Out of the Woods

Y.Narrow

第1話:楽園の生活

朝霧が立ち込める冬の朝だった。


オンタイマーにしていたリビングの大型TVが声を上げた。


「....次です。12月に入り、今冬初の濃霧となった南カリフォルニアの朝7時現在の交通情報をお伝えします。PCHでは区間によって速度制限、405号線は事故の影響により、トーランス方面で通過まで約45分と......」


一本の帯のように連なったテールランプの光を画面では映し続けている。


ベッドルームのドアが開く。Tシャツにスウェット姿の男性はオープンキッチンへ入り、蛇口に触れる。水飛沫が上がり、寝ぼけた顔をシンクへ躊躇なくうずめる。冷たい水が頬を打った。


405は渋滞か。壁時計に目をやる。am7:08。


遣都は未だに馴染まないこの部屋を見渡した。TVの音声だけが響く。


背面の冷蔵庫に向き直る。冷たいステンレスのドアに顔が映る。


疲れてるな。


ドアを開けバナナ一本とミルクを取り出し、頬張った。


一面ガラス張りのリビングで、外を眺める。


マリーナ・デル・レイから見える黒い海は空との境界も見えない。厚い雲に覆われ、かすかに見えるヨットのマストが音を立てている。寒そうなのは一目でわかった。


着替えを済ませ、ダウンを羽織る。デスクから薄汚れたラップトップ、スケッチブックにコピックを何本か、バックパックに押し込む。腕時計....ない。まっいいか。


「alexy,テレビ消して」


画面が暗転し、部屋は静けさに包まれる。


玄関ドアの前、スタンドミラーで髪を手櫛で整え、車のキーを手に取る。


ドアノブに手を掛けたが、壁際のコルクボードへ顔を向ける。


“2013/12/24 yokohama”


マーカーで殴り書きかれた写真が一枚貼ってある。

雪の中、ピースをする男女がいた。

ぎこちない笑顔の中に、幸せが垣間見れる。

日付を一瞬見て、視線を逸らす。


遣都は静かに玄関ドアを開け、まだ薄暗い夜明けの街へ消えていった。


同じ頃。


サンタモニカ近郊。

閑静なアパートメントが建ち並ぶ一角。

カーテンのない部屋があった。


ワークルームのデスクに向き合う一人の女性。

壁際には未整理の段ボールが並んでいる。


慣れた手つきでラップトップの通信設定を終えた。


タンブラーに入れたコーヒーをすすり、時計を見ると、麻美はオンライン会議に接続した。


画面上に北米、日本、欧州のメンバーが次々と揃っていく。


LAのプロダクトマネージャーが口を開いた。


“Alright, let’s get started. As you know, today’s focus is the North America launch numbers and final readiness.”


スライドが切り替わり、初期指標が映し出される。


“Conversion looks solid overall, but we’re seeing a slight dip in the West Coast region.”


一瞬の間。

東京側の担当が反応する。


「その数値、日本側で見ているデータと少し差がありますね」


麻美がすぐに引き取った。


“Yes, we noticed that as well. The gap seems to be coming from channel attribution. Japan is still counting offline-assisted conversions.”


画面の向こうで、数人が頷く。


“If we align the definition, the numbers are actually within range.”


プロダクトマネージャーが確認する。


“So from your perspective, there’s no risk for launch?”

“Correct. From both Japan and North America, we’re good to proceed.”


短く、はっきり。


“Alright. Thanks for clarifying.”


議題は次へ進み、会議はそのまま滞りなく流れていった。


ログアウトの音が一つ、また一つと消えてゆく。


暗転した画面に自分の顔が映った。


イヤホンを外し、しばらく見つめた。


疲れてる。


目線を逸らし、窓の外を眺めた。


曇天模様の切れ目から部屋の中へ日が差し込む。


「これが、当たり前になるのかな。」


麻美はそう呟いて、もう一度だけ漆黒の画面を見つめた。

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Out of the Woods Y.Narrow @narrow_5150

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