第2話 放課後

放課後のチャイムは、朝よりも少しだけ正直だ。

 恒一は教科書を鞄に詰めながら、隣の席を盗み見た。紬はまだノートを開いたまま、何かを書き足している。真剣な横顔は、朝の軽い笑顔とは別人のようだった。

「先、行ってていいよ」

 顔を上げずに、紬が言った。

「待つよ」

 即答だった。自分でも驚くほど、迷いがなかった。

 紬は一瞬だけペンを止め、それから小さく笑った。

「ありがと」

 その一言が、恒一の胸を少し温かくする。

 校舎を出ると、春の空気が一気に流れ込んできた。校庭では運動部が声を上げ、昇降口の前ではどこか浮ついた会話が飛び交っている。

「どこ行くの?」

「駅の反対側。ちょっと、寄りたいところがあって」

 紬はそう言って歩き出した。恒一は何も聞かず、その隣に並ぶ。

 歩く速度が自然と揃う。靴音が重なるたびに、距離が縮まっていく気がした。

「ねえ、桐谷くん」

「うん」

「もしさ……急にいなくなった人がいたら、どうする?」

 唐突だった。

「どうするって……探す、と思う」

「そっか」

 紬はそれ以上何も言わなかった。質問は投げられたまま、答えの行き場を失う。

 古い小さな公園に着くと、紬はブランコの前で立ち止まった。

「ここ、よく来るんだ」

 ブランコは錆びていて、誰も使っていない。けれど、どこか落ち着く場所だった。

「一人で?」

「うん。人が少ないから」

 紬はブランコに腰掛け、軽く地面を蹴った。前後に揺れるたび、制服のスカートがわずかに動く。恒一は視線を逸らした。

「桐谷くんはさ」

「なに?」

「人に頼るの、得意?」

 また、核心に触れそうな質問。

「得意じゃない」

 正直に答えた。

「だよね」

 なぜか、嬉しそうだった。

「私も。だからさ、頼られるのは得意なの」

 その言葉に、恒一は違和感を覚えた。

「それって……疲れない?」

 紬はブランコを止め、少し考えるように空を見た。

「疲れるよ。でもね」

 視線が、今度はまっすぐ恒一に向く。

「誰にも必要とされないより、ずっといい」

 胸が、きゅっと縮んだ。

「篠原は、必要とされてるよ」

 思わず言っていた。

「そう?」

「少なくとも……俺は」

 言葉が途中で途切れる。続きが、喉につかえた。

 紬は目を瞬かせ、それから、ゆっくりと微笑んだ。

「ありがとう」

 その笑顔は、いつもの“誰にでも向けるもの”じゃなかった。

 ほんの一瞬、鎧が外れたような、脆い表情。

 恒一は、その表情を忘れられなくなる。

 沈黙が落ちた。けれど、気まずさはなかった。むしろ、何かを共有してしまった後の静けさだった。

「ねえ、桐谷くん」

「うん」

「今年さ」

 紬は立ち上がり、恒一との距離を一歩縮めた。

「私のそばにいてくれる?」

 告白ではない。約束とも言えない。

 けれど、それ以上に重い言葉だった。

 断る理由なんて、最初からなかった。

「……いるよ」

 そう答えた瞬間、何かが決定的に変わった気がした。

 紬は安心したように息を吐き、また笑った。

 その笑顔が、

 これから何度も恒一を迷わせることになると、

 このときはまだ、知る由もなかった。


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ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

よろしければ、続きもお付き合いください。

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