【比較神話学】事代主の謎行動
くるくるパスタ
第一章 異様な光景
古事記を読んでいて、奇妙な箇所に出くわすことがある。
意味がわからない。どう解釈していいかもわからない。注釈書を開いても「未詳」「不明」の文字が並ぶ。そういう箇所が、記紀神話にはいくつかある。
国譲り神話は、その最たるものだ。
天照大御神の命を受けた建御雷神(タケミカヅチ)が、出雲の稲佐の浜に降り立つ。国を治めていた大国主神(オオクニヌシ)に、国を譲るよう迫るためだ。
このとき、タケミカヅチがとった姿勢が異様である。
古事記はこう伝える。
「出雲国の伊耶佐の小浜に降り到りて、十掬剣を抜きて、逆に浪の穂に刺し立て、その剣の前に趺み坐りて」
現代語に直せば、「十握剣を抜いて、逆さまに波頭に突き立て、その剣の切っ先の上にあぐらをかいて座った」ということになる。
剣を逆さに立てる。
刃の先に座る。
どういうことだろう。剣の刃先に座るなど、物理的に不可能ではないか。
さらに奇妙なのは、コトシロヌシ(事代主神)の反応だ。
大国主神は、国譲りの判断を息子に委ねる。そこでタケミカヅチは、美保の岬で魚釣りをしていたコトシロヌシのもとに使者を送る。
コトシロヌシは、即座に国譲りに同意した。そしてこう行動する。
「船を踏み傾けて、天の逆手を青柴垣に打ち成して、隠りき」
「船を踏み傾けて」は、船を覆す、ひっくり返すことだと解釈されている。「天の逆手(あまのさかて)」は、ある種の呪術的な拍手らしいが、具体的にどう打つのかは未詳。「青柴垣に打ち成して」は、青い柴の垣根のように(自分を覆い隠して)という意味。そして「隠りき」は、姿を隠した、消えた、ということ。
船を裏返す。
逆手を打つ。
柴垣で身を覆う。
消える。
これは何を意味しているのか。
記紀神話の編纂者たちは、天皇家の支配の正統性を神話的に根拠づけるために、国譲りの場面を書いた。それは政治的に最も繊細な部分であり、一字一句が注意深く選ばれたはずだ。
なぜ、こんな奇妙な、意味不明の所作が書き込まれたのか。
本稿では、この「謎行動」を解読する試みをおこなう。
手がかりは、比較神話学にある。
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