第四章 役目(つとめ)
その日は、日差しが白く眩しかった。
港の倉庫街に、熱く乾いた風が吹き荒れとった。
「親分!」
俺が叫んだのは、反射やった。
物陰から、黒い影が飛び出してきたのが見えたけん。
俺は親分の前に体を割り込ませた。
熱い、と思った。
腹の底に、焼けた鉄柱を突き刺されたような熱さが走った。
音は聞こえんかった。
ただ、ドスッという鈍い振動が、骨まで響いた。
俺は膝をついた。
地面のアスファルトが、急に近くに見える。
小石のひとつひとつ、コンクリートの割れ目から生えた雑草の緑が、やけにはっきりと見えた。
「おい!」
親分の声がした。
あんなに慌てた声を、俺は初めて聞いた気がする。
俺の体が、後ろから支えられた。
親分の腕。
煙草と、整髪料の匂いがする。
親分の手が、俺の腹を押さえた。
大きく、分厚い手たい。
指の関節が太くて、爪は短く切り揃えられとる。
その指の間から、俺の血が溢れ出しとるのが見えた。
赤い。とにかく赤い。
親分が何か叫んどる。
でも、俺の耳には、水の中に潜ったごつ、ぼんやりとしか聞こえんかった。
親分がハンカチを取り出して、傷口に当てた。
白い木綿のハンカチが、一瞬で赤く染まる。
親分の手が、止まった。
いつもなら迷いなく動くその手が、一瞬だけ、行き場を失ったように空中で止まった。
俺はその時、ああ、こりゃ駄目たいな、と思った。
身体から熱が逃げていく。
足先から、氷水に浸かったごと冷えてくる。
この人にも、止まる瞬間があるったい。
そんなことを、俺はぼんやりと考えとった。
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