『蟹を剥くのが嫌でパーティーを逃げ出した俺、ヤンデレ聖女に拾われて「一生流動食生活」を宣告される』

@sinshar9

第1話 殻に籠る

 豪華絢爛とは、たいていの場合「無駄が多い」という意味だ。

 龍華皇国・海沿い迎賓館。大漁祭の晩餐会。

 無駄に広い天井、無駄に分厚い絨毯、無駄に多い英雄、そして――無駄に強調された主役。


 怒殻蟹。


 ガリッ』と硬い殻を噛み砕く音が、会場のあちこちで悲鳴のように響く。焼かれた肉の繊維を無理やり引き裂き、強靭な顎で咀嚼する。それは生命を維持するための野蛮な儀式だ。英雄たちの口元から滴る脂が、ヒソムには血よりもおぞましい呪いのように見えた。噛むたびに、魂の牙が摩耗していく。

 茹で上げられ、赤く、輝き、威圧的に、ヒソムの皿の中央に鎮座している。

 蟹は語らない。だが、語っていた。


「さあ、割れ」

「さあ、怪我をしろ」

「さあ、労働の対価として栄養を得ろ」


 ヒソムはハサミを取らなかった。

 取らなかったというより、取れなかった。

 取るという行為が、すでに敗北に思えたからだ。


(……この蟹は、俺を試している)


 


 「……ああ、嫌だ」

 ヒソムは独りごちた。

 目の前の怒殻蟹は、もはや食材ではない。それは、複雑に絡み合った因果の結晶だ。

 細い脚の一本一本を折り、関節に刃を入れ、隙間から細い身を掻き出す。そのわずか数グラムの蛋白質を得るために、どれほどの集中力が必要か。

 「美味いだろう? ヒソム!」

 隣で戦友が、真っ赤になった手で蟹の脚をへし折る。飛び散った汁がヒソムの頬を汚した。

 それは、暴力だった。

 噛む、砕く、飲み込む。そのすべてのプロセスが、ヒソムの魂を摩耗させていく。

 彼は気づいてしまった。この世界は、あまりにも「硬い」もので溢れている。

 友情も、栄光も、そしてこの蟹も。すべては硬い殻に覆われ、血を流さなければ中身に触れることすら叶わない


(これは食事じゃない。労働だ)


 周囲では英雄たちが笑っていた。

 笑いながら、指を血で染め、酒を煽り、蟹を「美味い!」と叫んでいる。


 ――ああ、思い出した。


 かつての師匠の声。

「蟹の殻くらい、素手で握り潰せ。中身だけ吸え」

 その日から、ヒソムは「噛む」という行為を信用していない。


 そこへ、現実が絡んできた。


「おい、何してんだよ!」

 酔った冒険者が、脂ぎった指でヒソムの肩を叩く。

「蟹はな、このトゲで血を流してからが本番なんだぜ!」


 別の男が、殻揚げを差し出す。

 激辛。油。酒。匂い。


(……重い)

(……うるさい)

(……もう、何も噛みたくない)


 精神ゲージは、ゼロだった。


 ヒソムは立ち上がる。

 逃走――だが走らない。

 低速移動。

 喧騒から、物理的にも精神的にも、距離を取る。

 豪奢な大扉が閉まった瞬間、背後の爆音は、遠い海の底の唸りのように遠のいた。

 夜のバルコニーは、冷たい静寂に支配されている。

 ヒソムは手すりにしがみつき、深く、重い呼吸を繰り返した。肺に流れ込む冷気だけが、唯一「噛まずに済む」栄養だった。

 (……もう、何もいらない)

