ご依頼お受けします!
2日ぶりに店の扉が開く。
「いらっしゃいませ!ご依頼は何でしょう!」
本日カウンターにいるのは、この店『ラットカイソ』の店長であり、冒険者グループ『フーリン・セイ・コル』のリーダー___フーカだ。
彼女は、傘を模したマスケット銃のようなもので戦うメインアタッカー。長い黒髪に、まるでアイドルのような洋服。自他共に認める美貌で、かなりの自信家。しかし、同時に仲間想いな一面もあり、仲間が傷つけられた際はあらゆる方法を使って痛めつける。
「ランシの森の魔物をすべて倒してきてほしいんだ。」
「すべて?」
2日ぶりの客は何とも無茶なことを言う。
この店に頼るやつは、大抵そうなのだ。平凡な依頼など、そこら辺の安い冒険者に頼めばいい。しかし、わざわざ此処に頼るということは、汚い
「ああ。」
「ふ~ん。まあとりま、この紙にひつよーじこーを書いてね。」
フーカは特段驚くことなく、事務的に1枚の紙を渡した。
書き終えて、フーカに提出する。
「ふむふむ……うん!」
「受けてくれるか?」
暫く考え込んで元気よく笑顔を見せたフーカに、客は期待を込めて言った。
「よくわかんない!」
「……は?」
まさか分からないと言うとは思わなかった。
この店はもう2年もやっている。まさか、まさか、このフーカという女は事務が全くできないのではないか。それならば何故、受付嬢なんかしているのだろうか。ただ単にこれは交代制だからではあるが、2年やっておいてまだ事務ができないとは、余程の馬鹿なのか。今までも適当にしていたのか。
「せ~い~!」
「何?どうしたの?」
フーカは客のことを全く気にせず、カウンターの奥の扉を開け、仲間の名前を呼ぶ。
「これ、わかんない。」
「また!?いい加減覚えなさいよ……。」
扉の奥から呆れたような声がして、フーカとは別の少女が出てきた。
フーカよりは背が低いが、かなり大人びている。客は一瞬で、この少女が一番の常識人であると察した。なによりこの少女からは苦労人の気配がしたのだ。
「御客様、失礼致しました。代わりにぼ……
「あ、ああ……。」
「セイって、こういうときめっちゃオカタイよね。」
「……。」
この少女は、フーリン・セイ・コルのサブアタッカー___セイ。大きい三日月のような弓を使い、フーカの援護をする。星の神から加護を受けたと、数年前かなり噂になった。髪は白く毛先だけ黒い、所々編み込みをしている。目は塞ぎかけで、どうやら眠れなかったらしい。
客の見込み通り、このグループの中で一番の常識人___ではなく、ただの常識を覚えた振りをしたサイコパスである。何より頭が良い。悪知恵が働くのだ。
一度、セイに喧嘩を売った馬鹿がいたが、そいつはセイの調教により今は、このグループの情報屋として働いている。
「……この度の御依頼は≪ランシの森に生息するすべての魔物の討伐≫でよろしいですか?」
「ああ、野生動物は殺さないで大丈夫だ。」
セイは依頼内容から、報酬の方に目を滑らせると、少し目を尖らせた。
「報酬は……この額じゃお受けすることはできません。ご存じの通り、うちは他よりもかなり高いのです。」
「じ、じゃあこの額ならどうだ!」
客は書類に書いた金額を3倍に引き上げた。それは客の全財産の7割……家と家族以外のすべてだった。
「……多すぎますね。この額でお受けします。」
セイがまた少し考え込むと客が書いた金額を訂正し、先程よりも4分の1ほど減らされていた。
「セイ細かーい。貰っちゃえばいいのに。」
ただ、隣で様子を見ているフーカが口をはさむ。その度、セイの眉間がピクリと動く。しかし、客の前だ。決して憤慨するなんてことあってはならない。
「こ、これなら払おう。」
「では、次は期限ですね。……今日まで?詳しく何時までかは……。」
「正確には明日の朝10時までに完了していればいい。」
