鋼の月

鷹山トシキ

第1話 ​ 鋼の月 — 渋谷・スクランブル・ナイト

 その夜、渋谷の街はいつも通り、無数の光とノイズに溺れていた。

​ 二十四時間止まることのない巨大な鼓動。スクランブル交差点を渡る人々の波は、まるで行き先を失った回遊魚の群れだ。大学二年生の健太は、隣を歩く美咲の柔らかな手の温もりを感じながら、人混みを縫うように歩いていた。

​「ねえ、次はどこに行く?」

​ 美咲の言葉が、背後から近づく異質な音にかき消された。

​――アスファルトを、硬い何かが「コツ、コツ」と叩く音。

​ 最初、健太はそれを、誰かの杖か、あるいはヒールの高い靴音だと思った。だが、その音は人混みのリズムとは明らかに異なり、獲物を追う捕食者のような一定のテンポを刻んでいる。

​ 道玄坂へと続く路地裏。ネオンの届かない暗がりに差し掛かった瞬間、空気が凍りついた。

​「おい、お前ら」

​ 低く、濁った声。

 振り返った二人の目に飛び込んできたのは、街灯の僅かな光を反射して**三日月のように鋭く光る「鎌」**だった。

​ 農具としての実用性を剥ぎ取られ、都会の闇で研ぎ澄まされたその鉄の刃は、異常なほどに白い。それを持つ男の瞳には、何の感情も宿っていなかった。

​「幸せそうだな……。その首、刈り取ってやるよ」

​ 男が鎌を振り上げた瞬間、渋谷の喧騒は一瞬にして悲鳴へと塗り替えられた。コンクリートの壁を鎌の刃が削り、火花が散る。健太は美咲を突き飛ばすようにして庇い、震える足で一歩後ろへ下がった。

​ 逃げ場のない路地。銀色に輝く死神の刃が、再び二人を狙って弧を描く。

​ 平和な夜が、一振りの鎌によって、血生臭い悪夢へと変貌していく瞬間だった。

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