スター・ブレイザー

YUYA

レベルゼロ First Phase『誓い この場所で』






-1-


 人、即ち知性を持った生命体が誕生して既に一万年以上の時が流れた。

文明を築き、他者を愛し、命を繋ぐ事を学び、それが輪の如く広がっているように思えば、世界は安泰で満たされているように思える。しかし実際は違う。人はそれだけの進化を遂げながらも、争い、妬み、奪う事をやめられずにおり、中には人智を超越した"力"を執拗に求め、全ての生命がいずれ達する"終着点"を踏み越えた"人ならざる者"も存在している。




 そしてその人ならざる者は、とある宇宙にて永く、そして大きく猛威を奮っていた。




 皇帝 シーヴ・インティーン。数多の銀河系を支配する大帝国『ジェノデダ』を治める皇帝。漆黒のローブからは数千、数万を生きた"動くミイラ"を想像させるような白く醜い肌を覗かせ、琥珀を彩るその瞳には紛う事なき邪悪が感じられ、その底知れない悪意はある者を震わせ、ある者を魅了し、ある者に予期せぬ生命の終わりを齎す。その悪意はシーヴ自身が望んだもの。そしてそれこそが、シーヴが人ならざる者を決定づける確たる証でもある。



 ジェノデダは宇宙に漂う超巨大宇宙都市要塞『エンドラ』を要とし、主な戦力としては兆に及ぶ数のトルーパー、同等の数を誇る機動兵器、それらを指揮する立場としてシーヴの悪意に魅入られた7人の戦士『アトロセプテム』があり、トルーパーと機動兵器から繰り出される物量戦法、アトロセプテムそれぞれの他を寄せつけない圧倒的な力がこれまでに遂げられた銀河系支配を厚く物語っている。


 無論、支配された側の中にも勇敢にジェノデダに立ち向かった者達は存在した。軍隊、部族による抵抗、時には宇宙戦争を彷彿とさせる規模の戦いが繰り広げられる事もあった。しかし、ジェノデダへの叛逆が成された事はこれまで一度たりともない。反旗を翻した者達の末路としてはその身が滅び、引き裂かれ、時には惑星そのものが消え去る事もあり、そういった悲劇はもう指では折れない程繰り返されてきた。支配を受けている側の抵抗の意は完全に潰えてはいないものの、そんな数々の末路を大なり小なり耳にした者達の殆どは戦う気力そのものを既に失くしており、そこから"ジェノデダの支配こそが安泰"という持論を導き出した者も決して少なくはない。



 ジェノデダの野望、その完遂は時間の問題と思われた。




 だがしかし、そんな中でも僅かながら、ほんの一筋の希望と呼べる存在もあった。人々にもその噂、姿は言うまでもなく刻まれており、希望は人々を、ジェノデダの者達を前にして、決まってこう語っている。




 暗黒の時代に終焉を齎す光明『星煌騎士団スターライト・ナイツ』と。






-2-


 星煌騎士団。それはまだジェノデダの支配が及んでいない銀河系惑星『オルブナ』の姫君であるナドリー・ポアラが、古より伝わる"とある力"を信条として設立の意を掲げ、ジェノデダに反旗を翻す意思を持った勇敢な戦士達を十年の歳月をかけて集め、その者達を"気高き姫の下で戦う勇敢な騎士"と位置づけた事で正式に結成された小規模組織である。


 星煌騎士団はジェノデダの手から銀河系を解放する事を大きな目的とし、それを成す為に必要とされている大事が二つ、メンバーの中で共通認識として存在する。



 組織が長期的に戦っていく為の資金、資源をあらゆる惑星から収集する事。



 共に反旗を翻す者を同志として迎え入れ、戦士として訓練を積ませる事。



 結成してから今に至るまで、メンバー内でこの大事に異議が唱えられた事はない。しかし、これらが簡単に成せる程、現実も甘くはない。理由はただ一つ、これらを耳にした赤の他人が、これに対して懐疑的な考えをまず持ち、了承して手を取り合ってくれる事が現段階で"稀なるケース"となっているからである。



「アンタ達に力を貸して、ジェノデダを倒してくれる保証はあるのか?」



「うちの子をあなた達の勝手な理想に付き合わせる事は出来ないわ!!」



「訓練って言ったって、第一どれをやって、どれだけの年月をかけるんだよ?」



「資源もタダじゃないんだ、無駄遣いされる位なら支配されてた方がマシってね」




 これらが懐疑的な考えを持つ者達の意見であり、これを耳にした星煌騎士団は、ナドリーを含めて誰一人として明確な答えを押しの一手として出した事はない。赤の他人にとって星煌騎士団のその態度がより懐疑的な考えを滾らせ、協力を真っ向から拒否し、その度に星煌騎士団は大事を成す事の難しさ、自身らの無力さを思い知らされる。


