ビートルズの赤盤。僕の心を見透かしてくる。

蜂上 翔

ビートルズの赤盤。僕の心を見透かしてくる。

 僕はビートルズを知らない。

 ビートルズというのは、世界的なアーティストらしい。それくらいは知っている。

 また、メンバーの1人が若くして亡くなった。

 という話も知っている。

 ある日、音楽の授業で、ビートルズについて学んだ。

 ビートルズというのは、音楽を好きな人間なら絶対に1度は憧れる存在だそうだ。そう熱く語る音楽の先生は美人で、僕は好きだった。

 授業をサボろうとして、いっつも保健室に行く口実を探していた僕だけど、音楽の先生が美人で好きだったから、音楽だけはちゃんと出ていた。

 そして、そんな先生が好きだと言うビートルズを、僕はなんとなしに聴き始めた。

 レンタルのCDを借りる。サブスクなんて真新しいものはよく分からなかった。

 とりあえず、今の時代、誰も借りないだろうと潰れかけているチェーンのレンタルショップに行ったら、赤い枠の向こうに4人の男たちがこちらを覗き込んでいるジャケットがあった。

 それが、僕のビートルズの出会いだった。

 それをなんとなしに手に取って、会計を済ませ、帰路に着く。

 そして、家に帰る。と、肝心なことに気がついた。

 

 「CDを聴く機械がない」

 僕は音楽の先生は好きだったけど、音楽に関しては全く疎かった。

 インターネットで流行りの歌をちらっと聴くぐらいはしたことはあったけど、そんなに興味のそそられるものではなかった。

 仕方がないので、一旦そのCDをどうするかと思い立って、割れたら困ると思い何故かカバンの奥底にしまった。

 そして、次の日。

 そのカバンは通学に使っていた。

 つまり学校にビートルズを持っていったのだ。

 僕は焦った。

 別に学校にCDを持ってきてはいけないという決まりはない。しかし、不要なものは先生に没収されるかもしれない。それにレンタルだ。これが没収されたら延滞料金で家が買えてしまうぐらい払う羽目になってしまうのではないか。

