名前のないSOS 〜児童相談所ミステリー〜
@nana-to
第1話 「嘘の家」
その子は、何でもない顔で嘘をついていた。
児童相談所の面談室。
壁際に置かれた小さなソファに、少年はちょこんと座っている。
小学四年生。名前は——仮に、直樹としよう。
「家では、叩かれたりとか、ある?」
相馬 恒一は、できるだけ声のトーンを落として尋ねた。
刑事だった頃に身についた威圧感を、ここでは徹底的に殺す。
少年はすぐに首を横に振った。
「ないです」
間髪入れず。
考える間も与えないほどの速さだった。
相馬は頷き、メモに何かを書きつけるふりをした。
「お母さんとお父さんは、優しい?」
「はい。すごく」
即答。
相馬は視線を上げ、少年の手元を見る。
爪の付け根が赤く腫れている。
制服の袖口から覗く手首には、薄く青い痣があった。
——嘘だ。
だが、相馬はそれを指摘しない。
「学校は?」
「楽しいです」
「嫌なことは?」
「ないです」
まるで台本を読んでいるかのような受け答えだった。
相馬はペンを置き、ゆっくりと背もたれに体を預ける。
「……じゃあさ」
少年の目を、真正面から見つめた。
「なんで君、昨日コンビニで万引きしたの?」
少年のまばたきが、一瞬だけ止まった。
「……してません」
相馬は小さく息を吐いた。
警察の調書、店員の証言、防犯カメラ。
どれも揃っている。
それでも少年は、否定する。
相馬は思う。
この嘘は、悪意からじゃない。
生きるための嘘だ。
子どもは、大人よりずっと賢くて、ずっと弱い。
だから壊れないために、嘘を選ぶ。
「大丈夫」
相馬は、そう言って微笑んだ。
「ここでは、嘘つかなくていい」
少年は何も言わなかった。
だが、その小さな肩が、ほんのわずかに震えたのを、相馬は見逃さなかった。
——この子は、助けを求めている。
相馬はそう確信していた。
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