婚約破棄されたので剣と結婚しましたが、 元婚約者が勝手に闇落ちしてます

みずとき かたくり子 

第1話 折れる剣①:また折れた

第1話


折れる剣①:また折れた


 コクーン公爵家の訓練場には、今日も乾いた金属音が響いていた。


 ——否、正確には響く前に、砕けていた。


「……あ」


 短い間の抜けた声と同時に、訓練用の大剣が真ん中から折れ、地面に転がった。

 刃先は砂を噛み、鈍い音を立てて止まる。


 剣を振るっていた少女——エリアル・コクーンは、その場で固まった。


 小柄な体躯。長い銀髪を後ろでまとめ、汗を拭うことも忘れて折れた剣を見下ろしている。

 彼女の額には、疲労よりも困惑が色濃く浮かんでいた。


「……また、折れちゃった」


 ぽつりと零したその言葉に、訓練場の周囲がざわつく。


「やっぱりか……」 「三本目だぞ、今日だけで」 「訓練用とはいえ、あれ全部鋼製だぞ……」


 見学していた騎士見習いたちが、ひそひそと声を落とす。

 恐怖と呆然が入り混じった視線が、一斉にエリアルへ向けられていた。


 エリアルは剣の柄を握ったまま、深いため息をつく。


「なんでこう、みんな簡単に折れちゃうのかしら……」


 その言い方は、まるで自分が悪いとは思っていないようでもあり、同時に本気で理解できていない様子でもあった。


 訓練場の端で腕を組んでいた老剣士——彼女の師匠が、重々しく歩み寄ってくる。


「エリアル……」


 低く、疲れ切った声。


「またですか?」


「……はい」


 エリアルは素直に頷いた。

 怒られると分かっている子供のように、肩がわずかにすぼむ。


 老剣士は折れた剣を拾い上げ、断面を確かめる。


「……剣は悪くない。むしろ、よく耐えたほうだ」


「じゃあ、なんで……」


「おまえが馬鹿力すぎるからだ」


 容赦のない一言だった。


 エリアルは目を瞬かせる。


「え、そんなに……?」


「普通は折れん。未熟者め。

 力の制御ができておらん。それでは、どんな剣でも折れてしまう」


 師匠は剣を地面に戻し、深いため息をついた。


「剣士というのはな、ただ力があればいいものではない。

 剣に“力を預ける”のではなく、“力を通す”のだ」


「……」


 エリアルは返事をせず、折れた剣を見つめ続けた。


 分かっている。

 頭では、何度も説明を受けている。


 けれど——


(ちゃんと振ってるつもりなのに……)


 彼女の中では、力を抑えている感覚が確かにあった。

 それでも剣は悲鳴を上げ、最後には必ず折れる。


 見習いたちの視線が、痛いほど背中に刺さる。


 ——強い。

 ——だが、剣士としては“未完成”。


 そんな評価が、言葉にされずとも空気に漂っていた。


 師匠は一度だけエリアルの頭を軽く叩いた。


「今日はここまでだ。これ以上やれば、訓練場の剣がなくなる」


「……はい」


 エリアルは折れた剣を抱え、訓練場を後にする。


 背中越しに、誰かの声が聞こえた。


「……あの力、もし戦場で振るわれたら……」 「剣が可哀想だ……」


 エリアルは歩きながら、ぎゅっと唇を噛んだ。


(強いだけじゃ、ダメなのね……)


 剣士として。

 そして——この国で生きる“女”として。


 彼女はまだ、その答えを知らなかった。



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