団地に住む親子の話

翠川稜

団地に住む親子の話



「いや~〇系統バスに乗って降りるコースも久々だわーバスで隅田川越えるのも。なんか窓越しに見た景色変わったね。もうちょっと店があったはずなのに。

マジで住宅街になったなあ。残ってるの、病院隣のコンビニぐらいじゃん? こんなに店がなくなるなら、せめてコンビニぐらいないとね。藤ノ木団地の住人だって、ちょっとした買い物したいでしょ、高齢化で住人は年寄りばっかりだから、余計に駅前までは距離あるもの。ちょっと、年齢はうちらも片足突っ込んでるとか言わないでよ。

いやだって、店ないから、この近辺、23区内にあるまじきよ。道路挟んだら学校あるんだから。うちらの通った小学校は廃校されたけどその跡地に大学できて大学生だって買い物するでしょうよ。

小学校の隣にあったバッティングセンターもなくなったのねえ。グリーンのネットが見えないわ。あそこテニスの壁打ちもできたのに。音がうるさいっていう苦情があった? いま保育園になってる?

へ~向かい側にあった幼稚園はあるでしょ? そりゃそうよ、あれは残ってるって、この区で珍しい区立幼稚園だもん。そうよ、ここ、区立幼稚園の数って少ないよ。

そうそう、テニスといえば、プリン公園の場所は昔テニスコートだったのよ。ピエロ公園の横に用水路があって、小さい橋みたいになってて、あたしが小学生低学年時はその裏のベニヤ工場がつぶれて公団出来て、公団と一緒にテニスコートからプリン公園に代わったの。え? 覚えてない? すでに公園だった? ねえ、ちょとお、あたしが年寄りみたいじゃん。


あのね、実はあたし一番上の子が生まれた頃、散歩がてらに藤ノ木団地に行ったことあるのよ。あの頃はほら、ちょっと長い散歩の距離でも歩ける場所に住んでたから……藤ノ木橋公園側からベビーカー押して坂道降りて。その時思ったわ、この団地、こんな小さかったかなって。子供の時の記憶だもんね、大きく見えるよ。今歩いてるところ――団地正面エントランスに向かう道だけど、このバス停側の坂道も、あたしが小さい頃砂利道だった。そう砂利道。舗装される前だったのよ。ここら辺の道がだいたい全部そうよ。舗装がされる前だったの。この道はあれよね藤ノ木団地の為だけに作られたんだろうなって思うわ。


この角を曲がると、団地の人ご用達のコンビニっぽい小さいお店、『ヒマワリ』があったんだけど――……って、『ヒマワリ』なくなってる⁉ まじで⁉ ええ~もう団地に住んでるのってうちらの両親世代じゃない? ここがなくなるとさあ、一号棟も二号棟も買い物まじで不便よ、商店街まで何百メートル? 一キロは越えるよ。ちょ、買い物限界集落とか、あんたも言うねえ。

でも『ヒマワリ』閉店かあ……まだ団地で暮らしてた頃とかさ~夜ここ通って団地に帰ってくるの怖かったもん。『ヒマワリ』が営業してれば、買い物客はいるから、安心してたけどさ。

そうそう、買い物客なんて、一人や二人は顔見知りだもんね。一号棟の人か二号棟の人かぐらいはすぐわかる。

だから『ヒマワリ』の店舗正面口から藤ノ木団地に向かう道が暗くてさあ、一号棟に併設されてる独身寮の駐輪場の灯りがなければ真っ暗だったじゃん?

この駐輪場の前に『ライオンさん公園』があったよねえ、遊具少なかったけど。

なんか開けたわね、植栽も引っこ抜いて遊具なんてないじゃん。

当時、植栽がすごく鬱陶しいぐらい生い茂って……ああ、うん、連れ込まれて悪戯されるとか、そういうやな犯罪もあったよね。噂だからさ、一つ年上の同じ階の「みっちゃん」の友達も被害にあって、引っ越したらしい。

噂だからね。ほら、ここから引っ越しなんて、わりと成功者の人ってイメージだから、やっかみかもしれないし……。

でも、その子、一時、学校で見かけなかったわ。そう引っ越す前だったし学年も違うし、今と違って児童数が多い世代だったから……学校で見つけられなかっただけかもしれないけど。



学校で見かけなかったって言えば……あの姉弟も学校で見たことなかったな。



多分うちらと同じ二号棟に住んでいて、よくこの道ですれ違ったのよ。

え、知らない? 名前思い出せないけど、あんただって、絶対見てるって。

こうショートカットで、髪型がね、どうにも美容室や床屋でやりました感がないのよ。不器用なお母さんが散髪しました感がにじみ出て、色が白くて、ちょっと小太りで、歩き方もゆっくりで。

知らないって……そんな思い出せないだけじゃない?

