君がいた季節の終わりに
@danza
第1話 出会いは小さな編集室で
静かに机に座り
ふと昔を思い出した。
63才頃に、思いもしない、ありえない恋愛があった。
恋愛は静かに深く愛情にかわり、彼女を愛した。
彼のアルバムの奥にしまい込んでいたそのアルバムを
そっと開き思い出していた。
*****
最初は、LINEの文字だけだった。
顔も声もないのに、不思議と安心する言葉が並んでいた。
スタンプが増え、電話の声が重なり、
気づけば「一日の終わり」に彼がいた。
⸻
最初は、LINEの文字だけだった。
その一行一行に、体温のようなものを感じていた。
スタンプが感情を代わりに話し、声が夜を越えてきて、
いつのまにか、彼女は日常そのものになっていた。
*****
季節は巡り、
ひとの心もまた、静かに姿を変えてゆく。
そしてときに、
ひとは人生の途中で——
ひとりの人間と出会い、
その人の存在が、
自分の時間の色を変えてしまうことがある。
この物語は、
あの年齢だからこそ、深く静かな恋愛だった。
そうした「静かに心が揺れた四年間」の物語。
恋と呼ぶにはあまりに慎ましく、
愛と呼ぶにはどこか不器用で、
けれど、確かに、
二人は互いの心を灯し合っていた。
日々のささやかな言葉の往復、
夜の通話の温度、
アパートの小さなテーブルを挟んだ食事の湯気、
肩に触れたぬくもり——
どれも大きな出来事ではない。
しかし、
人はそうした小さな灯りにこそ
深く救われ、
深く傷つくのだ。
この恋の結末は、
派手な終わりではなかった。
声を荒げることもなく、
ただ静かに、
静かに「終わりのかたち」が訪れた。
だが、その静けさこそが
二人の時の真実を物語っている。
別れは、叱るように訪れたのではない。
静かに告げられ、
静かに受け入れられ、
そして静かに涙に変わった。
長い口づけは、愛の延長でもなく、
未練でもなく——
「ありがとう」の最も人間らしい表現だった。
四年間という季節は、
決して霧のように消え去ったわけではない。
彼の胸のどこか深いところで、
いまも静かな灯りとなって息づいている。
恋は終わっても、
優しさは終わらない。
愛は失われても、
温度は消えない。
第一章 出会いは小さな編集室で
車を走らせるあいだ、
景色はいつもと同じはずなのに、
どこか違って見えた。
今日が最後。
そう思った瞬間、指先が震えていた・・・
この物語のはじまりのプロローグは・・・。
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最初の出会いは、職場の小さな編集室だった。
ひろみは、淡い色の服が似合う女性だった。
笑うとふわりと空気が柔らかくなり、
素直で、真面目で、どこか危なっかしい。
いつの時か、突然、ショートカットに
変えてきた時のかわいさは強烈に心に残った。
ひろみはフラダンスを踊っており、
歩き方や笑顔はそのせいもあったのかもしれない。
そんな魅力を持つ女性だった。
編集の仕事を任されながらも、
突然のパソコンやIllustratorの扱いには苦手意識があり、
手作業の切り貼りをなかなか手放さなかった。
「どんなソフトでも似たようなことが出来るって言ってたけど
illustratorってさ、Wordと何が違うの?」
ひろみは本気でそう聞いてきた。
彼は答えに少し悩み、そしてこう返した。
「想像力かな?想像力を形にできるかどうかかな?」
ひろみは、一瞬きょとんとしたが、目を丸くし、
そのあと少し照れたように笑った。
普通、「編集向きのベジェ曲線がちがう」と言うところだが、「想像力かな?」の彼の突拍子もないillustratorへの言葉は、説明にも、ひろみへの答えでもない突拍子もないものだった。
ひろみとの心に灯った最初の小さなひかりだった。
彼は、きょとんとしながらも、ひろみも笑顔を見て、
胸のどこかがかすかに疼いた。
恋とは呼べない。
でも、風向きが変わる予感がした。
だがその時はまだ気づかないふりをした。
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