今日人形
@Krowl150
第1話 渡した血と人形
(今日12~119回目)
遠くから、淡々と言葉が聞こえてくる。
血、ともに流れゆくは願い。人形は渡した。
薄暗い部屋に、椅子に座った少女とその向かいには、少女と似た顔の少年、いや人とほぼ変わらない見た目をした人形が壁にもたれて座りこんでいる。その椅子の後ろには部屋の扉があった。
部屋の中には他にも、本が並んだ棚やレゴブロックの入った箱、家庭用ゲーム機とつながれたモニターなどがある。その少女も人形もワンピースのようなものを着ている。人形の服は新品のようで真っ白だが、しかし、少女の服はところどころ破けていて黄ばみ、赤いしみがついている。
少年の人形が目を開けた。まず、目の前に座っている少女を見上げて観察する。少女は片目が長い髪に隠れていて、その髪はもう少しで床に届きそうなほど長い髪だった。もう一方の目は閉じており、まるで死んだように動かない。しかし、目を凝らすと、肩がわずかに上下しているので、眠っているだけのようだ。
ふと、体を動かそうと試みるが、手も足も動かない。 体を少し動かそうとして、バランスが崩れて大きな音を出して床に倒れてしまった。
ゆっくり顔を上げて少女のほうを見ると、パッチリと開いた真っ赤な目が静かにこちらを見ている。
空気がぴんと張った糸のように張り詰める。その時間がかなり長く感じられた後、少女は口を開いた。
「私はト...ト...、そうトダっていうの。」
「ここから出たい?」
静かだが、はっきりと聞こえる少女の声が部屋に反響する。
「うん。」
「あなたの名前は?」
「分からない。」
僕はかすれた声で答え、頷いた。
「じゃあ、君はなんだか前から友達だった気がするから、今から君の名前はトモね。」
「私もね、ここから出ないといけないの。」
するとトダはどこからか取り出したナイフで指に傷をつけ、それを僕の顔の前に持ってきた。トダの目と同じ真っ赤な雫が彼女の指をつたっていく。
「何を...。」
言いかけた瞬間、彼女の指先から少女を見上げた僕の唇に雫が落ちた。
その血は、濃い鉄の味がした。寝ぼけたようにぼやけた頭がはっきりしていく。ただ、何かを忘れている気がして、自分の手で体を起こした。手で...?
「手が動く...?」
腕はどちらも普通に動くようになったようだ。トモは気づかなかったがその手首には青い筋が小さく脈打っていた。
いつのまにかトダの指の傷はなくなっており、彼女はトモの顔を覗き込んで言う。
「私の願いを聞いてくれたら、君の体を動くようにしてあげる。」
少女の体の青白い血管がはっきりと浮き出ている。
「まずは、電気をつけてくれない?私は届かないから。」
彼女は、トモがもたれかかっている壁のスイッチを指して言った。
人形が手を伸ばしてスイッチを押すと、オレンジ色の暖かい光が部屋を満たした。
するとトダはまたナイフで自分の指に傷をつけ、血を人形の唇に垂らした。さっきの血より濃くはなかったが、舌がしびれる感じがある。今度はトモは、足が動かせるようになった。舌はしびれたが他に体にしびれはない。
歩けるようになったので、トモはふと扉に触れてみると、スッと開いた。
「開けられるの?」
トダは驚いて目を見張る。
「前はあけられたんだけど、いつの間にか、私が扉に触れると鍵が掛かっちゃうようになったの。」
「扉が開けられるなら、、私の代わりに探し物をとってきてくれない?」
「僕は何をとってくればいい?」
「鍵をとってきてほしいの。部屋を出て長い廊下に出たら、一つだけ扉のない部屋があるから、そこで鍵を探して。」
トモが部屋を出ると、左は壁で、右には長い廊下があり、その一番奥には、重そうな扉が見えた。長い廊下の右側には、トダとトモのいた部屋を含めて3部屋、左側にも向かい合って3部屋ある。扉には、金属のドアノブと、郵便受け、のぞき穴がついている。扉の下には明りが漏れ出ている。扉をゆっくり閉めたが、それでもバタンと長い廊下に響いた。
トダの言うとおり、廊下の左側の2番目の部屋には扉がなく、扉があったであろう四角い枠の奥は、ブラックホールに吸い込まれているように暗い。
