深い人間ほどよく育つ。あなたは、かなり出来がいい」


 足元の黒い種が、脈打つ。

 スマホが勝手に起動し、画面に見慣れないゲージが表示された。


 《再生数:0》


 《依存率:98%》


 《能力:未定義》


 「……能力?」


 笑い声。

 今度ははっきりと、嘲るような笑い。


 「ええ。ここは裏世界。表で評価されなかったものが、別の価値を持つ場所」


 スポットライトが一段、強くなる。


 「あなたの力は――“未再生の声”です」


 その瞬間、俺の耳鳴りが爆音に変わった。


 スマホのスピーカーから、無数の声が溢れ出す。

 泣き、叫び、演じ、届かなかった声。


 膝が崩れた。


 「……うるさい……」


 でも、止まらない。


 「聞いてください。あなたが今まで無意識に消費してきたものです」


 黒い種が割れ、闇色の光が噴き上がる。


 「さあ。最初のバトルです」


 闇の向こうから、別の人影が現れた。

 スマホを握りしめた、俺と同じ目をした誰か。


 《適合者同士の競合を開始します》


 逃げたかった。

 でも、画面から目を逸らせなかった。


 再生されなかった声が、俺の中で叫んでいた。


相手は、俺と同じようにスマホを握っていた。


 俯いたまま、画面だけを見つめている。

 その指は、俺と同じ速度でスクロールしていた。


 「……お前も、適合者?」


 返事はない。

 代わりに、スマホから機械音声が流れた。


 《再生数:12,436》


 胸が詰まる。


 俺のゼロと、あまりにも違いすぎる数字。


 「はは……そうだよな」


 どうせ、こいつは“選ばれた側”だ。

 再生される声。評価される存在。


 「勘違いしないでください」


 例の声が、天井から降ってくる。


 「その数字は“人気”ではありません。依存の総量です」


 相手が、ゆっくり顔を上げた。


 目の下に、濃い隈。

 乾いた唇。

 俺と同じ――いや、俺よりひどい。


 「……終わらせたい」


 かすれた声だった。


 「スクロール、止まらないんだ。寝ても、起きても……」


 スマホを強く握りしめる。


 《能力:即時再生》


 相手の周囲に、光のウィンドウが無数に浮かび上がった。

 動画。音声。配信の切り抜き。


 再生。再生。再生。


 空間がノイズで満たされる。


 頭が割れそうだった。


 「これが……能力?」


 「ええ。彼は“即時再生型”。刺激を瞬時に増幅させる」


 俺のスマホが、重く震えた。


 《能力:未確定》


 黒い種が、胸の奥で脈打つ。


 逃げるな。

 ずっと、画面から逃げてきただろ。


 俺は、スマホの電源ボタンに指をかけた。


 ――切る。


 世界が、静かになった。


 音が、消えた。


 敵の動きが止まる。


 「……え?」


 俺の画面に、文字が浮かぶ。


 《能力確定:未再生の蓄積》


 《成長条件:再生されなかった声を“受け止める”》


 耳鳴りが、今度は小さく、確かな音に変わった。


 ノイズじゃない。

 言葉だ。


 俺は、流れ込んでくる声を拒まなかった。


 評価されなかった台詞。

 途中で止められた朗読。

 提出されなかった音声データ。


 全部、俺の中に沈める。


 スマホが再起動する。


 《再生数:0 → 1》


 小さな一歩。


 でも、確かに増えた。


 俺は、画面を相手に向けた。


 「……これ、あんたの声だろ」


 相手が、息を呑む。


 「俺が再生してる。今」


 世界が、揺れた。


 俺の能力は、壊す力じゃない。


 使う力だ。


 消費するんじゃない。

 受け止めて、再生する。


 相手の能力が、弱まっていく。


 再生が止まる。

 ノイズが消える。


 「……ありがとう」


 相手は、膝をついた。


 「初めて……ちゃんと聞いてもらえた」


 拍手は、鳴らなかった。


 その代わり、静寂があった。


 天井の声が、少しだけ苛立った。


 「想定外ですね。ですが安心してください」


 「適合者は、まだ大勢います」


 俺の画面に、新しい文字が表示された。


 《能力成長:段階1 解放》


 《次の対戦まで、ログアウト不可》


 ――逃げ場はない。


 でも、もう俺はただの消費者じゃなかった。


 再生されなかった声を、使う側になった。

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