双星のアンティフォナ ―虚無の俺が死に戻りの経験値で最強へ至るまで。帝国に追われる聖女を救うため、俺は千の絶望をこえてレベルアップする―

ユニ

深淵への転落と運命の再始動

第1話 無能の烙印とSランクパーティからの追放

 叩きつけられたのは、使い古された革の鞄と、わずかな手切れ金だった。


「――出て行け、ニクス。お前のような『無能』を置いておけるほど、俺たちは暇じゃないんだ」


 豪華な宿屋のVIPルーム。暖炉の炎がパチパチと爆ぜる音だけが、やけに大きく響く。  突きつけられた言葉の主は、Sランクパーティ『太陽の翼』のリーダー、ガイウスだった。金髪を揺らし、眩いばかりの魔力を全身から放つ彼は、蔑みの色を隠そうともせずにニクスを見下ろしている。


「待ってくれ、ガイウス。俺は……確かに魔法は使えない。でも、荷物運びや罠の解除、野営の準備だって……」

「そんなものは奴隷でもできる。いいか、ニクス。ここは双星大陸アンティフォナだ。万物にマナの旋律が宿り、響き合うことで世界は回っている。マナの貯蔵量がゼロ、響きに加われぬ不協和音のお前がいるだけで、パーティの平均ランクが下がるんだよ」


 ガイウスが窓の外を指さす。夜の雲を割り、マナ・リアクターから青白い光を放ちながら、悠然と浮かぶ帝国軍の哨戒飛空艇が見えた。  この大陸において、マナは文明の血潮だ。魔法を放ち、鉄の巨躯を空へ浮かべる絶対的なエネルギー。そのマナを体内に一切宿さない者は、人間以下の家畜として扱われる。


 ニクスの持つ固有スキル【虚無(ニル)】。  それはマナの貯蔵量が完全に「ゼロ」であることを示す、呪いのような称号だった。


「聖女ヘーメラ様がお前を庇っていたから今まで置いてやったが、彼女は今、教団の聖務でここにはいない。彼女もようやく目が覚めたのさ。お前のような塵芥(じんかい)と関わるのは、聖女としてのキャリアに傷がつくとね」


 ニクスの胸が、ズキリと痛んだ。ヘーメラ。パーティの紅一点であり、この絶望的な『太陽の翼』の中で唯一、ニクスに微笑みかけてくれた少女。彼女の顔を思い出すたび、言葉にできない懐かしさと、胸を締め付けるような欠落感が襲ってくる。


「……ヘーメラが、本当にそう言ったのか?」

「当たり前だろう。さあ、行け。二度とその面を見せるな」


 ガイウスが指先で小さな魔法を放つ。不可視の衝撃波がニクスの胸を叩き、彼は無様に床を転がって部屋の外へと突き飛ばされた。


 宿を出ると、外は冷たい雨が降っていた。  武器も、防具も、仲間も。すべてを失った。残されたのは、マナの通わない痩せた肉体と、虚無のスキルだけ。


 ニクスはふらふらと歩き出す。行き先などない。ただ、街の喧騒から逃れるように、暗い森の奥へと足が向いた。  なぜだろうか。冷たい雨に打たれ、体温が奪われていく中で、不思議と胸の奥だけが熱い。


 ――あっちに、行かなきゃいけない。


 その直感が、ニクスを死地へと誘う。その先に、自分の命を、そして世界の運命を永遠に変えてしまう「最初の一秒」が待っているとも知らずに。


 ニクスは泥にまみれながら、一歩、また一歩と、深い霧に包まれた深淵の森へと踏み込んでいった。

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