なるべく足音を立てないようゆっくり歩いていく。それでも自分の足と床がこすれる音が静かに響く。
扉のない部屋の前に着いた。恐る恐る入ったが何も見えない。そのまま前に進んでいくと何かが足に当たった。ゆっくり手で触ってみると、冷たい金属とギザギザとした感触がある。キーリングには鍵が二つ付いている。鍵は見つけたが、これがトダが探しているものかはわからない。だが、真っ暗で不気味なこの場所から早く抜け出したい。
鍵をもって廊下に出ると、ガシャンと金属同士が当たる音がした。ガシャン、ガシャンガシャン、ガシャガシャガシャン。その音は重なり合い、廊下に反響していった。
思わず体が固くなり身を屈め、ゆっくり周りを見渡す。音の正体は、扉の郵便受けが開いたり閉まったりして鳴っている音だった。まるで口が絶え間なく言葉を吐き、人混みの中の雑音のようだ。
呼吸が浅くなる。鍵を握りしめてトモは走り始めた。トダのいる部屋の前に着くと、すぐに扉を開け、体を滑り込ませてすぐに閉めた。するとさっきまで鳴っていた音はピタリと止んだ。ホッと息をついて座り込む。
トダが歩いてきた。彼女は鍵を見ると、何も言わずに今度は手首にナイフで傷をつけた。その手を人形の顔の前に持ってきた。血が手首から枝分かれしながら流れていき、中指の先で一つに交わって、トモの口の中に滴り落ちた。何滴も彼女の傷が癒えるまで、血が人形に流れていった。今度は体の変化はないように感じた。
不意にトダが
「トモは外に出たら何をしたい?」
と聞いてきた。
「叶えたい夢があるんだ。」
トモはそう答えると、「君は?」と言わんばかりに顔をトダのほうに向けた。
「私も。あるよ、夢。」
トダはそう答えると、弱弱しく微笑み、顔を逸らした。トモもつられて微笑む。
そんな話をしていると、トモは恐怖で興奮していた心も落ち着いてきた。
トモは目を瞑り、そのまま心を落ち着けていると、急にトダの声が聞こえてきた。
「へ...?、私でも扉が開けられる。この部屋から出られる!」
トダのほうを見ると、本当に扉が開いている。
また、あのガシャンという音が鳴りそうで心配になったが、そんなことにはならなかった。
「次はその鍵で開く扉を探すよ!。鍵はそのまま君が持ってて。」
彼女は彼に手を伸ばした。
トダはトモの手をつかみ、廊下に出た。そのとき、トダが床につまずいた。トモが彼女の方を見ると、トダの足が人形の足になっていることに気づいた。
「足、どうしたの?」
トモが心配そうに聞くと、少女は少し固い笑顔をつくった。
「血を与え過ぎちゃうとこうなっちゃうの。外に出たら元に戻るから安心して。」
トモは少し不安そうに頷く。
「それで鍵が使えるのはどの部屋なの?」
トダはその質問には答えず、廊下の右奥の扉の方を指した。その扉に向かう途中、トモはどこからか視線を感じた。ふと、鍵のあった扉のない部屋、の向かいの扉の郵便受けを押してみると、隙間から二本の足が見えた。思わず後ずさりする。誰かがのぞき穴からこちらを見ているようだ。
トダはどんどん前に進み、扉のない部屋の、右の部屋に入ろうと鍵を指している。
その時、カチッと音が鳴った。トダが扉の鍵を開けたようだ。扉を開けると、目の前に直立不動で動かない人形が立っていた。トモはヒィという声が出たが、トダは全く動じない。
「この人形たちは私たちに何もしてこないよ。」
トダはそういうと、スタスタと部屋に入っていく。
その部屋には、他にも同じような人形が部屋の足場がないほど埋め尽くしており、その上には積み重なった書類、ただしほとんど白紙のモノが雑に散らばっていた。
壁には、大小さまざまな大きさの鏡が壁にかかっている。だが、ほこりをかぶっていて、何が映っているか分からない。
トダは、部屋の隅に、赤いフレームの中に丸い鏡がはめられた手鏡があるのを見つけた。彼女はそれを拾うと部屋から出てきて、さあ行こうとトダを促した。
二人がその部屋を後にしたとき、黒い影が少女の影に入り込んだ。だが、トダもトモもそれには気づかない。
その時、トモの顔が鏡に数秒映った。だがその数秒で、トモはパニックに陥った。
「どうして僕の顔がさっきの部屋の人形と同じなの?」
「僕は人形だけど、違うはずなんだ、他の、他のやつとは!」