現在の時刻は午後2時。かなりの無茶ぶりだ。今までの依頼の中でも。しかしセイもフーカも別に気にせず淡々と進める。客はその様子に気味悪さを覚えたが、急いでいるのだ。焦っているのだ。客もまた、セイたちの態度を気に留めなかった。
「そうですか。では確認と支払いの時間もありますので、明日7時30分までにこの子がいらしたらこの契約書を持ってまたこちらにいらしてください。」
そう言ってセイは手紙を加えた影のような猫を撫でる。この猫はこの店の依頼完了通知用のセイの使い魔だ。
「わかった。」
セイは素早く契約書を書いて客に渡す。
客はそのまま帰り、早速残りの2人を呼ぶ。
「2人とも~仕事だよ~!」
「今回はすぐ来たんだねぇ。」
このゆったりとした少女は、グループのバッファー兼ヒーラーの
実際は全く以ておっとりなどしておらず、多分このグループの中で最も我儘で自己中心的な人物だろう。口調や雰囲気からは全く感じないが、話せば地獄。こちらの意見が通じることは殆どない。しかも無自覚というのだから質が悪い。
「7時半までだからすぐ行くよ。ほら立って!」
客がいなくなって、素になったセイが部屋でゆっくりしている2人に叫ぶ。
「はぁい。」
鈴凛はゆっくりと立って、そのまま外に出る。しかし、もう一人の少女が全く立たない。声も届いているか怪しい。
「……コマ!立って!出発するよ!」
「え……?」
どうやら話を聞いていなかったらしいが、言われるがまま立ち上がる。
このグループの最後のメンバー___コルマク。デバッファー兼シールダーだ。灰色の髪に所々黒いメッシュが入っている。花弁のような服によって服が一つの花になっているように感じる。靴は履いておらず、いつも浮いて移動している。本人曰く、面倒らしいのだ。
今回のように、コルマクは殆どの時間ボーっとしており、大体は同じことを2度言わなければならない。表情が読み取りづらく、何を考えているのか他の3人にもわからないし、正直本人もわかっていない。
「依頼が入ったのよ。今からランシの森に行くの。」
「そう……。」
フーカが依頼の内容を一から説明する。フーカはリーダーらしく、しっかりと仕事をする。……事務はできないが。
一同がランシの森の入口に立つ。此処の森には大した強さの魔物はいないが、群れで生息するものが多く、数はかなり多い。
「じゃあ……鈴凛、探知できるかしら?」
「わかったぁ。」
フーカに言われると、鈴凛の武器である2段に分かれた鈴の輪が浮かんだ幣を振って森全域に結界を張る。
鈴凛が張った結界は探知用で、結界内の魔物を察知するものだ。
「どのくらい?」
「え~とねぇ……10、20……80くらい?」
「あら、じゃあ結構少ない……」
「……の群れ。」
「え、じゃあ数としては……。」
「う~ん、500くらいかなぁ?でも、かなり小物だし。」
「ならよかった。」
最近、国の討伐隊が動いたおかげもあって、かなり減っていたようだ。
「さっさとやっちゃいましょ!小物なら、連携する必要はないわね?」
「ん、じゃあ手分けして倒していこうか。すずりんはここで僕らに状況教えてね。」
「はぁい。」
セイから言われると鈴凛はもう一層結界を張る。今度は連絡用だ。
案の定、ボーっとしていて話を聞いていなかったコルマクはフーカに引っ張られてそれぞれの持ち場について開始する。
「フーカちゃんのところが32の群れ……セイちゃんのとこが30の群れで、コルマクちゃんのとこが18の群れだよぉ。」
「りょ~かい!楽勝ね!」
「コマ?話聞いてた?」
「……うん。多分。」
「お前のとこは18!」
「わかった……。」
その後は鈴凛が状況把握とともに、3人に情報を共有しながら、魔物の残りがいないかを確認する。
大体10分程でフーカが森から出てきた。フーカの持ち場は終わったようだ。
