最後の最後まで嘘をつかない早田マリ

安室 作

最後の最後まで嘘をつかない早田マリ




「沖縄に行こうと思ってるんだ」


 カフェの席で、マリが急に何か言い出した。

 今までずっと私の失恋話を聞き出しといて……まあいつものことか。興味のスイッチがぱちぱち切り替わるんだから目の前のこいつは。


「それって来年の夏とかに?」

「違う違う、今年中の話」

「今年って……昨日クリスマスだったでしょ。あと一週間もないけど」

「でも行かなきゃ。夏の前だっけ? 周子ちゃんに言ってたじゃん沖縄のどこか……ハートの形の岩があるとこで写真撮るぞ、って」

「ああ……」

 

 確かにマリはそんな事言ってた。

 沖縄に縁結びのスポットがあるとニュースだかネット記事を見て……でもそれ6月くらいの話だ。お互い予定が合えば夏ごろに旅行する未来もあったかも。ただ私に彼氏ができてそのままお流れになったはず。


 んん? もしかして彼氏と別れたのを聞き出したのってそのため? いやいや、こいつは刹那に生きている。そんな打算や計算を働かせることなんて頭にない。小学校から高校まで一貫して夏休みの宿題のほとんどを最終日まで残すタイプ……それが早田マリの根っこの性格だ。


「ほら見て。羽田から沖縄、最安で往復1万9800円」

「マジにいま調べてんの!?」

「一緒に行こうよ、周子ちゃん」

「行くワケないでしょ! ……正月は実家帰るし」

「そっか、予定あるもんねえ」


 マリは一瞬だけ残念そうな表情をすると、すぐにまた取り留めのない話を始めた。年末年始でさらに寒さが強くなることや、駅までの道で見かけた猫のこととか。お陰で家に帰る頃には傷心でどん底のテンションもだいぶ上向いてきたから、マリには改めて感謝すべきかもしれない。今度会ったら言おう。



 


 


 12月31日。マリから郵送でお届け物が来た。

 サンタやトナカイ柄の包みから察するに、クリスマスプレゼントなのだろう。嬉しいけど、やはりマリらしく時期が遅すぎる……私は前もって渡しといたのに。


 開くと充電式のホッカイロ? が出て来た。

 猫の形のカバーに入れて保温するみたい。実際に使ってみると、大晦日にTVを見ながら過ごすにはピッタリだった。やるなマリ。正月の実家にも持っていこう。


 ……うとうとしたまま新年を迎えたようで、アパートの外で騒ぐ声が少し大きくなっていた。改めて寝る支度でもしようかというその時、携帯にメッセージが届く。

 毎年毎年マリと送り合っている、年賀状に似たちょっとしたやり取り。しかし添えられていた画像を見て思わず声が漏れた。


「嘘でしょ? あいつ……やったのか」


 画像には透き通った海と白茶の砂浜が広がっていて……ハート形の岩の前で、愛があふれそうなポーズをとっているマリがいた。


 本当に沖縄まで行っちゃった。

 マリの凄いところの一つに、言った事は嘘にしない、って所がある。

 有言実行……なんだかんだやりきってしまうのだ。夏休みの宿題も、生徒会長になるって言って演説までした事も、憧れの人にストレートに告白するぞって時も。今回もそうだ。


 トロくて何か始めても要領悪すぎ、みたいにマリを知る人は評価しがちだけど……結果的に私は彼女に対して一度も嘘を付かれたことがないんだ。それって途轍もなくすごいことだと思う。何より……


【周子ちゃんあけおめ。いつもありがとう。お互い恋が実るよう願っといたぜ!】


 ……マジで打算が一切ないのだ。したいことだけを出来るまでやる。

 だからマリのことを尊敬している。言うと調子に乗るから教えないけど。




 *  *




 そんなマリが長く入院することになったのは、そこから数年経った頃だった。

 本人の説明だと抜けが多かったので、マリの母から話を聞いた限りではどうも血液の病気らしかった。若ければ若いほど悪化までが速く、手遅れになることもある……その時ばかりは心から思った。

 神さま。どうかどうかマリの性格のように、病気もゆっくりのんびりしてて治療が間に合うようにして下さい、って。


 何度かお見舞いに行くと、どこから話を聞いたのか高校のクラスメートやマリのサークル活動の人たちとも顔を合わせることがあった。あまり深くはないが交友関係はかなり広いのだ彼女は。今日は中学の同級生のグループと一緒になった。


「いやー……あたしにも速いって概念があったんだねえ。何も病気の進行じゃなくても良かったんだけどさ」


 私の知る限り、マリは見舞いに来た全ての人に同じ説明をした。病気に対して軽くおどけて見せる姿も、余計な心配をさせまいとあらかじめ用意されていたもので……ぞっとするくらい彼女の言葉はなめらかだった。