 怒殻蟹の赤い色は、ヒソムの網膜に焼き付いている。

 あれは食事ではない。


 そこで、彼女は白湯を飲んでいた。


 シスター・ニル。


 月の光を吸い込んだような白い修道服。彼女はバルコニーの影に、最初から透明な幽霊のように佇んでいたのだ。


 ニルにとって、目の前の男は驚愕に値した。

 この迎賓館に集まる英雄たちは、誰もが「生」の獣性を剥き出しにしている。

 彼らは蟹を割り、肉を食らい、欲望を噛み砕くことに快楽を覚える。それは彼女にとって、呪わしい「生への執着」のパレードだった。

 だが、この男はどうだ。

 (……なんて、無垢。なんて、無防備な絶望)


 そして――彼女は、ヒソムを見た瞬間、理解してしまった。


(なんて……清らかな……)



 高級食材に手をつけず、

 欲望の中心から離れ、

 ただ虚無を抱えて佇む男。


(美食という名の強欲に背を向け、

 この世のノイズを拒絶している……)


 ――聖者だ。


 ニルは、確信した。



 ヒソムの目は、美食を拒絶していた。

 それは、世界を拒絶しているのと同じこと。

 ニルの目には、彼の周囲だけが真っ白な空白地帯――「聖域」に見えた。



 彼女は静かに近づき、そっとハンカチでヒソムの手を拭く。

 蟹の脂がついていたかもしれない、その可能性ごと。


 ヒソムの震える手に、自らの冷たい手を重ねた。

 彼女の指先は、驚くほど滑らかだった。それは、これまで一度も泥臭い労働や、硬い殻を割るような野蛮な行為に染まっていないことを示していた。


 「……お可哀想に。魂が、削れていらっしゃいますわ」


 鈴の音を、氷水に浸したような声だった。


 彼女の視線は、ヒソムの顔――その「歯」のあたりをじっと見つめていた。


「……お疲れ様です、聖者様」

「……あんなトゲだらけの生き物を、無理に剥く必要はありませんわ」


「……あぁ」

 ヒソムは虚ろに答える。

「……剥くくらいなら、死んだほうがマシだ」


 ニルの瞳が、輝いた。


「……っ!

 まさに、魂の叫びですわ!」


 ヒソムは、彼女の瞳の中に吸い込まれるような感覚を覚えた。

 彼女の瞳は、慈愛に満ちている。


 そして彼女は、ヒソムの手を取る。

 抵抗はない。噛まなくていいなら、何でもいい。


 静かに裏廊下を進んだ。

 迷うことなく、誰にも邪魔されない、彼女だけの「聖域」へと。

 そこは、純白の祈祷室だった。

 白い漆喰の壁。白い木の椅子。白い花瓶に生けられた、名も知らぬ白い花。

 すべてが、外界の喧騒と色の暴力を拒絶するように、徹底して純粋な白で統一されていた。

 ここには、金殻蟹の赤い輝きも、英雄たちの脂ぎった笑い声も、届かない。

 あるのは、静寂と、ニルの吐息だけ。

 ヒソムは白い椅子に座らされた。

 疲弊した身体が、椅子の柔らかい感触に沈み込む。

 ニルは音もなく動くと、小さな白い陶器の器と、銀のスプーンを携えて戻ってきた。

 器の中には、完璧に裏ごしされた白い粥が満たされている。

 それは米の形を一切留めていない。

 ただ、とろりと滑らかな乳白色の液体が、表面に微かな湯気を立てているだけだ。

 匂いも味も、主張しない。

 「栄養」という最低限の機能だけが、そこに存在していた。

 「さあ、聖者様。口を開けてください」

 ニルの声は、まるで子守歌のようだった。

 しかし、その瞳の奥には、確固たる意志が宿っている。

 拒否は、許さない。

 この男が「噛む」という罪深い行為から解放されるためには、彼女の「施し」を受け入れるしかないのだと、彼女は確信していた。

 銀のスプーンが、白い粥をすくい上げる。

 その一口は、まるで白い宝石のように、ニルの指先で輝いていた。

 「もう、あなたのその綺麗な歯を……」

 ニルは、ヒソムの口元にスプーンを運びながら、囁く。

 「……硬い殻や肉を噛むために、汚させはしませんわ」

 ヒソムは、言われるがままに口を開けた。

 温かい粥が、舌の上に滑り込む。

 咀嚼の必要はない。

 ただ、舌の上でとろりと溶け、喉の奥へと滑らかに流れ落ちていく。

 (……なんて……)

