優柔不断で弱虫な優等生の『私』と強くて優しく不器用でかっこいい彼

「…今からどこかに行かない？」

　私はスマホを見ていた手を止めて彼に提案をした。その言葉の真意は私と彼だけが分かるもの。嫌だと断られると思った。あまりに急すぎると…。だが、彼の声色は待っていたと言わんばかりの声色で答えてくれた。その声色はいつもの気怠げな様子とはかけ離れていて楽しそうだった。

「いいな、どこ行くつもりなんだ？」

「し、静岡」

「了解だ」

　彼はそう言いながらは軽い足取りで押し入れに隠してあったリュクサックを取り出す。そんな彼を見て私は驚きながらも嬉しそうに目を細めた。その様子を見て私は（彼も同じ考えだったんだ）心底安心した。すると彼は徐ろにコンタクトレンズを外してメガネをつける。その様子を見た私は思わず笑いを零した。

「へぇ、それが本来の貴方ってこと？」

「……そうだよ。もう、取り繕う必要はないからね」

「そう、じゃあ…私も羽目外しても良いよね？」

「どうぞご自由にー」

　彼の言葉を聞いた私は歯止めが効かなくなった。それは私がずっとしたくて堪らなかったことなのだから。まずは、邪魔くさい伊達眼鏡を雑に投げ捨て、長く鬱陶しい髪をナイフで切り捨てた。これが本当の私だ。そう言わんばかりに私は彼を見た。すると彼は、そんな私の思い切りの良さを見て初めて見るほどの大笑いをした。

「随分と思い切り良いね」

「何？髪が短いあたしはいや？」

「全然？新鮮で今のほうが僕は好きだよ」

「……いつにもなく素直じゃん」

　私はからかい口調でそう言う。すると彼は予想外の言葉を返す。

「別に、僕は思ったことを言っただけだよ」

　そんな彼の照れくさそうな表情を見て私は涙が出るほど嬉しくなった。ようやく自分を認めてくれる人に出会えたという気がしてならなかった。私は涙を拭いながら彼に礼を言う。そして私は不意に時計を見る。そして私も荷物を持ちながら彼に声をかけた。

「そろそろ、行こ？」

「うん、そうだね」

　彼はそう言うと、リュクサックに入れていた二人でバイトをして貯めてきた貯金箱を力一杯に壊した―――。

　その瞬間は、私はは全てから解放されたかのような気持ちに襲われた。そして私達は、貯めてきた金を持ち両親に搾取され続けていた家を出た。私達は血の繋がっていない兄弟だ。

　それからは、私達はひたすらに楽しんだ。好きな物を食べて好きなことをして遊び続けた。だが、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていった。すると私達は自然と人が居ない場所に向かう。

　そして目的地である綿ヶ浦に着いた。私達は崖のスレスレの場所に座った。すると私は徐ろに出会う前と彼と最初に会った時のことを話した。

―――私は母に純粋な優等生で居続けることを強要されていた。それは父が幼い私に良くない視線で見ていたせいだ。その後、両親は即座に離婚して私は伊達眼鏡をして顔が隠れるくらいの長い髪でいた。これも貴女のためだからと。私はそれを信じて母を信じていた。だが、蓋を開けてみれば違っていた。母は、母親であることよりも女であることを優先した。それは、再婚して彼にあってから知った。彼に会ったばかりの彼は無表情だった。だが、翌日から問題児として両親に反抗し、私にもきつく当たるようになった。彼は両親と取っ組み合いの喧嘩をして傷が増えていくにも関わらず彼は両親に反抗をやめず両親をねじ伏せて行ったのだ。それでも私はどうしてもそんな彼を嫌いにはなれなかった。初めて会った時からずっと私には辛く当たっても優しい目をしていたから。それで私は彼にも何かに理由はあるのではないか？と考え、申し訳ないと考えながらもバイト中の彼の部屋に入った。すると机の上に日記が置いてあり、彼が急に問題児になり両親と取っ組み合いになってもそれをやめなかった理由が書かれていた。要約すると、次のことだった。

　一つは私を彼の実の父親から守るため。

　もう一つは、私の実母の目を自分に移し私に考えが回らないようにするため。

　そして最後は、完璧であろうとするのに疲れ…劣等生のフリをしたほうが楽だと気づいたから。

―――そんな内容を見て私は泣いてしまった。全てを彼に抱え込ませてしまったと。全ては私も守るため。そんな優しい彼に気づかないうちに私は惹かれていたのだろう。

　私達は、互いの話を聞いて短い言葉を掛け合った。短い言葉であるが、私は彼にこの言葉が届いたと信じている。

　そんな私達は互いを強く抱きしめながら宙を舞う。互いの存在と温もりを確かめ合いながら―――