君のことが好きだっただけなのに

くるりやぽん

 

────


 入学式から三週間。

 俺、中村翔太はクラスの中で完全に浮いていた。


 話しかけられないわけじゃない。

 自分から距離を取っているだけだ。


 リアルの人間は信用しない。

 それでいいんだ。別に一人でも生きていけるんだからな。


 ある日の昼休み、机に突っ伏してスマホを見ていると、ゆっくりと影が落ちた。


「……久しぶり、翔太」


 その声を聞いた瞬間、胸の奥がひくりと引きつった。


 顔を上げると、そこに立っていたのは幼馴染の桜井美奈だった。


────


三年前の春休み、美奈に呼び出されたのは、駅前の公園だった。

 今思えば人通りが多くて、逃げ場がない場所だった。


「ねえ翔太さ、私に告白されたってことにしよ?」


 最初、意味がわからなかった。


「……は?」


「だからさ~私が翔太に告白して、翔太が断った。そういうことにしようよ」


 美奈は笑っていた。

 冗談みたいな軽い声だった。


「なんでそんなことするんだよ」


「だって、翔太から告白されたって噂になるの嫌なんだもん」


 その瞬間、頭の中が真っ白になった。


「待てよ。俺は誰かに言うつもりなんてなかった。ただ――」


「うん、それはやめて」


 被せるように言われた。


「とにかく、告白される側になるのは無理だから。ごめんね」


 それだけを言い、美奈は去っていった。


 数分後、俺のスマホが震えた。

 

