非情の断章
鏑木えり
傷
「
城主直々のお声がかりに、源次は顔を上げた。
「兄弟が敵味方に分かれ家を残す。これは乱世の習い」
「いや……いえ」
鴨部の家は、もとを正せば東
ここ数十年来、寒川と十河とは対立していた。
都の足利将軍家と細川家の争いが波及し、讃岐も争乱の渦中にあった。というのも細川家の
源次は思いきって低頭した。
「
十河一存は
激しい気性の
どれほどの時が経ったろう。やがて十河一存は、ゆっくりと、口を開いた。
「いくさのときは遠慮のうかかって参れ」
源次は顔を上げた。十河一存は目尻を緩ませていた。
「ありがたき御配慮」
慮外のことばに、源次は礼のことばも
風雲急を告げる。
十河一存、満を持しての、寒川・
源次の兄・神内左衛門は目を細めた。
機は熟した。彼はその旗下すべてに目配せし、そして前方を
目指す敵陣は駆け抜け一里。十河一存の首は目前にあり。
「かかれっ」
おお、と呼応し鴨部の党、五十騎は疾駆した。
突如の敵襲に十河の陣は混乱した。池内城攻めの隊の戦況ははかばかしく、その気の緩みを突かれたのである。
鴨部隊は右往左往の徒歩を斬り捨て、白き陣幕を蹴り倒す。率いる神内左衛門につかず離れず、源次は長剣を必死の体でふるい続けた。かくて内陣にまで攻め入ったが、既に十騎に満たなかった。
源次は真っ先にかつての主を探した。
「あれぞ十河一存なり」
源次は刃を向けた。その刃の先へと神内左衛門が突進する。
「その首、
源次は兄に襲いかかる輩を斬りに斬った。
―――覚悟!
神内左衛門は必殺の槍を繰り出した。
十河一存は左上腕を貫かれた。が、その左腕に力を込める。槍を引き抜けぬ神内左衛門。十河一存は太刀を
源次は獣の如く
十河一存まであと数歩―――
「遠慮のう、参りましたぞ」
鴨部源次は地に伏した。幾本もの太刀に貫かれていた。
一存の左右は慌てて主に駆け寄った。
「御館様、傷の手当てを」
「触るな!」
思いがけぬ一喝に、彼らは身を
目を細めた一存、唾を飲み込み、静かに命じた。
「塩を持て」
十河一存は手ずから槍を引き抜いた。鮮血が飛び散り、
鬼気迫る主の形相に、居並ぶ臣下は粛然と立ち尽くしていた。
やがて十河一存は、太息を吐き、顔を上げた。
「外に藤の蔓が生えていたであろう」
塩の塊を傷口に当て、採って来させた藤の蔓で固定した。そして、傷を押さえつつ目を細めた。その目線の先にはおのが身を傷つけた、兄弟が横たわる。一存は深く、ひとつ頷いた。
「鴨部兄弟の首、丁重に届けよ」
十河一存はその後、何事もなかったかのように指揮を執った。池内城が落城し、帰陣したときもその左腕には藤の蔓が絡まっていた。
時を経て、一存の傷は痕を残さず癒えた。
だがその傷の深さの程は――誰も知らぬ事であった。
非情の断章 鏑木えり @el_kaburaki
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