 焦りに焦った挙句、なんとか言い訳を探そうと考えた末、僕は昼休みに音楽室へとビートルズを持って駆けて行った。

 「それってビートルズの赤盤じゃない?」

 音楽室に走ると、先生がいた。

 「愛美先生!?これは…その…」

 僕はたじろぐ。

 「ビートルズ、昨日の授業で聞いてくれたんだ」

 愛美先生はどこか嬉しそうだった。

 「あ…その…実は…」僕は嘘がつけなかった。

 「聞こうと思ったんですけど…CD聞くやつが家になくて…」

 「ふーん…」愛美先生はニヤッと笑う

 「それで、音楽室に来たんだ」

 「あ…すみません!」僕はたまらず謝った。

 「音楽室の機材、勝手に使っちゃだめなんだよ?」

 愛美先生はそう優しく僕を諭す。

 僕はそんな優しくしてくれる先生を裏切った気分になってしまった。

 ほんの浅ましい気持ちでCDを聞こうとしたところを先生に見つかった。

 音楽室は音楽の先生にとっては聖地同然だろうに、そんな先生の聖地を無知な自分が土足で踏みにじった。

 そしてそれを贖罪しなくていけない気持ちになった。

 しかし、愛美先生の台詞は僕にとっては思わぬものだった。



 「私の好きなもの、好きになってくれて嬉しいな」

 愛美先生は優しかった。

 少なくとも、僕の素行は知っていただろう。

 まともに授業を受けず、ろくな成績を取っていない。

 しかし、何故か音楽だけはちゃんと来る。

 そして下手くそながらも何とか歌ったり、楽器を演奏したりと、少しでも先生の気を引こうとしていたのかもしれない。

 そんな僕がビートルズを持ってきた。

 先生からしたら、他愛のない生徒なのかもしれない。

 でも、僕は先生の話を何となしに聞いて、何となく、ビートルズを借りに行った。

 無意識に気を引こうとしていたのかもしれない。

 聖域に浅ましい気持ちで足を踏み入れた上にその目的も浅ましい。

 僕は自分が情けなくなった。

 しかし、そんな僕を慰めてくれるかのように先生は僕にこう言った。

 「一緒に聞こう?ビートルズ。」

 断る理由なんてなかった。そのために音楽室に忍び込むように入ってきたし、何より愛美先生と一緒に聞ける。

 「は…はい!」おもわず大きな声で返事をする僕。

 先生はふっと笑ってその素敵な笑顔のまま、僕の前に手を差し出した。

 「CD、貸してくれる?」

 僕は黙って持っていたビートルズを先生に差し出すと、またにこっと笑って、くるりと背を向ける。

 そして、授業で使っているCDコンポの前に行き、サッと、軽く埃を払うと、開閉ボタンを押し、蓋が開く。

 そして、セットして、ボタンを押すと、ウィーンと小さくCDが回る音が音楽室に響く。

 そして、刹那の静寂の後、コンポからハーモニカの音が響き始める。

 「ラブ・ミー・ドゥだよ」先生は少し音量を下げながら、曲のタイトルを話す。

 確かに、ラブミードゥって言った。と僕は思った。分かりやすい。意味はよく分からないが、分かりやすい英語なんだと僕は感じた。

 「どういう意味なんですか?」僕はおもわず尋ねた。

 「タイトル?えっとね、僕を愛して。って意味だよ」先生は答える。

 僕に思わぬ衝撃が走る。

 まさに、今の自分の気持ちだった。

 愛美先生に対しての僕の気持ち。

 浅ましくも、自分のアイデンティティみたいになっている、僕の気持ち。

 そんな僕の気持ちが見透かされたような先生の言葉に呆然としていると、また別のハーモニカの音が流れていることに気がつく。

 「次はプリーズ・プリーズ・ミー。」先生は笑っている。

 「ど…どういう意味なんですか?」僕はおもわずまた尋ねる。

 「えっとね…私を喜ばせて。ちょっと恥ずかしい意味だね」先生はちょっと目を逸らしながら話す。

 「あ…」僕は言葉に迷う。

 なんて…なんて、思春期の僕を虐めるようなタイトルばかり続くのか。

 先生を喜ばせたい。いや、自分が満足したい。

 そんな気持ちになって、音楽の授業はサボらず来ていた。

 そんな自分を見透かすかのようなタイトル。

 しかし、流れてくるのは軽快なハーモニカとギターと明るい男たちの歌声。

 ビートルズ、何気なく聞くつもりだったのに、これほどまでに自分の心を弄ばれるとは僕は思いもしなかった。

 英語で歌っているのでなんて言っているのか分からない。しかし、きっと僕の心を弄んでいるに違いない。

 でも、そんな歌を先生はノリに乗りながら聞いている。

 僕はそんな先生に見とれて、また好きになってしまった。

 「フロム・ミー・トゥー・ユー。」

 「え?」愛美先生からの不意な言葉に素っ頓狂な返事をする。自問自答に夢中になっていた自分に対して、先生は呼びかけていた。

 「君が望むものはなんでもあげる」

 「え!!?」僕はおもわず大きな叫び声をあげてしまう。

 今、なんて言った?なんでも…?

 先生が、僕の…望むものを…??

 僕は、そんな先生の言葉に驚いて、また呆然としていると、愛美先生は僕の気持ちを察したかのように笑いながら答える。

 「びっくりしたー!急に大きな声出さないでよー!曲のタイトルだよ。聞く前に教えてあげたの!」

 「あ…ああ!」僕ははっとする。そっか、曲のタイトルか。ラブソングが続いてた。なるほど。

 変な期待をしてしまった。笑われるだろうか。

 また、曲を聞き流す。なんて言っているのか分からない。

 歌詞を理解できない。しかし、ラブソングだ。きっと、きっと、僕の気持ちを見透かしたような歌詞を歌っているに違いない。

 そう思いながら、軽快なハーモニカの音と共に同じ言葉を繰り返しているとまた、別の曲調になる。

 ドラムロールの後、歌い出す。またタイトルを言っているのだろう。

 「今度の曲は…?」僕は聞く。

 「これはね…シー・ラブズ・ユー。」先生は答える。

 「…どういう意味?」僕は敬語を忘れて尋ねる。

 「彼女は君が好き」

 その言葉を聞いて、僕は思い出した。いや、忘れていたわけではなかった。ただ、考えたくなかっただけだった。そう、僕にとってのショッキングな、その不快だった出来事をその一言で掘り起こされてしまった。




