【短編】クリスマスにバイト先の後輩が振り回してくるんだが
抹茶菓子
第1話 意地悪サンタがやってくる
「ありがとーございましたー」
お客様が出してきた商品の会計をし、頭を下げてお礼を述べる。
そんな姿はもはや様式美であり、バイト歴三年になる俺からすれば無意識に体が動いてしまうほどだ。
と、いつもなら脳死で出来ていたレジ打ちも、今日に限っては思うところがあった。
(これでケーキ二十六個目か)
子供からお年寄りまで利用するコンビニで、同じ商品がこう何度も売れ続けたら嫌でも頭に残る。
小説好きな俺からすると、何か物語の始まりを告げる事柄なのではないかと勘繰ってしまうが、しかし今日に限っては答えなんて単純明快であった。
星降る聖夜のクリスマス。
まぁ厳密に言えばイブなのだが、やはりケーキが爆売れしている理由はこれしかないのだろう。
ガラス窓から見える外の景色も、クリスマス色で埋め尽くされている。
目の前のケンタとか二メートルくらいのクリスマスツリーを立ててるからね。ちなみに客の数も凄い。
「いやー凄いですねクリスマス。やっぱり皆、ケンタ食べたいんですかね」
レジ奥からひょこっと現れたのは、後輩バイトの月城さんだった。
彼女は入ったばかりの高校二年生で、研修期間の時は俺が面倒を見たということもあり、何かと話す機会が多いのだ。
巻かれた茶髪に、派手すぎないネイル。
そんなイマドキな見た目とは裏腹に仕事の覚えは早く、持ち前の人当たりの良さなのか、お客さんからの評判も高い。
なんなら俺よりも仕事が早いし、常連さんからも顔を覚えてもらっている。俺、常連のお爺さんに「新しく入った新人?」とか言われたことなるのに……。
「俺も実家にいたときは毎年親が予約して買ってた……よ……?」
月城さんの小話に返事をしながら振り向くと、俺は目を見開く。
明るく染められた茶髪に乗っかっている赤い帽子。
サンタ帽をかぶった月城さんが、そこにはいた。
「どうしたのそれ」
「ほらイブじゃないですかー。だから店長に渡されて。どうです? 可愛いですよね?」
揶揄うように言ってきた彼女は、小癪ながら可愛い。その小悪魔みたいな顔やめろって。クリスマスだぞ今日は、ハロウィンは終わったんだ。
「似合ってるよ」
「……まぁ良しとしましょうか」
そう言った月城さんは自分でもサンタ帽を気に入っているのか、鏡を見ながらニヤニヤしている。いや別にいいんだけどさ、一応ここレジだから裏でやろうね?
などと考えていると、本当にお客さんがレジに商品を持ってきた。
おや珍しくケーキ無しですか。
「ありがとーございましたー」
出された商品を袋に詰め、会計をして頭を下げる。
そして自動ドアが閉まると。
「珍しいお客さんでしたねー」
「なにが?」
またもや俺の隣へやって来た彼女は、まるで探偵のように顎に手を当てながら呟いた。
「今のお客さん、おでん買っていったじゃないですか」
「いやイブにおでん買う人だっているでしょ」
「でも卵四つだけでしたよ! そんなに好きなんですかね。先輩は好きですか?」
「普通に好きだよ。美味しいし」
なんならおでんで一番好きな具材と言ってもいいくらいだ。
味もよく腹持ちもすることに加えて、完全栄養食品とか頭が上がらない。
「イブの過ごし方も様々ですねー。ちなみに、明日の先輩は予定あるんですか?」
卵について話していたと思ったら一転。急に話題が戻ってしまった。さすが女子高生。この話題の飛躍っぷりにはサンタさんもびっくりである。
「えと、なんで?」
「だってシフト入って無かったじゃないですかー。何か予定とかあるのかなーって。もしかして……彼女ですか?」
探るように聞かれる。
あぁなるほど。それで気になったって訳か。まったく女子高生はそういう話題好きだよなほんと。
「俺に彼女いないの知ってるでしょ。明日は大学の課題やるくらいしか予定ないよ」
「……! ですよね!」
「ですよねって……」
睨むように見ていたくせに、答えたらこの笑顔である。
全く。女子高生は冗談キツイなーもう。いやもう、本当にキツイなー……。
「月城さんは明日の予定はあるの?」
何故か鼻歌を奏で出した月城さんに、仕返しと若干の興味本位で聞いてみた。
すると満面の笑みを見せながら。
「ありますよー。好きな人と過ごす予定です!」
……あ、そうですか。
いや別にね? 月城さんはバイトの後輩っていうだけで、それ以上の感情は持ち合わせていないんだけどさ。
ただそんな笑顔で言われると、やはりモヤっとするものがある。実は妹に彼氏がいたみたいな。
とは言ったものの、月城さんも花の女子高生。青春真っただ中の恋に恋する時期だ。彼氏がいたって何らおかしいことではない。
だから素直に祝福しようじゃないか。
「じゃあ明日は彼氏と良い思い出を作ってきなよ」
言いながら彼女を見ると――何故か真顔で見つめ返されていた。
えぇ……いやなにその反応。え、セクハラ? これもしかしてセクハラになる!?
