14歳、そして恋に落ちた。

すえたに すえこ

第1話 近すぎず、遠すぎず

私は、初めて恋に落ちた。



中学二年生の頃の話だ。


新しい学級にも少しずつ慣れてきた、春の終わり。
桜の花は散り、青空に新緑が映える心地の良い季節だった。
〇〇中学校二年B組では、来月に行われる自然体験学習に向けて、着々と準備が進められていた。


その日は、当日の行動班を決める日だった。
男女混合というだけで、私は不安でいっぱいだった。


順番にくじを引き、男子の班と顔合わせをする。
……幸い、苦手な人はいなさそうだ。
私は、ほっと胸をなで下ろした。

それから班で話し合い、計画を立てていくうちに、私は班員のひとりの男の子と自然に話すようになった。


彼の名前は、ヒナタくん。

普段は穏やかで、少し天然。
みんなに愛されるタイプの人だった。

彼はバスケ部で、部活中にグランドを走る姿を何度か見たことがある。
けれど、その頃は特別な感情なんてなかった。
仲良くなるつもりも、正直なかったと思う。


それなのに。

話しているうちに、気づけば自然と距離が縮まっていた。
男子とこんなに話せていることに、私自身が一番驚いていた。

私は目立たないタイプで、成長するにつれて、自然と男子と距離を置くようになっていたから。


それからというもの、私は毎日のようにヒナタくんと話すようになった。

猫が好きなこと。
二次元のアイドルが好きなこと。
甘いスイーツが大好物なこと。


「……意外と、かわいいところあるんだな」


そんなことを思いながら、会話が弾む時間が、ただ楽しかった。


なんだろう。
今、すごく楽しい。


気づいた時には、ヒナタくんは私にとって“特別”な存在になっていた。


……そう。
私は、恋に落ちていた。


野外学習が無事に終わり、次に近づいてきたのは体育祭だった。


当時、私は運動部に所属していたこともあり、クラスの中では足が速い方だった。
そのせいで、男女混合リレーの選手に選ばれてしまう。

最悪だ……。
できるなら、足の速い男子と組みたいけど――


「……え、ヒナタくん?」

同じチームになった彼は、足も速かった。


まさか一緒になるなんて、思ってもいなかった。


リレー選手は、バトンパスの練習をする。
私は、ヒナタくんにバトンを渡す役だった。


それが、嬉しかった。


練習のたびに、ほんの少しだけ二人で話せる時間がある。
他愛もない会話なのに、ヒナタくんの優しい笑顔を見るだけで、胸がいっぱいになった。


そして、体育祭当日。

ピストルの音と同時に、私は走り出す。
カーブを曲がると、ヒナタくんが待っていた。

「頑張れっ!」

優しくて、少し頼りない声。
その一言に背中を押され、私は最後の力を振り絞った。


――そして、バトンを渡す。

結果は、二位。

悔しさはあったけれど、
ヒナタくんと一緒に走れた。それだけで、十分だった。


ある日の放課後。
授業が終わり、教科書をカバンに詰めていた時だった。


ふと、近くから聞こえてきた会話。
ヒナタくんと、数人のクラスメイトの声だった。


「最近どうなの?」


誰かがそう聞くと、
ヒナタくんは、いつもの穏やかな声で答えた。


「いい感じだよぉ〜」


その言葉が、なぜか胸に引っかかった。

何の話だろう。
気になって、気になって仕方がなかった。


私は、思い切ってヒナタくんに聞いてみた。

「……何の話してたの?」

ヒナタくんは、少しもためらうことなく言った。


「僕の彼女の話だよぉ〜」



――え?



一瞬、時間が止まった気がした。


彼女。


その二文字が、頭の中で何度も繰り返される。

ヒナタくんには、
私の知らない“誰か”が、もういたのだ。

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14歳、そして恋に落ちた。 すえたに すえこ @Suek_kooo

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