プロジェクト・マネジメント・オフィス異世界支部 〜予算と納期を守って世界を救う方法〜
@sumineku
第1章 納期を半分にしろと仰る王様に、インパクト分析の結果を突きつけてみた
第1話 死んでも治らない「管理職」の性
窓のない会議室。
午前二時を回った壁時計の針が、心臓の鼓動を刻む音のように重く響いていた。
俺、佐伯航太(サエキ・コウタ)の視界は、先ほどからチカチカと不気味に明滅している。
目の前の大型モニターに映し出されているのは、真っ赤に染まったガントチャートだ。
「……致命的な遅延(ディレイ)だ」
誰に聞かせるでもなく、乾いた声が漏れる。
数千人のエンジニアと数十億の予算が動く、国家級のIT刷新プロジェクト。そのPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)として、俺はあらゆる炎上案件を鎮火し、不具合をねじ伏せ、納期という名の怪物を飼い慣らしてきた。
だが、今の俺の視界に映る「進捗率」は、残酷な真実を告げている。
リソースは枯渇し、現場は疲弊し、上層部は責任逃れのために仕様変更を繰り返す。
――このプロジェクトの『クリティカルパス(最重要工程)』は、もう、どこにも存在しない。
ぬるくなったエナジードリンクを流し込もうとして、手が止まった。
指先が、氷のように冷たい。
心臓が、まるで「要件定義ミス」を起こしたプログラムのように、不規則なリズムで跳ねた。
(ああ、そうか……)
プロとして、最悪のリスクヘッジを怠っていたことに気づく。
他人のスケジュールを秒単位で管理しながら、俺は自分の『寿命』という名のリソース管理を、完全に放棄していたのだ。
モニターの赤い光が、ゆっくりと暗転していく。
意識が遠のく中、俺は最期まで職業病じみた後悔を抱いていた。
(……未完了のタスクが、まだ、山ほど残っているのに……)
それが、シニアPMO・佐伯航太の、最初の『プロジェクト終了(サインオフ)』だった。
***
「……おい! 起きろ! 死ぬのは納期を守ってからにしろ!」
激しい揺れと、耳をつんざくような怒号。
死んだはずの意識が、強引に現実に引き戻される。
(……納期? 誰だ、俺の遺体にまだ働けなんて言っている奴は……)
重い目蓋を開けると、そこは窓のない会議室ではなかった。
煤けた天幕(テント)の天井。鼻を突く血の匂いと、錆びた鉄の臭気。
「ようやく目が覚めたか。行き倒れの事務官殿」
視界が焦点を結ぶ。
目の前にいたのは、返り血で汚れた銀色の胸当てを纏った、気の強そうな美女だった。
燃えるような赤髪をポニーテールに結び、腰には無骨な長剣を下げている。
「な……ここは……」
「王立魔導騎士団、北伐軍の最前線キャンプだ。あんた、街道の真ん中で行き倒れてたんだぞ。……まあいい、生きてるなら手伝え。見ての通り、ここは地獄だ」
彼女――リナリアが指し示した先を見て、俺は絶句した。
テントの外では、ボロボロの鎧を着た兵士たちが泥の中に座り込み、虚ろな目で空を見上げている。
奥では魔術師らしき男たちが、火を噴きそうなほど真っ赤な顔をして、巨大な水晶板に必死に魔力を注ぎ込んでいた。
「魔王軍の進軍速度が上がった。王宮からは『二十四時間以内に王都防衛結界を完成させろ』と無茶振りが来ている。だが、現場の魔術師は三割が過労でダウン。資材の魔石は届かない。……正直、もう、おしまいよ」
リナリアが吐き捨てるように言ったその瞬間。
俺の網膜に、現代ではあり得ないはずの『UI』が浮かび上がった。
$$\text{Status: Analyzing Project...}$$
$$\text{Critical Risks: 127 Items Detected}$$
$$\text{Success Probability: 0.0001\%}$$
視界が勝手に、目の前の惨状を「データ」として処理し始める。
魔術師たちの無駄な詠唱プロセス。
物流の停滞。
根性論だけで回されている、あまりにも非効率な人員配置。
(……なんだ、これは。前世よりも酷い『炎上案件』じゃないか)
体の芯から、冷え冷えとした怒りが湧き上がってくるのを感じた。
魔王がどうとか、ここがどこだとか、そんなことはどうでもいい。
ただ、マネジメントを放棄し、現場の血で納期を買おうとするこの「やり方」が、我慢ならなかった。
「……副団長、と言いましたか」
俺はふらつく足で立ち上がり、混乱の極致にあるキャンプを指差した。
「今のやり方では、あと一時間であなたの組織は全滅します。……命が惜しければ、全権を俺に預けてください」
「はあ!? あんた、何を……」
「俺はPMOだ。この腐った『デスマーチ』を鎮火(シャットダウン)しに来た」
かつての会議室で、幾多の絶望的な夜を越えてきた時と同じ、冷徹な声。
俺の異世界での第1ラウンド――魔王討伐という名の、史上最悪のプロジェクトが幕を開けた。
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【あとがき】
はじめまして。数ある作品の中から本作を手に取っていただき、誠にありがとうございます。
前世で「管理」に命を削った男が、異世界で「仕組み」によって人々を救う。そんな、少し変わった物語を書いてみたいと思い、執筆を始めました。
仕事や家事で疲れた時、ロジックで問題を解決していく爽快感を少しでもお届けできれば幸いです。
もし「続きが気になる!」「応援したい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけますと、執筆の大きな励み(リソース)になります!
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