100人目の勇者 〜怖がり勇者のほのぼの育成ライフ〜
いちごぴゅーれ
第1話 100人目の勇者と、やる気のない女神様
書いてみたかった異世界ファンタジーを書いてみました!
楽しんでいただけたら嬉しいです💙
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私の名前は、秋庭紅葉(あきは もみじ)。
都内の大学に通う、ごく普通の女子大生だ。
成績は中の上、運動神経は並、容姿も十人並み。
特技と呼べるものはなく、趣味といえば休日に動画サイトを巡回することくらい。
強いて言うなら「平穏無事」を愛していることくらいが特徴だろうか。
波風の立たない人生こそが至高。
ドラマチックな展開なんて、映画や小説の中だけで十分だ。
だから、もし私の人生が物語になるとしたら、きっと私は主人公ではなく、背景に溶け込む「村人A」や「通行人B」がお似合いだと思っていた。
――それなのに。
「……ここ、どこ?」
呟いた声が、反響もせずに吸い込まれていく。
目を開けると、そこは真っ白な空間だった。
大学に行くためにセットした目覚まし時計の音も、慣れ親しんだアパートの天井も、薄汚れたカーテンもない。
上下左右、果てしなく続く白。
私は呆然と立ち尽くし、状況を理解しようと脳をフル回転させた。
夢? 誘拐? それとも、流行りのドッキリ企画?
「あ、起きた?」
不意に、気だるげな声が降ってきた。
声のした方を向くと、そこにはあまりにも場違いなものが鎮座していた。
豪奢な装飾が施された、玉座のような椅子。
そこに一人の女性が座っている。
透き通るような金色の髪、陶器のように滑らかな肌、そしてこの世の素材とは思えないほど美しいドレス。
誰がどう見ても、人間離れした美貌の持ち主だ。
けれど、その神々しさを台無しにする行動を、彼女はとっていた。
ジョリ、ジョリ、ジョリ。
彼女は私のことなど一瞥もせず、一心不乱に自分の爪にヤスリをかけていたのだ。
「あの……」
「おめでとう。あなた、異世界を救う勇者に選ばれたわよ」
作業の手を止めず、視線も爪先に固定したまま、彼女は言った。
その口調はあまりにも軽く、まるで「宅急便が届いたわよ」と家族に伝える時のような、日常の延長線上にある事務的な響きだった。
「勇者……? 異世界……?」
「そうそう。あるのよ、魔獣が強すぎて滅びそうな世界が。そこを救ってほしいのよね」
彼女はヤスリの角度を変え、光にかざして仕上がりを確認する。
私の頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされていた。
勇者召喚。
ライトノベルやアニメでよく見る設定だ。
まさか自分が、という驚きはある。
けれど、それ以上に目の前の女性――おそらく女神なのだろう――の態度が、あまりにもテンプレートから外れていた。
もっとこう、「世界を救ってください!」と懇願されるとか、厳かな雰囲気で使命を授かるとか、そういうものではないのか。
「ちなみに」
女神は思い出したように付け足した。
「あなたが記念すべき、100人目の勇者ね」
100人目。
その数字を聞いた瞬間、思考が冷水を浴びせられたように冴え渡った。
多い。あまりにも多すぎる。
勇者というのは、唯一無二の希望ではなかったのか。
100人もいたら、それはもう勇者ではなく、ただの兵士ではないか。
「え、100人目……? じゃあ、前の99人はどうなったんですか?」
恐る恐る尋ねる。
女神の手が、ピタリと止まった。
彼女はようやく顔を上げ、私の方を見た――いや、私越しに虚空を見つめたようだった。そして、ふっと鼻で笑った。
「まあ、色々あってね……」
多くは語らなかった。
けれど、その乾いた笑い声と、すぐに興味を失って爪の手入れに戻った姿が、雄弁に物語っていた。
成功者はいないのだ、と。
99人が挑み、99人が失敗した。
「君も大変だと思うけど、システムで無作為に選ばれた以上はキャンセル不可だから。そこは諦めて」
再びヤスリの音が響く。
そこには「世界を救ってほしい」という熱意もなければ、「あなたならできる」という期待もない。
ただ、「送るのが仕事だから送る」「どうせ君もダメだろうけど」という、諦念と惰性が漂っていた。
「そ、そんなのあんまりです! 私はただの女子大生ですよ!? ケンカだってしたことないのに!」
「はいはい、わかったから」
女神は爪の削りカスをフッと息で吹き飛ばした。
私の抗議など、宙を舞う粉塵ほどにも気にしていない。
「で、100人目のキリ番記念ってことで、今回は特別にスキルを二つあげることになってるの。好きなのを選んでいいわよ」
「えっ」
「通常は一つなんだけどね。大サービス。ほら、さっさと決めて。私、もう上がりたいのよね」
女神が空中に指を滑らせると、私の目の前に半透明のウィンドウが現れた。
そこにはただ【希望スキルを入力してください】という点滅するカーソルがあるだけだった。
「す、好きなものって言われても……」
「何でもいいわよ。魔法でも、剣技でも、美貌でも。早くして」
女神が貧乏揺すりを始めた。
コツ、コツ、コツ、とヒールの踵が床を叩く音が、私の焦燥感を煽る。
待って、待って。
私の命がかかっているのだ。
99人が失敗した世界に行くのだ。
慎重に選ばなければ、瞬殺される未来しか見えない。
何が必要だ?