 しかし星煌騎士団は決して心を折る事はない。


 そして人々も星煌騎士団を完全に見捨てる事はない。


 何故なら人々からすれば"傍観"の立ち位置からして星煌騎士団は希望に変わらず、星煌騎士団にとって拒まれる事が戦いを降りる理由にはならない。そう、二つの類は"都合の良い関係"で細く繋がっているに過ぎないのである。戦果がない故に、背中を預ける信頼がない故に、何より、ジェノデダが存在しない平和な時代をヴィジョンとして視る事が出来ない故に。




 だがある時、そんな状態の星煌騎士団の元に、二つの小さな光が舞い込んだ。



「あの、俺を……俺を星煌騎士団に入れてください!!」


 星煌騎士団のメンバーの前に立ち、必死に頭を下げる少年の名はジェイク、ジェイク・ローカー。ライトブラウンの短髪は風に揺れ、蒼い瞳には一点の曇りも感じられず、着ている服は家系が鋼業に携わっているのか、所々に破れが見えて全体としてボロボロである事が感じられる。



「俺達、遊びで頼んでいる訳じゃないですよ! 本当に、真剣に……ジェノデダと戦って、平和を勝ち取りたいと思っているんです!!」


 ジェイクの隣で力説している少年の名はヘイン、ヘイン・ウォクセン。黒の短髪は同じく風に揺れ、黒い瞳にも一点の曇りは感じられず、着ている服は家系というよりは、遊び回ったが故に汚れが目立つように感じられる。




「……なるほど、どうやらそのようだな。よし、お前達の意思は伝わった。俺は騎士団長として、お前達を歓迎するぞ!!」


 中央に立っている大柄の騎士団長、カーン・ドイスが黒く大きな瞳をクリクリと動かし、ジェイク達に近づいて銀色の鎧に覆われた大きな両腕でその体を纏めて抱き寄せる。背後ではカーンの指揮下で戦う騎士、ハル・ラア、ウェニス・ロリーズが渋い表情をしており、嬉しげにするハルに構わずに互いに視線を向け合う。



「ウェニス、お前はどう思う?」


 ハルが薄紫の瞳をウロウロさせ、同じく薄紫の髪を右手で軽く掻く。



「僕に聞かれたって、知る訳ないだろう?」


 ウェニスがブラウンの瞳で瞬きを繰り返し、クリーム色の髪を軽く揺らしながらカーンの赤い髪に視線を変える。カーンが嬉しそうにしているのは変わらない。そんなカーンを見て、ハルとウェニスは不安を感じさせる表情がより深くなる。




 あんな幼い子供達が加入したとして、果たして戦力としてすぐに役に立つのだろうか?



 ハルとウェニスがジェイク、ヘインの入団希望を喜べない理由はそこにあった。これまでも少年、少女をスカウトの対象として選んだ事はあったが、少なくとも十代後半、その上で秀でた才を偶然見かけたなどが声をかける条件であった。しかしジェイクもヘインも明らかに十代なりたての少年であり、加えて自身らが驚かされるような才があるようにも正直言って思えない


 遊びや冷やかしでない事は真実として、ただジェノデダに対して激しい憤りがあり、その打破を成す為に星煌騎士団を利用しているように見受けられる。そして恐らく、星煌騎士団のこれまでの戦績も殆ど知らないようにも思える。




「よし、それじゃあすぐに出発しよう! 俺達はここから少し離れた場所で待ってるから、支度が終わったら声をかけてくれ!!」


「はい!!」


 カーンは静かにジェイク達から離れ、ジェイク達もカーンを見て元気良く返事、背を向けてその場を走り去る。カーンは笑顔のままそんなジェイク達を眺めており、ハルとウェニスはカーンの両隣に並び、静かにカーンに視線を向ける。



「カーン団長、本当に彼らを加えるのですか?」


「姫様、反対の意を唱えられないでしょうか?」


「フッ、お前達は分かってないな。俺達が大事とするのは時間じゃない、志を持った人材だ。俺はあの二人にその素質を感じた、だから……引き入れたんだ!!」



 ハルとウェニスは同時にカーンから視線を外す。これ以上の問答は無意味と判断したのだ。不安は一切取れてはいない、しかしカーンがそう言うのなら、ハルとウェニスはそれを決定事項として一旦受け取るしかない。たとえ、それが"破滅を招く事"に繋がるとしても。





-3-


 ジェイクとヘインには夢がある。それは星煌騎士団の一員となってジェノデダと戦い、その手で暗黒の時代を終わらせ、英雄として名を残す事である。


 カーン達と離れ、今ジェイクとヘインが立っているのは巨大な渓谷『ウィンド・バレー』。ここはジェイクとヘインが遊ぶ時によく選んでいた場所であり、特に思い入れが強いのは持ち前のエアバイク『ライズホッパー』を使った障害物風レース。ショートカット、障害物を如何に華麗に潜り抜けるかが勝利のカギとされており、ジェイクもヘレンもこれを始めれば日が暮れるまでやり込み、両親によく怒られたのは記憶に深く残っている。