「ふふ!一番乗りみたいね!」
得意げに傘を回す。
「凄いねぇ~。」
「セイとコルマクの様子はどうかしら?」
「順調だよぉ~。」
セイとコルマクの持ち場の魔物も順調に数を減らしていっている。
「うんうん!さすがはあたしの仲間ね!」
また5分程するとセイが森から出てきた。かなり返り血を浴びていたので、鈴凛が生活用の水魔法で洗い流す。
「せんきゅ。……コマは?」
「う~ん、もう既に魔物は倒し切ってるんだけど戻ってこないね。」
結界の探知にはもう何も引っかからない。その情報はコルマクにしっかり行き渡っている筈だ。返事もあった。コルマクはかなり足が速い(浮いているが)ので、すぐ戻ってくる筈だった。しかし、魔物の反応が切れてから20分経ってもコルマクは戻ってこない。
「コルマクちゃ~ん?」
呼びかけるも返事がない。
大抵この場合例によってボーっとしているのだが、念の為フーカが迎えに行く。
コルマクの持ち場に行くと、コルマクはすぐに見つかった。
今回は動物と呑気に戯れていて連絡に気づかなかったらしい。
「コルマク?帰るわよ。」
「……うん。」
フーカに言われると、少し名残惜しそうに抱いていた兎を手放す。
2人と合流し、猫を依頼人のもとへ送る。そして店に帰り、依頼人が来るのを待った。
30分程経った後、扉が開く。
「も、もう終わったのか?」
まだ日も暮れていなかった。
「ええ、ちゃんと終わらせたわ。念の為、確認をとって頂戴。えっと、あとなんだったかしら。」
「証拠。」
「ああ!そうだったわ。もし出来に不満があった場合、その証拠?根拠?……となるものを持ってきて提示して頂戴。再調査して納得したら賠償金?を払うわ。」
「ああ、わかった。確認してこよう。」
そして再び店から出ていった。
「フー、いい加減慣れてよね。」
いつものセイによる説教会が始まる。
「ごめんったら。こーゆーの、あたしすっごく苦手なの!最初よりマシになった方なのよ?」
「それはわかるけど。」
「あとコマ!依頼中に動物と遊ばない!」
「……だって終わったから。」
「まず帰ってきなさい!」
「うちはよくやったと思わない?」
「すずりんは……うん、今回はやらかさなかったし、連絡とかありがとう。」
「は!?」
今回、説教を食らわなかったのは鈴凛だけだった。
1時間程経つと、依頼人が戻ってきた。
「……魔物は1匹も見当たらなかった。気配もなかった。あんたたちすげぇんだな。」
「ふふん!でしょ?」
「ああ。契約書と……これが報酬だ。確認してくれ。あ、あとこれ……。」
客は、4人に手紙を渡した。そこには拙い字で「
「これは?」
「娘が書いたんだ。」
「へぇ、何歳?」
「6歳だ。……娘は体が強くなくてね。でも最近体の調子が良いんだ。だから明日家族みんなでピクニックに行こうと思って。」
客が手紙を愛おしそうに見つめ、幸せそうに語る。
「なるほど、だから依頼したのね。良い父親じゃない!明日、写真でも撮って見せて頂戴!」
「ああ、わかった。本当にありがとう。」
_______
「依頼かんりょ~!」
「わー。」
「ちょっと鈴凛?棒読みに聞こえるんだけど?」
「そんなことないよ。」
4人は客が帰った後、プチ宴会をしていた。仕事がある日なんてかなり少ないから、仕事が終わるたびにこうやって宴会をしているのだ。
「今回は無茶ぶりに聞こえたけど、よかったね。討伐隊派遣後で。」
「その前だと、今回の倍ぐらいになってたかなぁ~。」
鈴凛がサラッと恐ろしいことを言う。
「?コルマク?どうしたのよ、そんなに手紙を見つめて。」
「……わからない。」
客の娘が書いた手紙を黙って見つめていたが、フーカに話しかけられると首を振って見るのをやめた。
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