 ある日の昼休み。僕はいつものように自分の机で頬杖をついて耽っていると、クラスメイトの女子グループの会話が聞こえてきた。

 「愛美先生、結婚するんだって」

 僕はその言葉が聞こえていないフリをしたかった。でも出来なかった。

 耳を立ててしまった。立てるつもりもなかったのに。

 僕にとっては一番聞きたくない言葉だった。

 ただの噂に違いない。そう思いたかった。

 でも、ある日、廊下で見かけた時に、体育教師のアイツと仲良くしているのを見て、感じたくもない確信をした。

 女子グループが話していた内容はこうだった。

 先月、付き合っていた体育教師の山中にプロポーズされた。山中と付き合ってからは1年経っての事だった。

 思わぬサプライズだったが、赴任してからずっと好きだった愛美先生と付き合って、意を決してのプロポーズだったのだ。

 愛美先生の返事はもちろん、イエスだったそうだ。

 「彼女は君が好き」

 認めたくない事実。

 目の前の彼女。愛美先生。

 しかし、そんな愛美先生はアイツのものになる。

 でも、叶うはずのない恋だとわかっていた。

 僕はどうしようもない生徒で、音楽も、こんな世界的なビートルズも知らないのに、ただ先生が好きと言う理由で授業に出ていた。

 逆に体育はそれほど好きではなかったので時折サボっていた。

 嫌われているのかと思っていたら山中はいつも心配してくれて、授業に出ると喜んでくれた。

 「大っ嫌いになるほどめちゃくちゃいい人だ」

 愛美先生にはお似合いだと思った。あんないい男はいない。実際、女子グループもそんな話をしていた。

 

 「彼女は君が好き」

 ビートルズはそんな自分を見透かしていたのでは?とずっと曲を歌い続けている。

 何曲目か分からなくなった時、僕は先生に尋ねた。

 「先生は山中先生と結婚するの?」

 声が震えていたかもしれない。本当は聞きたくなかった。でも、聞くしか無かった。

 そして、想定していた最悪の返事が返ってきた。

 「…うん」

 僕は心の中で大きく落胆した。でも、悟られてはいけないと精一杯の強がりを見せて、こう言った。

 「シー・ラブズ・ユー…ですね」

 「え?」先生は少し驚くと、こう話した。

 「もう終わっちゃったよ。もう次の次の曲。オールマイラヴィング。」

 「あ…」僕は思わぬ答えに言葉に詰まってしまった。

 僕の思いは届かなかった。失恋の思いすら。

 「意味はね、色々言われてるけど、僕の愛を全部あげるーみたいな意味なんだって。失恋ソングだね、多分。」先生はいつものように笑いながら僕にそう答える。

 もしかすると、先生も動揺していたのかもしれない。

 いや、そう思いたかった。先生にとっての結婚はもう当たり前のものになっていて欲しくなかった。

 

 そんな気持ちすら僕はビートルズにまた見透かされてる。と感じてしまう。

 何十年も前のアーティストに。

 また呆然としていると、先程の返事と言わんばかりに先生はこう答える。

 「先生、あなたのことが好きよ。ちゃんと授業に来てくれるもん。不良みたいな奴らは来ないでしょ?だから、山中先生は心配してたの。だからね、体育にも出てあげてね!」

 …先生は違った意味で僕を愛してくれている。

 恋愛感情ではなく、かわいい生徒として。

 僕の気持ちはすれ違った。

 でも、これが、一番いい形なんだ。

 気持ちがぐるぐるしていて気がついたら時間が経っている。

 何曲かはもう、何が流れているかは覚えていない。

 でも、先生は僕に優しくタイトルを教えてくれる。

 授業をするように。先生として。

 音楽室には「アンド・アイ・ラヴ・ハー」が響いている。

 先生曰く純粋なラブソング。叶わぬ恋。

 僕の愛は届かない。

 でも、これで良かったのかもしれない。

 切ない恋の思い出。でも、僕はビートルズという素敵なミュージシャンに出会えた。

 腹が立つほど、僕の心を見透かすミュージシャン。

 まるで、愛美先生が素敵な人に出会えたように。

 先生がビートルズを好きになった理由がわかった。

 僕も、愛美先生くらい、いや愛美先生以上に素敵な人に出会って、ビートルズを教えるんだ。

 僕は、明日もビートルズを聞く。

 レンタルではなく、自分のものとして。

 CDコンポも買おう。

 そう思えた昼休みだった。


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ビートルズの赤盤。僕の心を見透かしてくる。 蜂上 翔 @beesho0530

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