3. 静寂の浸水

 爆発音が轟く──はずだった。


 ──プツン。


 塔内から、あらゆる音が消失した。ロケット弾が発射される音も、兵士たちの怒号も、学者たちの悲鳴も。まるで世界のボリュームを強制的にゼロにしたかのように。


「…………?」


 殻狩人の隊長は、自分の耳を疑うようにヘルメットを叩いた。次の瞬間、彼は見た。発射されたはずのロケット弾が、空中で静止し、まるで枯れ葉のように力なく床へと落ちていく様を。

 階段の踊り場に、グラードが立っていた。その表情に、怒りはない。あるのは、深い安らぎにも似た無表情。彼は、自分に向けられた殺意を「敵」としてすら認識していない。ただの、耳障りなノイズだと感じていた。


(うるさい)


 グラードは心の中で呟く。最近、世界がうるさすぎる。風の音も、人の声も、殺意の波動も。すべてが彼の感覚器官センサーをやすりで削るようだ。だから、消す。スイッチを切るように。


 ズズズズ……ッ。


 音のない領域が、グラードの意志を超えて膨張した。これまでは「敵」だけに限定されていた範囲が、塔全体へと無差別に広がっていく。それは攻撃というより、浸水に近かった。重く、冷たい、沈黙の水が、塔の中の生命すべてを飲み込んでいく。

 殻狩人たちが、喉を掻きむしりながら膝をつく。強化外骨格がミシミシと悲鳴を上げ、内側からの圧力に耐えきれずひしゃげていく。抵抗? 不可能だ。これは戦闘ではない。「環境の激変」だ。深海一万メートルに放り出された人間が、水圧に勝てるはずがない。


 グラードは、道に転がる空き缶を蹴るように、隊長を軽く戦斧の腹で払った。グシャリ。音もなく、強化服ごと人体がひしゃげる。血飛沫さえ、静寂に押さえつけられて遠くへ飛ばない。

 グラードはそのまま、音のない世界をどこか快適そうに歩き、塔の最上階へと消えていった。

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