うちの子ジャーム化ifを溜め込む場所

如月冬花

蜘蛛糸が切れた死神

 全身が血にまみれたまま、N市の新たな災禍となった青年が一人、ゆっくりと街だった廃墟の群れの間を歩いていく。

 青年が足を踏み出すたびに、蜘蛛の巣の模様が地に現れ、アスファルトの舗装へ同じ模様を刻み込み、砕いていく。

 空を見上げ、青年は乾いた口を開く。

「はは、は、は」

 零れた笑い声は、古びた機械が軋む音を思わせるほどに、ぎこちない。

 青年が、身の丈を大幅に超えた大鎌を振るう。

 残っていたビルが、一瞬のうちに砕けていく。

 至る所から飛び散った血が、青年を染める赤を再び鮮やかに染め戻す。

「ははは、は、はーぁ」

 ぎこちない、狂気を隠さぬ哄笑が、ふと止まった。

「もう来たんだ。やけに早いなぁ……」

 ぬるりと、全てを見下す目が、ある一方を見つめる。

 UGNの増援……否、ジャーム化した”無形指揮者アマルガム・コンダクター”を討伐するための部隊がその先に在った。

「ねぇ、どうして邪魔をするのかな。ぼくは、今イライラしてるんだよ。”表”を乱す悪人の対処が遅いUGNの代わりに、ぼくが悪を”掃除”しようとしてるのにさぁ」

 彼の家が責務としていた、裏社会の処刑人としての役割。

 UGNが使命とする、日常を壊しかねないオーヴァードやジャームの排除。

 彼の心は、その二つの重責を耐えるほどに頑丈では無かった。

 かつて覚醒した時に生まれた衝動に、全てを任せてしまおうと考えてしまった。

 もはや理性という蜘蛛の糸が切れた彼は、ただただすべての悪を壊そうとするだけの、死神と呼ぶも悍ましいナニカと成り果てた。

「……あぁ、ある意味UGNも悪だよね。”表”に勝手にでしゃばって、人を一人いないものにすることは造作もない、偽善の塊だ」

 銃弾を大鎌で弾く。少し欠けはしたが、彼にとっては些細な事。

 彼の髪が伸び、大鎌と繋がると同時に欠けた箇所が修復されていく。

 彼が大鎌を振るうと、何かに切られたかの如くあらゆるものが裂けていく。

「さぁ、誰から死にに来るかな」

 彼の身体や顔に、いくつもの跡がある。

 一つは、爬虫類の鱗。一つは、燃えて劣化した布切れ。一つは、赤いマフラーの端。

「もう3つころしてるんだ。どれだけかかっても、変わらないよ」

 黒い大鎌と、色合いの違う青のオッドアイが、日常の守り手の役割を捨て、日常の破壊者として立ちふさがった。

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