第21話

「そういう事なら……。ありがとう」

「うん。どういたしまして」

「……」

「……」

「……?」


 わざわざゲーム機を持ってきてくれた佐藤さんを見送ってから帰ろうと思ったが、佐藤さんは全く動く気配が無かった。

 これは佐藤さんも同じことを考えているのかもしれない。俺から動こう。


「えっと、じゃあ……」

「あ、どこでやる? それかなり古いから、コンセントある所じゃないとすぐ充電無くなっちゃうんだよ」

「どこでって、そりゃ家だけど」

「鈴木くんの家? 私行っても大丈夫?」


 これは貸して帰るんじゃなくて、今から一緒にやるという話だったのか?

 意図せずいきなり家に連れ込もうとした感じになってしまったが、佐藤さんは特に気にしていないようなので別にいいか。

 家の前に着くと、佐藤さんは我が家を眺めて興味深そうに感嘆の声を上げた。


「ほほー、ここが鈴木邸ですか」

「ああ。歴史が積み重なった、極めて価値の高い邸宅だ」

「はへー……」


 十数年という悠久の時を過ごした、今の俺の財力では到底手が届かないほど高価な二階建て住宅だ。


「お邪魔しまーす」


 玄関からすぐ二階に上がり、美子の部屋の前を通って自室へ向かう。

 すると足音を聞きつけたのか美子がドアを開けて顔を覗かせた。


「おにーちゃん、どっか行ってたんでしょ。ついでにコンビ……」


 美子がドアの隙間から顔だけ出した状態で固まってしまった。視線の先は佐藤さんだ。


「なんだ、コンビを組んでお笑いでもやろうってか。なら俺はツッコミな」


 どうせコンビニに行って何か買って来いとでも頼むつもりだったんだろう。適当なことを言って話を逸らす。

 というかもう帰ってきてるのに何がついでなんだか。


「おにーちゃんはボケしか無理だよ。じゃなくて……」

「佐藤さん、これ妹」

「あっ、えっと、おにーちゃんの妹の美子です。えーっと、おにーちゃんがお世話になっております……?」

「えっ? いえいえ、こちらこそお世話に……」


 何だか堅苦しい挨拶が始まってしまった。こんな事になるならこっそり戻れば良かった。


「あの、本当に良いんですか? うちのおにーちゃんは鍋を盗んで芋を茹でるとか言う人なんですよ?」

「あー、うん。焼く以外の食べ方もしたいからね」

「理解のある彼女……!?」


 そりゃそうだろう。俺と佐藤さんは同じ境遇で同じ辛さを味わっているのだから、誰よりも理解があって当然だ。

 しかし何やら勘違いをされているようだが、これは訂正しておいた方が良いだろう。多分勘違いされたままだと後で面倒になるやつだ。


「おい美子、佐藤さんは彼女じゃないぞ」

「え? 違うの?」

「ああ。佐藤さんは……そうだな、相棒だ」

「あ、相棒? お笑いコンビの?」

「はあ? アホな事言ってないで戻れ戻れ」


 美子の頭を押し込んでドアを閉める。強引に終わらせないといつまでも立ち話が続いてしまいそうだ。

 おにーちゃんが先に言ってきたんじゃん、などというわけのわからない戯言を聞き流しながら自室に入る。


「ほほーぅ……ここが鈴木くんのお部屋……。ほほー……」


 女子を部屋に入れるという人生の実績を一つ解除できたことに感動したが、ほほーほほーとフクロウのように鳴き、フクロウのように目を素早く動かして部屋を見回している佐藤さんを見るとどうでもよくなった。

 鳥類は一旦放置して、早速ゲーム機の電源を入れてエタファン3をプレイする。

 記憶喪失の主人公シュン君が、ジャガイモが蠢く草原で途方に暮れているところから物語は始まった。


「あんなに苦労した草原が、たったの三分で終わってしまった……」


 草原を抜けて俺が滅多刺しにされた村に入り、心優しい力持ちのドガンと出会う。最初の仲間だ。


「どう? 村の様子とか参考になりそう?」


 佐藤さんが後ろからゲーム画面を覗き込みながら話しかけてきた。

 携帯ゲーム機なので画面が小さく、それをプレイしている俺の後ろから見る形なので距離がとても近い。

 今素早く後ろを振り向いたら、ファーストキスの実績も解除できそうな気がする。


「村は……どうだろうな。村に入ってすぐ殺されたからはっきりとはわからないけど、もっと建物が多くて広かったはず」

「そっかー……。でも確かに、これじゃ生活していけないもんね」


 最初の村はゲームだと道具屋と宿屋、それと民家が三軒だけの、村と呼んでいいのかわからないほど小さい集落になっている。これを忠実に再現すると村として成り立たないから、世界を作るにあたって規模を拡大したということなんだろう。