 そんなマリの心遣いを知ってか知らずか、中学の同級生たちは会話を続けた。


「ホントそれ。辛いよね」

「辛くはないよー」

「もうマリちゃん。中学の時みたいに嘘とかごまかしはしなくていいから」

「んん? まあ中学じゃ冗談ばっか言ってたなー、確かに」

「でも楽しかったよね」

「そうだねー」

「マリちゃんとはこれからもずっと友だちだよ?」

「……」


 マリと私は同時に黙り込む。

 彼女の数少ないNGのうちに、友だちと言うワードを使って同意を求めない、というものがある。マリは女性的な交友や関わり方を嫌う。つまりこんなやりとりをしている時点で友だちと程遠い関係なのは明白だった。 


 言葉が少なくなったマリの様子をみて、中学のクラスメートたちは話を切り上げて帰っていった。その際、私も病室を出るように促されたが、やんわりと断って部屋に居続けている。まだ何も話してないし、何よりマリの目は私をずっと見ていたから。

 彼女は病室のベッドに身体をめり込ませて、深くため息をついた。今日は声に力がなかったし、また少し痩せたのが分かる。


「もう見舞いに来る人はいいや。今度からは断ろうかな」

「それって……」

「あ、周子ちゃんは別だよ? あんま知らない人たちと話するのって、意外と神経削るっていうか疲れるだけだし……嘘だって、あんまし言いたくないんだ。実際はマジで辛いし苦しい」

「本音で喋った方が楽だしね」

「そうそう。入院してまで気を使せんなよって感じ」


 カフェやランチでしゃべってる時みたいに、お互い笑った。一瞬の楽しさが余計に悲しみを際立たせて、いつもなら心地よいはずの静かな間がやけに重い。ああ、中学でも高校でも、こんな途方に暮れそうな雰囲気をなんとかするのは、だいたいはマリの軽口だったな。適当な冗談がクラスを何度も救ってた。


 そういえば私と話した内容を冗談にしたことはなかった。

 何でマリは……私に嘘を付かないんだろう?

 

「ありがとう。ずっと信じて、一緒にいてくれて」


 沈黙を破ったのは、やっぱりマリだった。


「別に、見舞いくらい……」

「今日だけじゃないよ。大変な時……ほら、引っ越しだって手伝ってくれたじゃん」

「ああ、ベッドの配置が中々決まらなかったっけ?」

「急なあたしの思い付きで、振り回してさ」

「いつものことでしょ。そんなこと」

「うん。そうだね……周子ちゃんが友だちで良かった」


 その呟きは、私にとって衝撃だった。

 一番嘘にしたくない、友だちという言葉を使う意味。それは夏休み最後の日みたいに、限界まで取っておいた言葉なんだって、十分すぎるくらい伝わってくる。

 だってマリは、私に嘘を付いたことなんて一度もないんだから。

 

 私は頷いて、何か言ってくれるのを待つ。

 声を出したとたんに涙と感情があふれてしまいそうだった。


「富士山に行こうと思ってるんだ」

「え?」

「今度は富士山に登ってさ。ほら、御来光ってやつ? 別に初日の出じゃなくてもいいんだけど、なんかすごい景色からなら神秘的なエネルギーを貰えそうかなって」

「……いいね。それ」

「でしょ。周子ちゃんも一緒に行こうよ」

「行く。今度は行くよ」

「よし……じゃあ次からお見舞い来なくていいよ。あたしは投薬を続けてぜったい治すから。お互い頑張ろうぜ」




 *  *




 吐く息が白く広がる。

 登頂しやすい時期を選んだけど、やっぱり標高が上がるにつれて寒くなっていく。夜明け前となれば猶更だろう。何人かは近くにいるはずなのに、ぽつんと一人取り残されたみたいだ。固い雪を踏む靴音だけが大きく響いている。


 ヘッドライトで先を照らすと、目的地がうっすら浮かんで来た。朝もや、あるいは雲が通り過ぎると一気に道の果てが開ける。登山客が大勢立ち止まっていた。


 もうじき日の出、御来光が拝めるだろう。

 開いた携帯のメッセージを開いて履歴を辿る。日付は忘れもしない、約束を交わしたあの見舞いの日。見返す度に涙で滲んだ文字が、今ならまともに読める。


【もし、あたしの都合が悪くなったら、周子ちゃんが行って来てくれる?】

【言い出しといてごめん。頼んだからね】


 ポケットの中、充電式の猫型ホッカイロはずっと私の胸と手を温め続けている。 

 深く大きく息を吐く。あと一歩前に踏み出して目を開けば、きっとすごい景色が待っているのだろう。だけど私は……ずっと、待ち続けている。

 疑いなく信じられることが、私には一つだけあるんだ。




「はあっ……ふう……時間は?」

「夜明けまであと数分」


 ほら最後の最後にはちゃんと間に合った。

 誰の手も借りずここまで来るのがどれだけ困難かは私だけが知っている。

 掛けてあげたいたくさんの言葉より先に、猫型ホッカイロを彼女のほっぺに当ててやった。くすぐったそうにして笑う視線の先に、もうすぐ日が昇る。

 



 マリが友だちで本当に良かった。



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