白いネズミ
木村玄
第1話
三時間のアルバイト。接客業。
平日だから休日よりは空いていて、人がいない。
一階の4人席が3つ埋まっている。
70代の老夫婦。
付き合いたての大学生カップル。
勉強中の2人の女子高校生。
ホールには、
大学生の女の子が2人、パートが1人と私。
キッチンにも同じような感じだと思う。
「すみません。」と呼ぶ声が聞こえた。
「はーい。」と一人が返事をする。
みんなの目線は、私にある。
察した私は、大学生カップルの席に行き、
「注文はお決まりですか。」と一言。
マニュアル通りの一言。
でも、言わなくてもいい一言。
「サンセットの珈琲をひとつ。」
「とサンライズの珈琲をひとつ。」
珈琲をふたつ。深煎りと浅煎り。
白色のガーディアンと黒色のパーカー。
席は正対して座っている。
何なる対比と思った裏腹、
髪型は似たようなミディアムヘア。
少しだけ女性の方が長い。
まあどうでもいい。
「以上でよろしいですか。」と私は一言。
ふたりは目を合わせていた。
僕にではなく。ふたりで。
少し頷き。伝票を打つ。
時間が経っても、片付ける皿はない。
することもない。
時計がない。時間もない。
キッチンを通った時、ゴミ箱が目に入った。
少し溢れている。
あと、二時間なら変える必要はなさそうだが、
時間潰しとして、変えようと思った。
二重に重なったゴミ袋をゴミ箱から取り出し、
片結びを二重にする。
倉庫からゴミ袋を2枚持ってきて、ゴミ箱に重ねる。
店の裏に出て、重い臭いゴミ袋を投げ捨てる。
インカムからは少しの雑音。
店の裏に出ると鳴る雑音。
誰も来ない店の裏で、
やめた先輩がバイト中にタバコを吸っていた所を思い出し、
ポケットに入った電子タバコを取り出した。
時間潰しの一服。無駄な消費。
スマホで時間を見ながら、落ち着かない一服。
でも、落ち着いている。
吐き出した煙が風に乗って、流れていく。
その煙の先にネズミがいた。
田舎に近い地元より少しだけ大きい。そして白い。
昔に読んだ小説を思い出した。
実験用マウスは白いと。
「逃げ出したのか。」と問いかけた。
勿論、返事はない。
でも、返事があった気もした。
まあ、何も思わなかったけど。
吸い殻を床に落とし、
火は消さず、
バイトに戻った。
いや、戻りたくなかった。
そして、戻らなかった。
事務所からバックを取り出し。
タイムカードを切り、逃げ出した。
いや、歩み始めたと肯定しよう。
十分後、着信が何度も鳴り響く。
スマホの電源を落とし、ポケットに入れた。
ポケットに入っていた入れっぱなしの
トイレ掃除チェック用のボールペンで、
バイト中に思い浮かんだ詩を三つメモ帳に書き込んだ。
悪くはないがよくもない。
でも少しだけ、綺麗にも見えていた。
バックの奥になる紙タバコを取り出して、
メンソールのカプセルを潰し、
煙を肺に入れ、鼻から吐いた。
イヤフォンはできないから、
雑音まじれの河川敷をゆっくり歩いていく。
お腹が静かになっていた。
白いネズミ 木村玄 @kimumu14
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