最強の剣? いや、振れなければ意味がない。
最強の魔法? 詠唱してる間に殺されたら?
そもそも、どんな世界なのかも分からない。
一番大事なのは、何があっても「死なない」ことではないか?
そうだ、まずは安全性の確認だ。
この「好きなもの」という定義がどこまで許されるのか、それを聞かなければ。
「あの、例えばですけど……それって、『不老不死』とかでもいいんですか?」
私はあくまで、確認のために聞いた。
神様のような存在相手に、そんな禁忌レベルの願いが通るはずがない。
「それはさすがに無理ね」と言われたら、もう少し現実的なラインを探ろう。
そう思っていた。
パチン。
乾いた音が響いた。
女神が、指を鳴らしたのだ。
直後、私の体がカッと熱くなり、淡い金色の光に包まれた。
「はい、一つ目承認。『不老不死』ね」
――ポーン。
目の前のウィンドウに【不老不死:取得済み】の文字が刻まれる。
「えっ」
「なかなかいい所に目をつけたわね。死ななきゃなんとかなるかもしれないし。はい、次」
「えっ、えっ!? ちょ、ちょっと待ってください! 今ので決まりなんですか!? 私、質問しただけなのに!」
「一度決定したスキルは変更不可でーす。ほら、あと一つ。早くして」
嘘でしょ!?
血の気が引いた。不老不死になってしまった。
いや、死なないのはいいことだ。 でも、それだけだ。
「死なない」だけで、「痛くない」わけでも「強い」わけでもない。
もし敵に捕まって、地下牢に閉じ込められたら?
死ねない体で、永遠の苦しみを味わうことになるんじゃないの?
「あと十秒で決まらなかったら、『常に足の小指をタンスの角にぶつけた痛みが続くスキル』にするわよ」
「嫌だぁぁぁ! そんな地獄!!」
「十、九、八……」
カウントダウンが始まる。
パニックだ。頭の中が真っ白になる。
一つ枠を使ってしまった。
あと一つしかない。
不老不死という極端なスキルを持ってしまった以上、それを補う何かが必要だ。
戦う力も要る。
生活する力も要る。
言葉も分からないと困る。
お金を稼ぐスキルも、逃げるスキルも、美味しいご飯を作るスキルも……!
ああもう、足りない! 枠が足りない!
一つじゃ全部はカバーできない!
どうすればいい?
どうすれば私は、理不尽な世界で生き残れる!?
「三、二……」
「あーもう!! だったら『何でもできるスキル』にしてください!!」
私は半ばヤケクソで叫んだ。
細かいことはもう分からない。
とにかく、全部だ。全部できないと困るんだ。
女神がピクリと眉を動かした。
呆れられたか。怒られたか。
しかし、彼女の口元は、ニヤリと三日月形に吊り上がった。
「……ふーん。『何でもできる』ね。雑なオーダーだけど、まあいいわ」
パチン。
再び、指が鳴らされた。
先ほどよりも強く、激しい光が私の体を貫く。
脳の奥底に、膨大な何かが流し込まれる感覚。
全知全能の書庫に接続されたような、奇妙な万能感が全身を駆け巡った。
「スキル名『森羅万象(しんらばんしょう)』。この世のありとあらゆる事象、理(ことわり)、技能を行使できる権能。ま、これがあれば大抵のことはできるわね」
――ポーン。
【森羅万象:取得済み】。
「はい、これでスキル付与は完了。業務終了ー」
女神が伸びをした瞬間、私の足元の床がスッと透け始めた。
体が重力に従って沈んでいく。
待って、もう終わり?
説明は? 地図は? 装備は?
「ちょ、ちょっと! いきなり放り出さないでください! 具体的に何をすればいいんですか!?」
腰まで光の中に沈みながら、私は必死に手を伸ばした。
女神はもう私を見ていなかった。
彼女は再びヤスリを手に取り、爪の具合を確かめている。
「魔獣が強すぎて人類ヤバいから、まあ適当によろしく。生存領域を広げてあげてね」
「適当って何ぃぃぃ!?」
「じゃ、お元気で」
ヒラヒラと、手首だけで手を振られた。
「は? え? なにそれぇぇぇぇ――……ッ!?」
私の絶叫は、白い空間に虚しく響き、そして途切れた。
視界がホワイトアウトし、強烈な浮遊感が私を襲う。
こうして私は、投げやりな女神によって、100人目の勇者として異世界へ「転移」されたのだった。
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