腕を見ると、青い血管が浮き出ていた。足も脈を打っているのを感じる。
「腕も足もトダの体みたいになってる。でも顔はあの人形と同じ?」
息がハァハァと早くなる。体も汗ばんできた。意識がもうろうとしかけているとき、トダの声で八ッとした。彼女の無表情の顔も鏡に映る。
「外に出れば分かるよ、分かるはず。」
彼女はそういうと無表情のまま、出口のほうへ歩いていく。トモは身を屈め、目をキョロキョロさせ、体は震えながら彼女の後についていった。
とうとう外に続く扉の前に着いた。
「鍵をちょうだい。」
トダはためらうことなく、キーリングについていた二つ目の鍵を扉の鍵穴に指す。
カチッ。その音の後、彼女はゆっくり扉を開けた。外からまぶしいほどの光が差し込んでくる。
トダが一瞬まぶしそうに手をかざす。そして思わず鍵を床に落とした。トモは扉の隣で震えていた。
その眩しい光でトダの服の黄ばみや血のシミが消えていっている。
なぜか、トダの髪も首の高さぐらいまで短くなっている。
その時、トダの影が突然大きくなった。その影は、ヒト型のように見えるがおなかが異様に膨らんでいて廊下が通れなくなりそうなほどでかく、足はない。だが細長い腕が何かを探しているかのように空中を探っていいる。
トダはまだ影に気づいていないようだ。扉の外の光の方へ手を伸ばしている。
「トダ、危ない!」
トモは叫んだが、影の腕はその細さとは裏腹に力強くトダをつかみ、一度扉にたたきつけ、扉とは真反対の方向に投げた。トダは奥の壁に強く叩きつけられ、ドタッと地面に落ち、動かなくなった。その瞬間、外へと続く扉は閉まりカチッと音がした。いつの間にか鍵は地面に落ち、トダの持っていたナイフと鏡がトモの近くに落ちてきた。
影の怪物はまた何かを手探りで探し始めた。トモはナイフと鏡を拾うが、ナイフは握った瞬間に跡形もなく消えてしまった。唯一の武器がなくなってしまった。トモはほふく前進で怪物から逃げるようにゆっくり動く。
その時、自分の持っている鏡に自分の顔が映った。
「...?これが僕の顔?」
鏡に映っている顔はまさに初めて見たトダの顔と同じだった。
パニックになりそうになる。でも、今は逃げなければ。
冷や汗で背中がじんわり濡れている。鏡を握る左腕には力が入る。ゆっくり、ゆっくり。はっきり自分の鼓動が聞こえるほど静かに動く。
急に影の怪物は動きを止めた。と思うとこちらめがけて腕を伸ばしてくる。トモは手間取りながらも立ち上がりながら走り出し、逃げたい一心で、扉のない部屋に飛び込んだ。
だが、影の怪物も部屋に入ってきた。幸いなことに、おなかが大きすぎて上半身しか部屋の中に入れていない。
そのうちに壁のところまでずるずる後ろまで下がる。
それでもその細い腕は部屋の隅々まで届きそうな長さだ。腕はしばらく部屋の中で静止していた。どのくらいたっただろうか。ガッ。急に腕がこちらに向かって伸びてくる。とっさに両腕で頭を庇う。絶望して目を閉じた。
だが、何秒たっても自分の荒い息遣いだけが聞こえる。
ゆっくり目を開けると、自分の腕には鏡と、そこにないはずのナイフが握られている。自分の体の左側には、切断された影の怪物の腕がウニョウニョと動いている。どうやらナイフで切れたらしい。
影の怪物自体は、鏡をじっと見つめ静止していた。と、思っていたら急にキーッと金切り声を上げ、残った左腕でトモの持っている鏡をサッと奪い取ると、吸い込まれるように外の扉の方向に消えていった。
ふらふらと壁に手をついて立ち上がる。トダは大丈夫だろうか。だんだん意識が遠のいていく感じがする。足に何かが当たった。だが、それに注意を払う余裕がないほど朦朧としている。そして、廊下を出たところで意識を失った。
遠くから、淡々と声が聞こえてくる。
ともに流れゆくは願い。人形は私達。
頭が痛い。
「ぼ...、私は誰だっけ?」
目を開けると、少年の見た目をしているが、正体は人形だと知っているモノが自分を見ていた。
「私はト...ト...、そうトダっていうの。」
トダ?はそう話し始めた。
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