 あの時、誰かが俺と美奈の会話を聞いていたんだろうか。

 クラスのグループに、もう話が回っていた。


〈中村、桜井に告って振られたらしい〉

〈身の程知らずすぎ〉

〈調子乗った陰キャの末路〉


 俺は何も言っていない。

 なのに、俺が告白して、俺が振られたことになっていた。


 クラスの奴らにあの時のことを説明しようとすると、必ず名前が出る。


 「でも桜井、否定してなかったじゃん」

 「そうそう!美奈、苦笑いしてたし」


 あの日、公園で言われた言葉が蘇る。


 ――「告白されたって噂になるの嫌なんだもん」


 ああ、なるほど。最初からそういう筋書きだったんだ。


 美奈は何も言わなかった。

 それが答えだったんだ。


 そして、理解した。


 人は、事実じゃなくて

 都合のいい話だけを信じるんだと。


────

私が教室に入ってくるなり、誰かが言った。


 「中村に告られて困ってるんでしょ?」


 心臓が跳ねた。

 違う、と言おうとした。


 でも、空気が重かった。

 周りは面白がっていて、止めたら矛先がこっちに向くのがわかった。


 「……そういう話になってるだけ」


 その時の私はそう返すのに精一杯だった。

 否定したつもりだった。


 でも、誰も聞いていなかった。


────


 「……誰だよ」


 自分でも驚くほどひどく冷たい声が出た。


 「その言い方はひどくない?私のこともう忘れたの?」


 「用件ないなら邪魔だからさっさとどっかに行ってくれ」


 美奈は一瞬だけ悲しそうな顔をしたが、すぐにぎこちない笑みを浮かべた。


 「わ、私たちまた同じクラスだって気づいてさ!なんていうかさ……!すごい偶        然だよね!」


 ……偶然だと?嘘だ。


 俺がこの高校を受けたこと。

 文系か理系か。

 そして選択科目。


 その全部を、こいつは最初から知っていた。


 偶然なわけがない。


 俺は気分が悪くなり、席を立って教室を出た。


 ────


 それから妙なことが続いた。


 下校時間が被る。

 帰り道で何度も見かける。

 俺がコンビニに入ると、少し遅れて入ってくる。


 そして俺と目が合うと美奈はわずかに口角を上げ、嬉しそうにしていた。


 「ぁ…えへへ……」


 これも全部、偶然を装った接触だ。

 俺は日を追うごとにそう気づいていた。


 ある日、家の前のドアノブに小さな紙袋が掛けられてあった。

 中には、俺が昔よく食べていた菓子。


 「……気持ち悪い」


 一口も食べることなくそのまま捨てた。


 「あ…うぅ……」


 翌日。


 「し、翔太おはよう!昨日はつ、疲れてたみたいだったけど大丈夫?」


 俺が教室に入ると、いつの間にか隣に来ていた美奈がそう言った。


 「見てたのか?」


 気持ち悪い。


 「え? な、なんのことかな……?」

 美奈は動揺を隠せていない様子で目が泳いでいる。


 しらばっくれやがって。そういうところが嫌いだったんだよ。


 「もう近づくな」


 俺がそう言っても、美奈はすぐには離れなかった。


 「う、うん……わかってるよ」


 口ではそう言いながら、美奈は一歩だけ距離を詰めてくる。


 「でもさ、誤解されたままなのは嫌で」


 誤解。

 その言葉だけで腹の奥がざらついた。


 「俺は誤解なんてしてない」


 「あ…そ、そういう意味じゃなくてね」


 美奈は困ったように眉を下げた。


 「翔太が苦しんでるの、私知ってるから」


 俺の思いなんて知らないくせに。


 「放っておけないだけ。心配してるだけだよ……」


 「それが迷惑だって言ってるんだよ!!」


 一瞬、空気が止まった。


 「もう、俺に関わるなよ……」


 それでも美奈は引かなかった。


 「……昔みたいに、話せたらって思っただけなの」


 昔。

 都合のいい言葉を、平気で使う。


 「翔太が誰も信じなくなったの、私のせいだって思ってるし」


 まるで自覚があるみたいな言い方だった。


 「だから、少しくらいそばにいさせてよ……」


 お願いする声だった。

 けれど強さはなく、拒まれたら壊れそうな響きで言ってきた。


 「償いとかじゃないから」


 じゃあ何だ。


 「全部翔太のためなんだよ?」


 その一言で、耐えきれなくなった俺は逃げるように教室を後にしていた。


 ────


 それで終わったと思った。

 もう美奈とは関わらなければいい。そうすれば向こうも忘れる。


 SNSのアカウントを名前変えても美奈にすぐ特定される。

 だから、使うのをやめた。

 それでようやく、俺の過去は置いていけたはずだった。


 数日後、ポストに一通の封筒が入っていた。 


 進路相談会のプリント。

 差出人は、桜井。


 美奈の母親の名前だった。


 俺は封筒を折って鞄に入れた。


 人は信用しない。

 今までもそうやって生きてきたんだ。


 ────


 一方その頃。


 美奈は自分の部屋で、スマホを握りしめていた。


 「……また、ダメだった」


 画面には未送信のメッセージが並んでいる。


〈今日は久しぶりに話せて嬉しかったよ〉

〈無理に近づくつもりはなかったの〉

〈ただ、元気でいてほしいだけ〉


 送れなかった。


 ベッドの上には、破り捨てられた進路相談会の申込用紙。

 本当は、翔太と一緒に行くつもりだった。


 「……どうして」


 声が震える。


 あの時。

 嘘みたいな告白をして、

 冗談みたいに振った。


 本当は、怖かっただけだった。


 拒まれるのが。

 本気になるのが。


 「……信じてあげればよかった」


 でも、もう遅い。


 美奈はゆっくりと笑った。


 「大丈夫。まだ、方法はある」


 彼がもう一度、誰も信じられなくなればいい。

 そうすれば、今度こそ。私が翔太を救い出せる。


 「……あはっ」


 静かな笑い声が、部屋に落ちた。


 「待っててね、翔太……誰も、あなたを裏切れないようにするから」


 美奈は虚ろな目でうっすらと笑みを浮かべながら翔太の写真を指でなぞった。



────


あとがき

初めて小説を書いてみました。誤字脱字や意図が分かりづらい文章も中にはあるかと思いますが、優しい目で見ていただけますと幸いです。

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君のことが好きだっただけなのに くるりやぽん @botamoti0821

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