第2話 折れる剣②:木の枝で十分だった
第2話
折れる剣②:木の枝で十分だった
コクーン公爵家の訓練場は、今日も朝から騒がしかった。
「……まただ。また折れたぞ」
「三本目だぞ、今日で……」
見学していた騎士見習いたちが、遠慮がちに、しかし確実にざわついている。
訓練場の中央で、大剣の残骸を手に立ち尽くしているのは、公爵令嬢エリアル・コクーン。
年の頃はまだ若いが、その体躯に似合わぬ大剣を軽々と振るうことで有名な――そして、剣を壊すことでも有名な少女だった。
「……また折れちゃった」
エリアルは、ぽつりと呟いて、手元の柄だけになった剣を見下ろす。
ほんの数分前まで、あれは立派な訓練用の大剣だった。
公爵家が誇る鍛冶師が、念入りに鍛え上げた特注品。普通の剣士なら、何年も使えるはずの代物である。
――だが。
「えいっ」
という軽い掛け声とともに振り下ろされた一撃で、
剣は情けない悲鳴を上げ、あっさりと真っ二つに折れた。
「なんで……? 力、抑えたつもりなんだけどなあ……」
首を傾げるエリアルの背後で、師匠である老剣士が、深く深くため息をついた。
「……エリアル。抑えた“つもり”では駄目なのだ」
「え?」
「お前の“抑えた”は、常人の全力なのだ。いや、下手をすればそれ以上だ」
老剣士は、折れた剣を拾い上げ、しげしげと眺める。
「見ろ。この断面。刃こぼれではない。完全に内部から耐えきれず、破断しておる」
「……つまり?」
「つまり、お前は剣が耐えられる限界を、毎回あっさり超えている」
見習いたちが、一斉にエリアルから目を逸らした。
本人はまったく悪気がないのが、余計に恐ろしい。
「そんな……私、ちゃんと剣士として鍛錬してるのに……」
「しているからこそ、だ」
老剣士は苦笑しながら続ける。
「剣の扱いは上達しておる。姿勢も、踏み込みも、文句なしだ。
――だが、力だけが規格外すぎる」
その言葉に、エリアルは少しだけ唇を尖らせた。
「力があるのって、そんなに悪いことですか?」
「悪くはない。だが、“剣士”としては問題だ」
そこへ、訓練場の端から声が飛んできた。
「なら、俺とやってみませんか?」
振り向くと、そこに立っていたのは、公爵家に仕える若手剣士の一人だった。
自信に満ちた表情で、腰の剣に手をかけている。
「模擬試合です。剣士同士、剣で語り合いましょう」
周囲が、ざわっと色めき立つ。
「おい、あいつ本気か?」
「相手はエリアル様だぞ……?」
エリアルは、少し困ったように首を傾げた。
「えーと……」
視線を足元に落とす。
そこには、さきほど折れた剣の残骸が転がっているだけだった。
「……今、使える剣がないんですけど」
「言い訳は無用です!」
若手剣士は、鼻息荒く言い放つ。
「剣士の誇りにかけて、正々堂々、剣で勝負を!」
エリアルは一瞬、周囲を見回したあと、ため息をついた。
「うーん……じゃあ……」
彼女は、訓練場の隅へと歩いていき、
そこで何気なく落ちていた――木の枝を拾い上げた。
細く、軽く、どう見ても武器とは呼べない代物。
「これでいいですか?」
その瞬間、若手剣士の顔が真っ赤になった。
「ふざけるなッ!!」
怒号が訓練場に響く。
「俺を! 剣士を! 馬鹿にしているのか!!」
「えっ!? ち、違います! その……」
エリアルは慌てて弁解しようとするが、時すでに遅し。
「もういい! 構えろ!!」
若手剣士は剣を抜き、構えた。
エリアルも、仕方なく木の枝を両手で持ち、構える。
――模擬試合、開始。
「うおおおおっ!!」
気合一閃、若手剣士が斬りかかる。
鋭い踏み込み。剣速も十分。決して弱くはない。
だが。
エリアルは、その一撃を――
木の枝で、受け止めた。
ギィィ……と、不吉な音が響く。
「なっ――」
次の瞬間。
バキン!
若手剣士の剣が、真っ二つに折れた。
静寂。
エリアルの手元では、木の枝もまた、力に耐えきれず、ぽきりと折れて地面に落ちる。
「……あ」
エリアルは、申し訳なさそうに折れた枝を見下ろした。
「ほら……やっぱり、あんまり変わらないんですよ」
その言葉に、訓練場中が凍りつく。
「……木の枝で……剣を……」
「嘘だろ……」
若手剣士は、折れた自分の剣を見つめたまま、膝をついた。
「……俺の……剣……」
老剣士は、頭を抱えた。
「だから言っただろう……剣が可哀想だと……」
エリアルは、しょんぼりと肩を落とす。
「……私、やっぱり剣士向いてないのかな」
その呟きは、誰にも聞こえないほど小さかった。
だが、その背中には、確かに――
常識外れの才能が、はっきりと刻まれていた。
剣が折れるのではない。
世界のほうが、彼女の力に追いついていないのだ。
それを理解している者は、まだ、ほとんどいなかった。
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