第10話
「んおっ」
ジャガイモ男爵の突撃を無防備に受けてしまい、そのまま地面を力なく転がり続ける。もはやそこから立ち上がる力も無い俺は、冷たい地面に横たわったまま、二匹のジャガイモ男爵から散々にボコられてしまい……ふかふかな布団の中でパチリと目を覚ました。
「はぁ、はぁ、はぁ……ああ、死んだのか。くそ、全然慣れないな……」
ここはあの草原じゃないし昼過ぎでもない。自宅の自室で時刻も朝の五時だ。あっちで死んで、こっちで目が覚めたという事になる。
しかし死ぬまで殴られるというのは、とにかく痛くて恐くて辛い。
そして何より嫌なのが、死ぬ瞬間まで気を失わないということだった。
本来ならとっくに気を失っているはずの疲労と怪我、出血でも意識が保たれ続け、死ぬまでひたすらジャガイモに嬲られ続けてしまった。よく佐藤さんは初日にあんな酷い死に方をして再び寝ようと思えたものだ。
もう二度と殺されないためにも、次にあっちに行くときはジャガイモを食べて体力を回復させなければ。
「二十二時に寝たら異世界の夕方。んで異世界で昼過ぎに死んだら日本で五時」
これはほぼ決まりだろう。予想通り0時起点の三倍速だ。
日本の0時が異世界の0時。そこから日本で八時間経つごとに異世界で二十四時間経つ。
日本時間に合わせてくれているのはわかりやすくて良い。いずれ異世界で大きく移動して時差が発生したらどうなるかはわからないが、残念ながら当分は心配ないだろう。
これを踏まえていつ寝るようにするのかは佐藤さんと話し合って決めればいいとして、今やるべきこと……それはただ一つ。
「ジャガイモ……ジャガイモ……」
今の俺に最も必要な情報とはジャガイモに関することだ。それを調べようとスマホに手を伸ばすと、先に死んだ佐藤さんからいくつかメッセージが入っていた。
内容は要約すると「朝ごはんおいしい」である。やはりとんでもない女だ。
気持ちはわからないでもない。夕方の時点でかなり腹が減っていたのに、そこから延々歩き続け、さらに何度も戦闘を繰り返して最終的には昼過ぎだ。その間ずっと空きっ腹を抱え続けていたのだから、とにかく腹に何かを詰め込みたくなるものだろう。
エネルギーを消費していないこちらで暴食を繰り返せば当然デブまっしぐらなので、早々に食糧事情を改善したいところだ。
「ジャガイモって生食いけんのかよ……。ん、でも大量には食えないのか。うーむ」
ジャガイモに関して粗方調べ終えた俺は、ベッドに倒れ込んで異世界での出来事を振り返る。
冷静になって思い返すと実感するのは、疲労と空腹は人をアホにするということだ。頭がうまく回らなくなり、注意力も散漫になり、運動能力も目に見えて落ちる。
次も空腹スタートは確定しているので、その事を念頭に置いて備えなければならない。
植えたジャガイモを回収してインベントリに収納するところまでは何とかやり遂げたので、あとはあれをどう食うかだが……。
それにしても、ジャガイモの収穫までは確かに苦労したものの、あれは俺たちの事情によるものが原因であって、野菜を育てること自体は簡単すぎる気がした。これで食い詰めた村人が山賊に身をやつすというのがどうにも腑に落ちない。何か事情があるのだろうか。
そして授業そっちのけでエタファン3について調べ続け、放課後。
昨日と同じ近所の公園のベンチで、佐藤さんは鬼気迫る勢いで俺にスマホの画面をぐいぐいと押し付けるように見せてきた。
「鈴木くん鈴木くんっ。ほら、これこれ!」
「えっ、何。どうしたんだ。ん……ファイアー小僧?」
佐藤さんが見せてきたスマホの画面には、ファイアー小僧という魔物の情報が記載されている。
俺がぶっ殺された、ゲーム的には名も無き村。あそこの近くを流れている川を渡った先で出現する魔物だ。
「ファイアー……ま、まさか佐藤さん」
「そう。ファイアー小僧に<ファイアー>の魔法を使ってもらって、それでジャガイモを焼くんだよ!」
「な、なるほど」
この発想、まさしく天才だ……。
疲労と空腹は人をアホにする。この論が正しいとするならば、佐藤さんはどうなのだろうか。
朝飯をモリモリ食べて、昼飯の弁当もガツガツ食べて、そして放課後の今は甘そうな菓子パンをバクバク食べている。
これだけ食べ続けているのなら、当然佐藤さんが空腹であるはずがない。よって今の佐藤さんはかしこいのだ。
そんな佐藤さんが考えた火を熾す方法。サバイバルで使われるようなチマチマしたやり方じゃない。お手軽簡単で画期的な手段だ。
背後に枯れ木の束を用意しておいて、自分たちに向かって発射された<ファイアー>の魔法をサッと躱すだけ。あとは後ろの枯れ木が良い感じに燃えて、その中にジャガイモを放り込めばベイクドポテトの完成だ。
「それにほら、ファイアー小僧は<ファイアー>を一回しか使えないんだよ。だから一回で焚火ができたら、その後はもう撃ってこないから安心だし」
「安全面も考慮してあるとは……完璧じゃないか」
仮にうっかり被弾してしまったとしても、たしか<ファイアー>一発ならダメージは十程度だったはず。それ以降撃ってこないなら何も問題は無いだろう。…………いや、本当に無いのか?