 さらに村全体を囲う高い柵や物見櫓も追加されているので、このゲームの村とは全く別物になっている。


「リンの森もあっさり……」

「ダイコンもリスもサクサク倒せるんだよねー。納得いかない」


 村を出てすぐ、俺たちが這う這うの体で逃げ出した恐るべき森をあっさり踏破して、幼い格闘家のリンも仲間に加わった。

 序盤なだけあって、非常にスムーズな進行だ。


「で、北の街を目指して山を越えると」

「ここを実際歩くとどれくらいかかるんだろ」

「うーん……。三日、四日……から一週間ぐらいか?」

「ひえ~……」


 山もゲームでは少しエンカウント率が高いこと以外は草原と同じという扱いになっている。

 シュンくんは草原と同じようにテクテク歩いているが、実際こんな簡単に進めるわけがない。連なった低山とはつまり、起伏のある森なのだ。

 そんな所を踏破するには、回復魔法や火、水の魔法辺りは是非とも欲しい。というか魔法が無いと行きたくない。


「山もエンカウント二回であっさり……」


 実際は百回以上エンカウントがありそうな山々を越えると、すぐにサウイン王国が見えてくる。厳密に言えばこれまでいた場所は全てサウイン王国の領土っぽいので、ここはその首都ということなんだろう。

 ここには戦士や格闘家、ソーサラーやヒーラー、狩人や商人等々、様々な職業を開放してくれるNPCが配置されていて、実質的にここで職業システムが解禁ということになる。


「山がなければ無理してでもサウインまで行って色々開放したいんだけどねー」

「いや佐藤さん。村の変貌ぶりを見る限りだと、サウインもどうなってるか……」

「ああー……いないかもしれないんだ」

「もしくはいても教えてくれないか」

「……ありそう」


 サウインまで行かないと魔法を覚えるのにとても苦労するが、魔法がないとサウインまで行くのにとても苦労する。

 そんな風にどう転んでも苦労するという考えだったところへ、サウインに行ってもソーサラーになれない疑惑が出てきた。

 やはりこっちでソーサラーになってから山越えを目指すべきだろうが、こっちでソーサラーになるのも苦労する。八方塞がりだ。


「腹減ったな……」

「あ、私も」


 俺はゲームに没頭し続け、佐藤さんは俺の部屋にあった漫画を読みつつ、たまにゲーム画面を覗き込んできたり。そんな風にダラダラ過ごして気付けば時刻は十四時。もう昼過ぎなのでさすがに腹が減ってきた。

 エタファン3が案外面白く、できれば昼飯を抜いて続行したいとは思うのだが、今の俺は空腹を許せない。腹が減ったなら何かを食べないと気が済まないのだ。


「うーん。何か食いに行くか」

「行こう行こう。私ジャンキーなものが食べたい。ラーメンとかハンバーガーとか」

「あー、朝にラーメン食ったからハンバーガーで」


 エタファン世界でじゃがいもとダイコンのみの食生活を続けている影響で、どうしても脂っこいものが食べたくなる。デブまっしぐらだとわかってはいても、この欲求には抗えない。


 ゲームを持ってきてくれたお礼に昼飯ぐらいは奢ろうと思ったのだが、佐藤さん曰く「相棒なんだから当然だよ」とのことで、それぞれ自分で買うことに。どうやら佐藤さんは「相棒」という関係を気に入ったらしい。

 バーガー屋の中でも俺はエタファン3をプレイし続け、途中で佐藤さんは俺の向かいから隣に移動してきた。何事かと思ったら、ただゲーム画面を見るためだったようだ。


「サウイン王国の事件をやっとクリアしたけど、シーラとハーケンとか、あとジルドも死んでるんだよな」

「……シュンくんに付いて行ったんだもんね」


 サウイン王国はいかにも悪役っぽい大臣に事実上国を乗っ取られて荒れ果てており、それを何とかしようと幼い王女のシーラが奮闘。主人公のシュン達一行はひょんなことから騒動に巻き込まれ、最終的には王女と力を合わせて大臣を倒す……というのがメインのストーリーだ。

 その過程で協力することになった不良騎士のハーケン、そして自分が残っては国政の邪魔になると考えたシーラが仲間になるのだが、ラスボス戦で全滅したパーティーの仲間になったということはつまり……この二人はもう死んでしまっていることになる。


 さらに裏町では寡黙な剣士ジルドが、とある商会に雇われた用心棒に復讐するため、潜伏して隙を伺っている。それを手伝うのか、あるいは止めるのか。この選択次第でジルドが仲間になるかどうかが決まるというサブストーリーも存在する。

 ……が、これも既に終わった話だ。


「まあそれでも何が役に立つかわからないから、ゲームの知識はあるに越したことはないよな」

「ふぉふ。ふぉふふぁんふぁふぉ、ふふふぃふん」


 ハンバーガーにポテトとナゲット、さらにコーラというセットを食べ終えた佐藤さんは、追加で注文したパイを食べながらシェイクを飲んでいる。何を言っているのかさっぱりわからないが、頷いているので多分同意しているんだろう。

 佐藤さんの体型維持のためにも、早く先に進まないと。

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