DarknessEvolve

糞雑魚金魚

第1話 始まり

 

 必要最低限の家電が置かれたコンクリート打ちっぱなしの簡素な部屋の中で、艶々と光る美しい黒髪を揺らす少女が一枚の写真立ての前へと歩いて行く。

 飾られた写真の中には、満面の笑顔を咲かせた金髪少女と、その少女に後ろから抱き着かれビックリしたかの様な表情をした黒髪の少女が映っていた。

 

「……行ってくるね―――――琴葉ことは


 そう呟く少女の顔には悲壮感が漂っていた。

 しかし、それと同時に――――――その瞳には覚悟が燃えていた。


 左手首に巻いた黄色いリボンがふわりと揺れる。

 それはまるで、風に靡く菖蒲水仙アヤメスイセンの様だった。


――――――――――――


 ある日突然、世界は死んだ。


 2026年 元旦 

 世界が新年を迎え歓喜に包まれていたそんな吉日、唐突に全世界の地表から液状化現象かの如く黒い液体が滲み始めた。

 最初、皆はそれらを地球温暖化による海面上昇によって引き起こされた地盤沈下の影響であると考えていたが、実際には違った。

 それらの黒液は3日ほど経った後、人の形へと変化し地表を彷徨き始めたのだ。

 宇宙人の襲来、新型兵器の暴走、未知のウィルスによる突然変異。様々な憶測と得体の知れない存在への恐怖が瞬く間に世界を支配した。


 しかし、最初は何もしてはこなかった。

 地表をゾンビの様に彷徨くだけで、生物としての気配は全く無く、無害と言っても良かった。

 そう、あの日までは。


 当然、この状況を良しとする国は無く、程なくして米軍による捕獲作戦が始まった。

 テレビによる生中継の中、最新の武器を装備した精鋭部隊員達が、強固な作りをした箱に黒液体人間を入れようと試みた。

 しかし、体全体が箱の中へと入り蓋を閉じたその時、箱の内部から鋭く黒い刃物の様な物が突き出てきた。そして、その黒い刃は箱を一周する様に回ると、箱を上下真っ二つに切断した。

 上の部分がずりと落ちるのと同時に、隊員達は隊長の指示の元、装備していたアサルトライフルを使用し銃弾の雨を叩き込んだ。

 硝煙が辺りを舞う。


 刹那――――――隊員達の体が上下真っ二つに切断された。

 そして、怪物の様な低く重い絶叫が響き渡り放送は終了した。


 同時刻、世界中にいた黒液人間達の行動に変化が現れた。

 そう、一斉に人間を襲い始めたのだ。

 ソレは様々な方法で人間を殺した。

 黒刃による断殺、腕を鈍器の様な物へと変換させた殴殺、鋭い黒棘による刺殺、巨大な生物の口を腹に生やした喰殺、体全体から黒球を射出した射殺。

 まるで、ずっと観察していた人間の行動を模倣しているかの様な攻撃が行われた。


 即座に、それぞれの国の軍はこの脅威に対して攻撃を行なった。

 しかし、銃火器による攻撃は一切通用しなかった。

 液体である事に目をつけ、凍らせたり、蒸発させたり等の作戦が実行されたが、そのどれも効果は薄く、失敗に終わった。

 その後も、放射線攻撃、電磁波攻撃、レーザー攻撃、バイオ攻撃と、人類が持つ最新の攻撃兵器もまた悉くが失敗し、絶望という名の暗雲が世界を覆い隠そうとした。


 しかし、ある米科学者が、黒液人間から分泌された細胞を調べていたところ、未知のウィルスの存在を発見した。

 科学者はそれを【混沌カオス細胞】と命名し全世界へと公開した。

 そして、世界中で様々な実験が行われ対抗策の模索が行われたが、現存する方法での解決策は直ぐには見つからなかった。

 そして、黒液人間が発生してから3ヶ月後、人類の人口が3割をきった時、最初に【混沌カオス細胞】を発見した米科学者の体に変化が訪れた。

 突然、掌から炎が噴出したのだ。

 その炎は偶然【混沌カオス細胞】へとふりかかり、それを消滅させた。

 光明。

 絶滅に瀕した人類にとって、それは反撃の狼煙となった。


 この日を境に、未知の怪物【混沌の使者《フォーリナー》】と、それに唯一対抗できる力を持つ適合者【反抗者リベル】の戦いが始まった。

 

――――――


 2041年 4月16日 日本防衛軍直轄対【混沌の使者《フォーリナー》】作戦隊『白狼はくろう』 東京支部地下9階。 



「……」


 背景が金属壁一色で変わらない影響か、エレベーターの降下時間が異様に長く感じられた。

 張り詰めた空気が周囲の緊張を伝播させ、無意識のうちに左手が震えてしまう。

 しかし「チンッ」とエレベーターの到着音が鳴ると、エレベーター内の視線が一斉に一つの場所へと集中した。

 液晶パネルには「B9F」と表示されており、ここが目的地である地下9階『適正試験会場』である事が分かった。

 