 それは、これまで味わったことのない感覚だった。

 食事とは、常に「戦い」だった。

 熱さ、硬さ、辛さ、匂い。あらゆる刺激が、ヒソムの身体と精神を叩き起こし、消費させてきた。

 だが、この粥には、何の抵抗もない。

 それは、まるで意識の深い部分に直接、生命の根源が注ぎ込まれるような、絶対的な安らぎだった。

 「……ん……」

 ヒソムは、無意識に目を閉じた。

 身体の芯から力が抜け、脳髄が痺れるような多幸感が広がる。

 外界のノイズが、彼の意識から完全に消え去った。

 「ええ、もっと……」

 ニルは慈愛に満ちた表情で、次々と粥をヒソムの口に運ぶ。

 スプーンと器が触れ合う、かすかな金属音だけが、白い部屋に響く。

 「……明日からは、私がすべてを『流体』にして差し上げます」

 彼女の言葉は、まるで麻薬のように甘く、ヒソムの心に染み渡った。

 もう、苦しまなくていい。

 もう、頑張らなくていい。

 もう、何かを噛み砕く必要など、ない。


「……。……。……」

 ヒソムは目を閉じる。

「……これなら……一生、これでいい……」



 ニルの瞳が、歓喜に揺れる。


 ニルは彼を抱きしめる。

 慈愛に満ちた、しかし焦点の合っていない瞳で。


 彼女は、器を傍らに置くと、優しく、しかし確固たる力でヒソムを抱きしめた。

 彼女の身体からは、微かに花の香りがした。

 それは、外界の「硬い」匂いをすべて洗い流すような、清らかな香りだった。

 「ええ、一生ですわ」

 ニルの声が、ヒソムの耳元で響く。

 「……一生、私の手から、これだけを食べて生きてくださいね?」

 それは、究極の献身であり、究極の監禁だった。


 遠くで、ギルドの喧騒が鳴っている。

 だがここは、白い。

 静かで、流動的で、噛まなくていい世界だった。


 ――殻は、今日も誰かの身を守っている。


 ――なぜ、世界は蟹になるのか


 この世界において、進化とは多様化ではない。

 収束である。


 生物学者はそれを《カーシニゼーション(甲殻類化)》と呼んだ。


 四肢を持つものは節を持ち、

 節を持つものは装甲を纏い、

 装甲を纏うものは、やがて殻になる。


 魔物も、亜人も、例外ではない。

 長命種ほど硬質化し、短命種ほど外殻を欲しがる。

 柔らかい肉は弱さであり、

 剥き出しの器官は罪なのだ。


 人間だけが、かつてそれに抗っていた。

 ――「武具」という形で。


 剣は刃でありながら殻だった。

 盾は殻でありながら肢だった。

 鎧は、まだ人間が人間であるための言い訳だった。


 しかし文明が進むにつれ、武具もまた進化を始める。


 可動装甲。

 分節構造。

 外骨格型強化具。


 いつしか人間の武具は、

 人間を守るための殻ではなく、

 人間を中身として扱う甲殻へと変貌していった。


 生物も文明も、

 同じ終着点を目指している。


 ――蟹である。


 ⸻


 菌糸悪魔と《暴腐発》


 そして、その収束を強制的に完成させる存在がいる。


 菌糸悪魔。


 彼らの固有魔法、《暴腐発(ぼうふはつ)》は、

 火を起こす魔法ではない。


 火薬を腐らせる魔法だ。


 通常、火薬は安定していなければならない。

 安定しているからこそ、

 「撃つ」「使う」「保管する」ことができる。


 だが菌糸悪魔は、

 その安定そのものを腐らせる。


 腐敗とは分解であり、

 分解とは解放であり、

 解放とは――爆発である。


 菌糸悪魔は、

 好きなタイミングで爆発できる。


 だが、他の種族は違う。