あれ、どうなんだ? ゲームだと単純に多少痛い程度のダメージを負うだけだが、火の玉なんかをぶつけられて果たして無事でいられるのか? 皮膚が焼け爛れて悲惨なことになるんじゃないのか?
というか今の佐藤さんは本当にかしこいのか? 菓子パン二個目を開封している佐藤さんは空腹でアホなんじゃないか?
そして二個目のおにぎりにかぶりついている今の俺はどうなんだ?
そんな疑問を抱えつつも帰宅し、夕食もムシャムシャ食べてさっさと就寝。
今日は二十三時を目途に合流する約束で、遅れないよう少し早めにベッドに入ったが、そのままあっさり眠ってしまった気がする。
スタート地点の草原でパチリと目を覚ます。
起き上がって体調を確認するが、やはり既に深刻な空腹状態にある。
ただ前回死ぬ直前の、指一本動かせないほどの疲労感は無くなっているので、数時間程度ならまともに活動できそうだ。
今のこっちの時刻は大体夜の八時頃。佐藤さんが来るまでは少し時間があるだろうから、天才的でアホなファイアー小僧作戦を中止させるために、今ここで火を熾すとしよう。
「確か……こんな感じか?」
木をぐりぐりして摩擦熱を起こし、それによって火種を得るという手法だ。やった事がある人はほとんどいないだろうが、知識として知っている人は大勢いるだろう。俺もその一人だった。今回は一応事前にやり方を調べてはみたものの……まあ上手くいかない。
「鈴木くん、おはよー」
「ああ、おはよう」
異世界で合流するときはどうしても夕方から夜になるのだが、一応寝て起きてすぐに会うことになるのだから、自然と挨拶はこうなった。
「あれ? 鈴木くん、それってもしかして……!」
佐藤さんは暗い中でも俺の手元に目敏く気付いたようだ。期待に胸を膨らませているかもしれないが、世の中そう甘くなかった。
「ああ……ファイアー小僧作戦、決行だ」
「あっ、うん」
これからまた地獄の深夜行軍だ。
空は生憎の曇り模様。前回ほどは星の光が届かないので、視界は非常に悪い。本来ならば大人しく夜が明けるのを待つべきだ。
「よし、行こう」
「だね。早く行こう」
ただしそれは、腹が減っていなければの話だ。
水は死ぬ直前にたらふく飲んでいたので問題無いが、とにかくこっちに来た瞬間から腹が減って仕方ない。
雲の切れ間から山の方角を確認し、なるべく西へ真っ直ぐ進む。そうすればやがて大きい川に行き当たり、そこを越えれば焚火でジャガイモパーティーだ。
昨日は魔物を警戒しながら足音を殺して歩いていたため、その速度は非常に遅かった。
しかし今日は遠慮なく足音を鳴らしながら、ひたすら真っすぐ歩き続けている。来るなら来いという心境だ。
昨日のジャガイモを育てる過程で俺たちはそれぞれレベルが上昇していた。現在は俺が旅人レベル七、佐藤さんが旅人レベル六となっている。
レベルが上がると疲労と空腹に苛まれた状態でも魔物との戦闘が多少楽になったので、改めてレベルの大事さを実感することとなった。
それにより今の俺たちは、危険でも辛くても魔物は積極的に狩るべし、と方針を策定するに至った。呑気に話しながら歩いているのはその一環である。
「ソーサラーに転職できたらほとんどの問題が解決するんだけどなー」
「ソーサラーは何だっけ。ソーサラーに弟子入りするか、魔法で魔物を百体倒す……だったかな」
「そうそう。その魔法を覚えるためにソーサラーになりたいのに、どうすりゃいいんだってやつ」
エタファン3での職業は、戦士や狩人、ソーサラーやヒーラー等の基礎的な戦闘職の場合、該当する職業の先達に教えてもらうことで開放していくのが基本となる。一応それぞれ特定の条件を満たすことで開放できるようにはなっているが、そちらを使って開放するプレイヤーは殆どいないだろう。
ゲームのスタート地点であるこの近辺で延々敵を倒し続けて早期に開放させるプレイ動画も存在するが、それはやり込み動画と言われる部類のものとなる。俺たちがやろうとしているのはそれだった。
なお、一方で木こりや農家、料理人や商人等の職業は特定の行動で条件を満たす以外に方法が無い。
これらの条件は職業によって難易度が様々なので、簡単なものから順次こなしていくつもりだ。
「調べた限り、攻撃魔法を覚えるならヒーラーが良いだろうな。ヒーラーのレベル十で覚える<セイント>の魔法で攻撃できる」
「おお~。そのヒーラーになるにはどうすればいいんだっけ」
「ヒーラーに弟子入りするか、味方を百回癒すこと」
「癒すって……どうやって?」
「や、薬草とか……」
「その薬草はどこにあるの?」
「ど、ドロップで……」
「……」
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