大学の学食で女子の隣に座ったら「え、なんで?」って小声で呟かれた時並みに気まずいんだけど。そこしか空いてなかったんだからしょうがないじゃん……。
「えーと、ほら他意は全然なくて、ただ祝福をって……!」
「先輩。明日、予定無いんですよね?」
動くピエロのようにワタワタと言い訳をしていると、何故か改めて聞かれる。
「無いけど……なに?」
「いえその……予定がないんだったら、わ、私と――」
眉を下げながら潤んだ瞳での上目遣い。
え、待ってこれもしかして。
いや冷静になれ俺。月城さんは好きな人と過ごすと言っていた。でも彼氏と過ごすとは言っていないんだよな……。
いやでも相手は女子高生で俺は大学生なんだ! さすがに高校生との恋愛はダメだろ!
俺は心を鬼にして、彼女に合わせ口を開く。
「~~それはまだ早――」
「私とシフト変わってくれませんか?」
ふっ。知ってたよ。知ってましたよ? お約束ってやつね。うんうん知ってた!
恥ずかしさで赤くなっているのがバレないように口元を手で隠す。
「シフトって、なんで? 月城さんシフト入ってるの?」
「入っちゃってるんです。間違えて出勤にしちゃってて……」
「あーなるほど」
「それでクリスマスに変わってくれなんて他の人には言いずらいじゃないですか。そこで暇な先輩ですよ!」
「ですよって……。いやまぁ実際暇なんだけどさ」
胸の前で手を合わせながら「ダメ、ですか?」と聞いてくるこの子は絶対に自分の可愛さを理解していると思う。
「いいよ。せっかくクリスマスに予定があるんだから、そっち行ってきなよ」
「せんぱーい! ありがとうございます! 先輩が暇人で助かりましたー!」
「そろそろ俺も傷つくからね!?」
このコンビニだって赤、緑、オレンジに白まであって、毎日がクリスマスみたいなもんだし、俺にも予定が出来たと思っておこう。なんて空しい予定なんだ……。
「店長には私から言っておきますから!」
「はいはい。ちなみに、他は誰がいるの?」
「えーと確か山本さんだったと思います」
「あとは?」
「山本さんだけですよ?」
「うわマジかー」
誤解が無いように言っておくが、俺よりも先輩の山本さんは普通に良い人だ。
仕事は出来るし物腰も柔らかく、どんな人にでも明るく話しかけてくれる。
ただ唯一の欠点として、何故か女運が悪いのだ。
「山本さん今日は合コンだって張り切ってましたからねー」
「絶対明日、失敗談を泣きながら聞かされるなぁこれ」
「もしかしたら上手くいってる可能性もあるじゃないですか」
「どうだろうな。前回は上手くいったと思ったら壺を買わされたって言ってたけど」
「買っちゃったんですか……」
山本さんなら、ちゃんと探しさえすれば良い人と成功すると思うけどな。そう上手くはいかないもんなのか。
「まぁ了解。明日は山本さんの話を聞きながら男二人で頑張るよ」
「すいません! 本当にありがとうございますー!」
可愛い後輩のためだ。こういう時くらいはカッコつけなきゃな。
***
「いやー、今日は忙しくなりそうですね先輩!」
「…………なんでいるの?」
出勤すると、何故か月城さんが昨日と同じようにサンタ帽をかぶって既に制服へ着替えていた。
「ほら私、先輩にシフト変わってもらったじゃないですかー」
「うん。そうだね」
「だから私も山本さんにシフト変わってもらったんですよ」
「いやなんで? 彼氏と予定があったんじゃなかったの?」
すると月城さんはキョトンとした顔で。
「何言ってるんですか? 私に彼氏なんていませんよ」
「えー……、どういうこと……」
マジかよ二つ下ってだけでこんなに思考回路が変わるものなの? 女子高生、謎すぎる。
そんな俺へ、月城さんはニヤニヤしながら。
「今日は聖夜のクリスマスですよ先輩。どういうことなのかは、自分で考えてくださーい」
あぁなるほど。確かに今日はクリスマス。
子供たちにプレゼントを配るような良いサンタもいれば、自分で取りに来いと言う意地悪なサンタもどこかにはいるのだろう。
そしてニヤニヤと笑うこのサンタもまた、俺にプレゼントを渡すつもりはないらしい。
(完)
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カクヨムコンテスト11お題「卵」の短編作品です。卵要素少なすぎますけど……。
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