 他の種族が火薬を使うとき、

 その起爆タイミングは常に――


 菌糸悪魔に握られている。


 引き金を引いても、爆発しない。

 引き金を引いていないのに、爆発する。

 安全装置は意味をなさず、

 戦術は信仰に堕ちる。


 だから世界は、変わった。


 兵器は

 「爆発する前提のもの」から、

 「爆発しても耐えられる殻」へと進化した。


 厚い装甲。

 分厚い外殻。

 衝撃を逃がす節構造。


 そうして――

 兵士も、武具も、兵器も。


 蟹になった。


 ⸻


 収束の完成


 菌糸悪魔は言う。


「殻とは、防御ではない」

「殻とは、爆発を内包するための形だ」


 柔らかいものは、

 爆発に耐えられない。


 だから、世界は硬くなった。

 だから、世界は分節化した。

 だから、世界は蟹になった。


 生き延びた結果が、蟹であるなら。

 それは進化ではなく、選別だ。


 そして今日も、

 どこかで誰かが殻を剥こうとしている。


 ――それが、

 どれほど硬い殻かも知らずに。







 龍華皇国の最果て、《菌糸の湿原》。

 そこは、世界がもっとも「硬く」ならざるを得なかった場所の一つだ。

 湿原に漂うのは、火薬を腐らせ、熱を分解し、あらゆる爆発的エネルギーを奪い去る「菌糸」の胞子。だがそれは、決して平和を意味しない。菌糸悪魔が指を鳴らせば、腐敗は反転し、連鎖的な爆発へと変わる。

「ヒソム! 前だ! 前に影を張れえ!!」

 バルカスの絶叫が、重装甲の兜を震わせる。

 バルカス自身、もはや人間には見えない。全身を分節化された多重装甲で覆い、その姿は二足歩行する『歩く巨大蟹』そのものだった。

 彼の装甲は、異様に分厚い。その厚さは、幾層にも重なる金属板と、その間に挟まれた特殊な緩衝材による、まさしくミルフィーユ状の『爆発反応装甲(リアクティブ・アーマー)』を思わせる構造だった。だが、この世界において、その「反応」を引き起こすのは、バルカス自身の意図ではない。

 彼らが踏み込むたび、地表の菌糸が《暴腐発(ぼうふはつ)》を誘発し、足元で小規模な爆発が繰り返される。

 『パキン!』という、本来なら装甲を吹き飛ばすはずの小気味よい音が、バルカスの全身から響き渡る。彼の装甲の各層が、内側から瞬時に爆ぜて、外からの爆圧を相殺しているのだ。

「きゃはは! 燃えろ、腐れ菌糸ども! 追撃は任せたわよ、ヒソム!」

 魔導師リーナの放つ火球は、空気中の胞子と反応し、彼女が意図した以上の「予期せぬ爆轟」を周囲に撒き散らす。その衝撃波を殺し、熱を逃がし、物理的な脅威からパーティーの「隙間」を守っているのは――。

 面積を最小限にした、一枚の「影」だった。

(……ああ、まただ)

 ヒソムは《物影》の状態で作戦を遂行する。

 彼は今、バルカスのミルフィーユ装甲の「各層の狭い隙間」に潜り込んでいた。

 《暴腐発》の連鎖を止めるには、爆発が起きるコンマ一秒前に、菌糸の回路に「自分」という異物を滑り込ませ、その連鎖を断ち切るしかない。

 だが、そのやり方が尋常ではなかった。

 彼は、バルカスの装甲の表面に触れる菌糸が発火する予兆を察知するたび、自身の《物影》の面積を瞬間的に「自切」し、その欠片を、極小の反作用爆発としてぶつけていたのだ。

 

 その光景は、戦車の爆発反応装甲が、敵弾を感知して「タイル」を吹き飛ばす光景に酷似していた。

 しかし、ヒソムのそれは『研影』と言い、自身の魂の断片を、文字通り爆破して消費する行為だった。

 自切した影の「存在の欠損」そのものが、彼自身の魂を削り取っていった。

 

