大切な忘れ物

青川メノウ

第1話 大切な忘れ物

介護施設で働く里美は、担当利用者の富江さんが亡くなった時、初めて死後の処置をした。

マニュアルは何度か読んでいたし、助手として先輩の手伝いをしたこともあった。

ただ自分が中心となっておこなうのは、初めてだった。

同じく不慣れな同僚と二人で、葬儀屋さんが来るまでに、清拭と着替え、化粧までをなんとか済ませた。

ほんのりと笑みを浮かべて、眠るようなお顔の富江さんを見て、ご家族さんも感謝された。

里美はほっと胸をなで下ろした。

「自分もやればできるじゃないか」

しかし、お見送りの後、何日かして妙な噂が立った。

富江さんの幽霊が、出るというのだ。

富江さんは悲しそうな様子で、何かを探しているらしい。

「荷物は全部、ご家族にお渡ししたはずだけど。忘れものでもあったのかな?」

里美はふと思い出した。

「そうか、入れ歯だ」

処置の時、ご遺体に装着するのを、すっかり忘れていた。

富江さんの体が弱って、食事ができなくなってから、ずっと施設で預かっていた。

痩せてシワの多い方だったし、ご家族もはめていないのに、気づかなかったのだろう。

入れ歯はご家族にお返しして、お墓に納めてもらった。その後、富江さんの幽霊を見た者はいない。


※関連小説 [100歳の同窓会] https://kakuyomu.jp/works/822139841450891918

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大切な忘れ物 青川メノウ @kawasemi-river

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画