「ヘイン、一回勝負……思い出作りとして今やろうぜ!!」


「ヘヘッ、望む所だよジェイク! 負けないからな!!」




 ジェイクとヘインは左右に分かれ、互いにウィンド・バレーに隠していたライズホッパーを引っ張り出し、見合いながら座席に腰掛ける。ジェイクとヘインはライズホッパーを中央へ走らせ、横並びになって目を閉じ、互いにハンドルを握っている手の力をグッと強める。




「GO!!」




 ライズホッパーは同時に走り出し、そのまま左右に分かれた。互いの姿は渓谷に阻まれて見えてはいないが、やがて分かれている道が一つになるポイントをジェイクとヘインはしっかりと把握しており、ジェイクはインコースで差をつけ、ヘインを確実に後ろに着かせようとライズホッパーを壁のギリギリへと寄せる。


 しかし、そんな事は当然ヘインにはお見通しであり、ヘインはアウトコースにライズホッパーを移動させる。ジェイクの奇襲を避け、直線に入って約二秒後にインコースに迫り、ジェイクと並走状態になった上でスロットルを全開、それによって砂塵を巻き上がらせてジェイクの視界を奪い、それを隙として一気に引き離す。これがヘインの作戦、上手くいけばジェイクは追いつく事すら叶わずに敗北する。



「勝負だ、ジェイク!!」


 間もなく差し掛かる直前コース。分かれ道が終わり、ヘインはジェイクを確認するべく横に視線を向ける。しかし、ヘインは間もなく驚いた。インコースを狙って飛び出してくると読んでいたジェイクの姿が、全くもって見当たらなかったからである。



「何処だ、何処に!?」


「ここだぜ、ヘイン!!」



 背後より聞こえたジェイクの叫び。そして間髪入れず、ジェイクのライズホッパーがヘインの頭上を飛び越え、そのまま前に着地して大きく離す。ヘインは頭が真っ白になった。




 何故、反対側を走っていたジェイクが俺の背後を走っていたんだ?




 その疑問がヘインの頭の中でずっと引っ掛かっていた。それに比例するようにライズホッパーのスピードが落ち、ジェイクはライズホッパーに急ブレーキをかけ、ヘインの方を向いて先程まで走っていた箇所を力強く指差す。



「ヘヘッ、俺達が年齢と共に身体と精神が変わるように、この渓谷も日々姿を変えてるんだぜ。俺はインコースを狙って走った時、偶然見つけたんだ。分かれ道が終わる少し手前に、ライズホッパーがギリギリ入る抜け道をな!!」


「……なるほど、そういう事だったのか……」


 ヘインはライズホッパーを完全に止め、ジェイクはそんなヘインを見て驚く。しかしヘインの表情は晴々としており、ジェイクはその意味が分からず、更に困惑する。



「ジェイク、この勝負はお前の勝ちだ。やっぱり、お前は凄いよ」


「ヘイン……」


「何辛気臭い顔してるんだ? このレースは、元より何をしようが自由な筈だろう? 俺はここを抜けてから、砂塵巻き上げてお前の視界まで奪うつもりでいたんだ……でも、それすら甘かったって事だな」


「……いや、お前だってその抜け道に気づいていれば……」


「ジェイク」


「ん?」


「きっと、ここから先は苦しい道になると思う。泣きたい時も逃げたい時も出てくるかもしれない。でもさ、お前には咄嗟にピンチをチャンスに変える知恵と力がある……だから、それを駆使して銀河を救えよ」


「馬鹿野郎、お前も一緒だ! ヘイン、俺はお前の相手の心理を読む術を頼りにしている! それにお前は俺よりよく動ける! だから、戦いではお前が要になる筈だ! だから、俺達は二人で一つ……って事にしよう!!」


「何言ってんだか……でも、お前がそれで納得するならいいよ。ジェイク、来てくれ」


「ああ!!」


 ジェイクとヘインはライズホッパーを走らせ、眼前に迫ると共にライズホッパーを停止。互いにライズホッパーから降りると向かい合い、ジェイクが右手、ヘインが左手を差し出して固い握手を交わし、ジェイクとヘインはそのまま共に空を見上げる。



「俺達で必ず、暗黒の時代を終わらせる!!」


 ジェイクが高らかに叫ぶ。



「ああ、必ず暗黒の時代を終わらせて、生きて帰ろう!!」


 ヘインもジェイクに賛同する形で叫ぶ。




 こうして、ジェイクとヘインは晴れて星煌騎士団の訓練士として入団した。




 そしてここから二十年後、ジェイクとヘインは銀河の運命を揺るがす、大きな戦いに臨む事になる。

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