「――ねえ、早く進んでくれない?」


 緊張し足が竦んでいると、自身の後ろから声が投げつけられた。

 咄嗟に振り返るとそこには綺麗な赤色をした長髪を持つ少女が立っていた。

 目元がつり目気味の如何にも気が強そうなその赤髪少女は露骨に不機嫌な態度を示す。


「あ、すみません」


 直ぐにエレベーターから降り、入口湧きへと避ける


「ま、分かればいーのよ。ほら、行くわよみお

「え、待ってよ陽葵ひまりちゃん!」


 堂々と歩く赤髪の少女の後ろを、一回り体の大きい青髪の少女がペコペコと周囲に頭を下げながらそそくさと付いて行く。


「……」


 あの髪の毛の色……混沌カオス細胞に適合した後遺症かな……。

 ま、私の赤い瞳と同じ様なものか。


 金属壁に反射する自身の容姿を確認する。

 腰まである黒い長髪に、真っ直ぐに切り揃えられた前髪と、下から覗く鮮血の様に赤い瞳。所属している学校の制服を着ている影響か、瞳の色を除けば一般的な女子高生と言ってもいい平凡な外見だ。


 はぁ……15年前には美容師の人が沢山いたらしいし、前髪パッツン以外も試せたのかな……。可愛い恰好して、友達と一緒にオシャレな街でショッピングなんて――――――いや、考えても無駄な事か。


「おい、7番そこで何をしている?」

「あ、すみません」


 気が付くとエレベーター内に居た受験生達の姿は無くなっており、受付を通過していた。

 小走りで受付を担当しているお姉さ―――姐御風女性の元へと向かう。


「遅いぞ」

「すみません」

 

 白狼はくろうの制服だ……ってか凄く大きい……164cmの私よりも二回りも大きいし180cmくらいはあるのかな? 

 それに女なのに筋肉ムキムキだし……ちょっとカッコいいな。


「どうした?」

「い、いえ。凄いカッコいいなって」

「フッ、褒めても合格は与えんぞ。合否の判断は中の奴がやる手筈だ」


 そう言うと、こちらの右手を掴み手首に巻いている金属製の腕輪を見始めた。


「ここは『白狼』に加入する為の適正試験会場だ。間違いないな?」

「はい」

「名前は『血野ちの 凛音りんね』で間違いないか?」

「はい。親友からは“チノリン”って呼ばれてました」

「フッ、随分と可愛いらしい渾名だな――――よし、通っていいぞ」


 ムキムキの女試験管は手元にある紙に一通り目を通すと受付ゲートを開放した。

 凛音はペコリと頭を下げ、ゲートを通過する。

 すると、後ろから先ほどの姐御女性が声をかけてきた。


「なぁ、お前は『白狼』を目指す?」


 ピクリと一瞬立ち止まる。

 そして、あの日の地獄を思い返す。


――――――――――――


 崩れ落ちる瓦礫、至る所から響き渡る人間の絶叫、部屋一面を染める鮮血。

 この世の地獄と言っても過言ではない絶望的な景色の中、力無く倒れる親友の手を取る。


琴葉ことはッ!】

【……チノリン……逃げて】

【置いていけないよ!】

【ありがとう……でも……私はもう駄目】


 金髪の少女は自身の下半身に目線を移す。

 切断された両足の付け根からドクドクと血が絶え間なく溢れ出ていた。


【嫌だよ!こんなのって――――――】

【約束覚えてる?】

【……約束?『いつか世界が平和になったら一緒にショッピングに行こう』って言ったやつ?】

【そう】


 琴葉は残った力を振り絞りながら、震える手で自身の髪紐を解いた。

 そして、そのまま自身の手を握っている凛音の手を上から包み込むように置く。


【私はもう一緒に行けないけど……思いだけは――――――チノリンは生きて】

【嫌だッ!琴葉と一緒じゃないと嫌っ――――――】


 その時、部屋の窓から人型の『混沌の使者フォーリナー』が近づいて来るのが見えた。


【行って】

【あ……嫌……嫌ッ!】

【行ってッ!】

【……――――――】


 凛音は両目から大粒の涙を零しながら立ち上がった。

 それを見て琴葉は安堵した表情を見せた。


 二人は見つめ合う。


【こんな残酷な世界に……負けないでね】

【……必ず“琴葉の思い”を平和まで連れていく……だから――――――ずっと大好きだよ】

【私もだよ】


 凛音は走った。

 壊れた蛍光灯が照らす薄暗い廊下を、一切振り返る事なく走った。

 未練を残し、覚悟を持って。


――――――――――――


 あの日私は、救助に来てくれた白狼のおかげで生き延びれた。

 だから、この約束を果たす義務がある。


 凛音はゆっくりと瞼を起こし、ひらりと体を翻し女教官の方を見た。

 左手首に巻いた黄色いリボンが揺れる。

 そして、覚悟を宿した赤瞳を輝かせながら答えた。


「―――殺された親友との約束です」

「……そうか。頑張れよ」

「はい」


 先程までの緊張は何処かへと消え去り、凛音は確かな足取りで試験会場へと入って行った。

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