幼馴染が異世界で脳筋係だったので、俺はツッコミ係になった ~相棒が無茶しか言わない~

@hakuro01

第1話 四台のトラックと、詰んだ状況

「あー……今日も一日、クソ疲れた……」

 ネクタイを緩めて大きく伸びる。見上げた会社のビルは、相変わらず無機質で、やたらと高い。


 定年まであと十年。ガラスに映る俺の顔は、死んだ魚みたいな目をしていた。

 来る日も来る日も、書類とパソコンを往復するだけの人生。

 昔、身体に叩き込んだ技も、鍛えた脚も――このコンクリートの檻の中じゃ、ただの思い出だ。

 ため息混じりに交差点へ差しかかった、その瞬間。

 ゾクリ。

 背筋に、冷たい針を一本ずつ刺されるような悪寒が走った。

 忘れていた感覚。実家の道場で、祖父――師匠に容赦なく竹刀で追い回されていた頃の、あの「殺気」。

 ……嘘だろ。

 反射で振り向くと、視界が白に染まった。

 ヘッドライト。奔流みたいな光。大型トラックが、減速どころかエンジンを唸らせ、あり得ない速度で突っ込んでくる。

「うおぉぉっ!」

 考えるより先に身体が動いた。

 錆びついてたはずの足が、地面を蹴る。身体を捻って横っ飛び――間一髪。

 ゴウッ!

 暴風みたいな風圧が頬を殴り、トラックは俺のいた空間を丸ごと踏み潰して、そのまま電柱へ激突した。

 プシュー、と白煙。金属が焼ける匂い。

「アブねぇ……」

 心臓が早鐘どころじゃない。胸の中で太鼓を叩いてる。

 受け身は取れた。……三十年ぶりにしては、悪くない身のこなしだ。

 ――と、安堵したのも束の間。

 震える足で歩き出したら、今度は狭い路地裏から。

 さらに次の交差点でも。

「なんなんだ今日は……厄日どころじゃないぞ……!」

 二回、三回。

 トラックが、まるで肉食獣みたいに俺だけを狙って襲ってくる。

 ブレーキ痕? あるわけがない。

 どれもこれも、「俺をひき肉にする」一点だけで動いてる。

 躱せたのは奇跡……じゃない。

 幼少期から叩き込まれた「型」が、今さら命綱になってるだけだ。

 不意に、死んだ祖父の声が脳裏を刺した。

『シンの才能は悪くないが、凡人の域を出ん。それに比べてザキは神童よ』

 ……ああ、確かに。

 あいつ(ザキ)なら、こんなの鼻歌混じりで躱すだろう。

 いや、あいつなら素手でトラック止めるかもしれない。

 そんな馬鹿げた想像が、普通に成立してしまう。

 あいつはそういう規格外だった。

 息を切らせ、俺はマンションへ飛び込んだ。

 オートロックの自動ドアを抜け、ロビーの冷房が肌を撫でた瞬間――勝った、と思った。

 ここは鉄筋コンクリートの建物の中だ。

 もうトラックなんて、入って来れるはずがない。

 ……はずがない。

 カッッ!

 背後から強烈なライト。俺の影がロビーの床に焼き付く。

「は?」

 次の瞬間。

 ガシャァァァァァァァン!

 強化ガラスが粉砕され、巨大な金属の塊がロビーへねじ込まれてくる。

 嘘だろ。ここ、建物の中だぞ?

 悲鳴が喉まで上がったのを、歯を食いしばって飲み込む。

 俺は必死に横へ飛び退いた――が。

 それすら、誘導だった。

 ドゴォォォォォォン!

 逃げた先の壁。

 「右」と「左」のコンクリート壁を、同時に突き破って――二台のトラックが、まるで壁抜けバグみたいに顔を出した。

「包囲……された?」

 前後左右。退路は、前方のみ。

 俺は無様に這いつくばったまま、唯一残された希望――エレベーターホールを見る。

 あそこへ逃げ込めば、さすがにトラックも追っては来れない。

 来れるはずがない。来れるわけが――

 チン。

 軽やかな到着音が鳴った。

 ゆっくりと左右に開くドア。

 そして、俺の理性を粉砕する光景がそこにあった。

 一畳ほどの狭い箱の中に。

 大型トラックのフロントグリルが、物理法則を無視して――『みっしり』詰まっていた。

「……ヤベ。詰んだ」

 事故じゃない。偶然でもない。

 世界そのものが、俺を殺しに来てる。

 “仕様”じゃなくて、“バグ”として。

 乾いた笑いすら浮かべた、その瞬間――

 四方向からの衝撃。

 世界が白く弾けて、意識はプツリと途切れた。

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