おわりに

 国譲り神話を読み解く試みは、ここでいったん終わる。


 しかし、謎がすべて解けたわけではない。


 「天の逆手」の具体的な形は、いまだ不明だ。「船を覆す」という行為の世界的な類型は、明確には見つかっていない。タケミカヅチとバトラズの類似が、どのような経路で生じたのかも、証明されていない。


 比較神話学は、「似ている」ことを示すことはできる。しかし、「だから伝わった」と証明することは難しい。逆に、「人間の心が同じだから、同じものを生み出した」と言い切ることも難しい。


 わからないことは、わからないと言うしかない。


 それでも、古事記の奇妙な一節が、孤立した意味不明の記述ではないことは、示せたのではないかと思う。


 タケミカヅチの剣は、ユーラシア大陸を貫く剣神信仰の末端に連なっている。

 コトシロヌシの「死」は、世界中の死と再生神話と響き合っている。

 「逆」の所作は、人類に共通する境界の象徴である。


 古事記を読むとき、私たちは日本だけを見ているのではない。

 人類の神話的想像力の、一つの結晶を見ているのだ。

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