つらみ現在進行形

猫柳蝉丸

本編

 壁に向かい続ける。

 彼は壁に向かい続ける。

 時にして十一年以上、彼は一つの壁に向かい続けている。

 比喩ではない。

 彼は真の意味で一つの壁に向かい、視線を向け続けている。

 日本のある聖地と呼ばれる寺院に居座り、彼は大仏傍の壁に視線を向け続けているのだ。ずっと、ずっと。

 それは修行と呼んでもいい。解脱のための道と呼んでもいい。とにかく彼は長い年月をそうして生きている。

 彼の過去――過去は何でもいい。人並みに生き、人並みに人生に絶望し、一つの理論に辿り着いただけの話だ。

 どこどこまでもよくある話だ。


 世界シミュレーション仮説という言葉がある。

 我々の生きるこの世界がコンピューターだか別の高度の端末だかに構造された仮想のものであり、我々の意識もどこかの誰かの都合でシミュレーションされているという理屈だ。

 例えば計算上であれば宇宙にあるはずの質量が少な過ぎるとか多過ぎるとかそういう理屈でこの世界はシミュレーションになるらしいが、そのあたりのことは特に彼について重要な話ではないので割愛する。

 とにかくこの世界はどこかの誰かの都合で製作されたものということであり、彼は心の底からそれを信じたとという話だ。

 その世界シミュレーション仮説を信じた彼が、何故寺院の壁をひたすら見続けているのか。

 コンピューターゲームを嗜んだことがある者なら一度は体験したことがあるのではないだろうか。そのゲーム内で起こるはずがない挙動――バグを。

 バグというものは通常開発側の想定外のプレイが行われた際に起こりやすい。例えば想定以上にプレイ時間を重ねられたりすると、非常にバグが起こりやすくなるのだ。同じ行動をひたすら無駄に重ねられたりすると、それはもう起こりやすいのだ。

 これは何も現代特有の行動というわけではない。

 世界中の修行僧などを思い返してみるといい。彼らは常軌を逸した修行を平然とやってこなす。それこそ普通に生きていては辿り着けない境地に至るため、己か世界にバグを起こそうとしての行動ではないと何故言い切れるだろう。


 そして、バグを生じさせた者達が至ろうとしているのは、決まってこの世界より一つ上の高次元の世界だ。

 この世界にバグが生じた際、高次元の何者かはバグ修正に至る。我々の世界のコンピューターと同じく、バグを放置しておくことはできない。その際、高次元の存在は確実に彼らの前に姿を現すのだ。少なくとも壁に向かい続けている彼はそう信じている。

 彼はこの世界には何の未練もなかった。人並みの幸福はあったが、人並みにしか幸福になれない世界など彼には必要無かった。

 だから彼はこの世界にバグを起こして、高次元の世界に連れて行ってもらおうと考えたのだ。愚鈍で蒙昧なこの世界に見切りをつけて。

 そう考えて以来、彼はこの世界でただ一人の、確かに幸福な存在になれていたのだ。


 寺院の壁に視線を向け始めてちょうど五千日目、寺院にて彼の死体が発見された。

 寺院の壁とめり込み、いや、一体化したその不可解な死体は長くこの世界の人々の語り草になった。

 それはそうだ。ほぼ木材と化したような人間の死体など、どう説明しろというのだろう。

 この世界の一部の人々はそれを放置プレイバグと呼んだ。

 彼に何があってそんな状態になってしまったのか、それは誰にも分からない。

 もしかしたらこの世界にバグを起こした彼を見つけた高次元の何者かが、彼を本当に高次元に連れて行ってくれたのかもしれない。

 その瞬間こそ、彼の生涯最大の幸福の時間だったろう。それが彼の望んだ結末であったのだ。


 しかし、彼は気付いていたのだろうか。

 この世界は何者かにシミュレーションされた仮想の世界かもしれない。

 この世界より高次元な何らかの世界は確かに存在しているかもしれない。

 だが、その世界がこの世界より幸福に満ちた世界だと、どうして言えるだろう。

 この我々の世界より遥かな艱難辛苦に満ちたものではない保証はどこにもないのだ。

 確かにあるはずの高次元は楽園のような天国なのか、阿鼻叫喚の地獄なのか。

 その高次元世界がどちらであるのか、彼自身の目で確認できているのを願うばかりである。

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つらみ現在進行形 猫柳蝉丸 @necosemimaru

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