(痛い、なんて……言えない)

 バルカスたちにとって、世界は「耐えるもの」だ。硬い殻を纏い、爆発に耐え、それを力でねじ伏せるのが彼らの正義だ。

 だがヒソムは違う。

 彼は「耐えて」いない。「避けて」いるのだ。

 薄氷を踏むどころではない。薄氷そのものになって、その上を走る巨象たちを支えている。

 そして、その薄氷を、自ら砕いて爆発を相殺していた。

「ヒソム、右の連鎖が止まってねえぞ! 手を抜くな!」

 トビーが軽口を叩きながら、罠が仕掛けられた泥濘を跳ねる。

 ヒソムは慌てて影を伸ばし、泥の中に潜む爆発因子を自身の身体で「包み込み」、不発に追い込む。

 その瞬間、ヒソムの精神ゲージが微かに、しかし確実に削れ落ちた。

 彼は「中身」なのだ。

 このパーティーで唯一、殻を持たず、剥き出しの神経で爆発と踊っている「柔らかい肉」なのだ。

 そして、その柔らかい肉を、自ら砕いて爆発に叩きつけ続けている。

 クエストの終わり。

 菌糸悪魔の首を跳ね、バルカスたちが勝利の雄叫びを上げる。

 「今日も一発も食らわなかったぜ! 俺の装甲は無敵だな! ヒソムの影もキレてたぜ!」

 彼らは笑う。

 影から這い出し、泥にまみれて膝をつくヒソムの青白い顔には気づかない。

 彼の存在は、ミルフィーユ装甲の爆発した後の「空虚な層」のように、スカスカになっていた。

 その帰路。

 ヒソムは自分の手を見た。

 《研影》を使いすぎた副作用か、指先が透けて見える。

 自分が人間なのか、ただの「隙間を埋める何か」なのか、もうわからない。

 そして、迎賓館の晩餐会。

 目の前に出された『怒殻蟹』。

 そのあまりに誇らしげな「硬さ」。

 戦友たちの、あまりに無神経な「噛む音」。

 バルカスが、蟹の甲羅を力任せに引き裂いたとき、『パキン!』という音がした。

 それは、彼のミルフィーユ装甲が小さな爆発を相殺する音と、寸分違わず同じ音だった。

(……ああ、もう、嫌だ)

 その瞬間、世界から色が消えた。

 「硬い」ことが正義であるこの世界で、彼は初めて、自分を「消す」のではなく「預ける」場所を求めて、バルコニーへとふらついた。

 そこで、彼女は白湯を飲んでいた。

 蟹の殻を割る必要も、爆発に耐える装甲も持たない、

 この世界で唯一の、「無防備な白」。

そこで白湯を飲んでいたシスター・ニルは、彼を一目見て理解した。

 

「……お可哀想に。もう、ご自分を研ぐ必要はありませんわ」

 彼女に導かれた白い祈祷室。

 そこには、殻も、爆発も、鋭利な刃も存在しない。

 ニルが差し出したのは、完璧に裏ごしされた白い粥。

「さあ、聖者様。口を開けて」

 温かい流体が、舌の上で溶ける。

 咀嚼の必要はない。噛み砕く必要もない。

 ただ、失われた自分の面積が、白い安らぎで満たされていく感覚。

「明日からは、私がすべてを流体にして差し上げます。骨も、意志も、研ぎ澄まされたその痛みも……すべて、溶かしてしまいましょうね」

 ヒソムは目を閉じる。

 師匠の教えも、バルカスの声も、遠い海の底へ消えていく。

 彼は影であることをやめ、ただの「中身」として、真っ白な慈愛の中に沈んでいった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『蟹を剥くのが嫌でパーティーを逃げ出した俺、ヤンデレ聖女に拾われて「一生流動食生活」を宣告される』 @sinshar9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画