どう見ても、ちょっとその――健常者とは言い難い……うん、そういう感じの……親子でそろっていつも手を繋いで歩いているの。

ほら、あの頃は、ちょっと健常者とは違っても、普通に学校通わせていたじゃない? 親が。


ただその姉弟の母親もさあ、ちょっと……子供よりは若干普通よりなんだけど……そう……だから遺伝なのかなとは思ったのよ。

旦那が一緒にいたところを見たことはないわ。

いつも母親が姉弟と一緒に手を繋いでる感じで。

うん、その母親も子供達も、暴れるとか奇声をあげるとか多動とかそういうのはなかった。

表情を見てるだけなら、いつも楽しそうだった記憶があるけど……。


だから、大人になった今にして思えば、すごく残酷なことを想像させるのよね。


そういう人って知った上で、適当に言いくるめて手籠めにして――ぽいとか。

でもさあ、不思議なのよ。

そういう人なら、自力で、行政の手続きをとってこの団地に入るとかできなさそうでしょ?

所得が少なくて、入れるのが都営アパートだけどさ.どうやって入居できたのか謎なのよ。

親がやったのかなとか、あとは、そう、母親の相手か――もしくは相手の親が、良心の呵責に耐えかねて、手続きをとってそのまま放置したのか……。


まあ、嫌な想像はできる親子だった。


それで、あたしが就職した時には母親いなかったのよ。

で、うちらが高校? に行ってる頃に亡くなったらしいんだわ。母親が。

オカンから聞いた気がする。

あの二人どうなるんだろうなって思った。

だって普通なら学校行ってる年齢なのに、学校いってないし。

そんでその子供――姉弟の姉の方が、弟の面倒見ていてさ。


ねえ、本当に知らない?

あんたの方が、うちらが団地から出て二人暮らししていた時、ちょいちょい団地の方に行ってたじゃない? 見なかった?


……ってそういえばさ、あの藤ノ木団地二号棟、エレベーターは四基あったけど、一度もその親子や姉弟と一緒に乗り込んだこと、記憶にないわ。


すれ違った記憶だけはあるけど。

なんでそんなビビるのよ?

いや、本当にいたって、この団地に住んでいたって。

前? 見ろって? 何?


うん、ごめん、悪かった。

戻ろう。

だいたいなんでこの団地に行こうとしたかって? うちらが働きだして、しばらくして、同じ町内に戸建てを購入して、あの団地から引っ越したから、あの団地に行っても意味はないはずなのにって?

いや、そうなんだけど、つい懐かしくなって。うっかり足が向いちゃって。

悪かったって。

だからあんたが今、痛いぐらい腕を引っ張って、来た道を逆戻りするのもわかる。

まさか、あの花壇の前に、いるとは思わないし!

確かに雰囲気は似てるよ。

え? 振り返るなって? 

黄泉平坂を戻るイザナギかよ⁉

ここでラノベ作家らしい雑学を言うなって? 

あんたが怖がってるからじゃん! 

あたしも怖いわ。戻ろう。振り返らないよ。


でも思った。

あれから何年経ってると思ってる?

あたしは結婚して子供もいて、その子供ももう成人して。

何十年経ってる?

それなのに、あの姉弟は変わらないの?


あのままなの?


東向きに聳え立つ、都営アパート藤ノ木団地二号棟。


住人を迎え入れる正面エントランスは、落下防止の突き出しコンクリートが影を作ってあの姉弟を受け入れてたね。


ああ、よかった。バスの大通りにまで戻ったからちょっと振り返ってみてもいい?


都営アパート藤ノ木団地二号棟――子供の時に住んでいたはずのその建物だわ。

あそこへ向かって歩き出した時は懐かしさを感じたはずなのに。

今も荒川と隅田川に挟まれた住宅街に建つただの集合住宅団地の一つなのに。


最初は懐かしさだけだったけど――……やっぱり、どこか不気味よね」





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この作品はフィクションであり、登場する人物、建物の名称等は架空のものです。

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