文理戦争〜スコア990点満点の私、唯一の英語派閥として争いを終わらせる〜

愛上丘輝

第1話 Late…/遅刻

「うわ、わ………。Excuse me、この駅で降ります!」


通勤ラッシュの朝、白い吐息と共に慌ただしい声音で呼びかけた。それと同時に電車がぎぎいと歯りのような音を立てて止まる。


電車が完全に停止すると、詰まった息を吐き出すようにたくさんの乗客が降りる。私もその流れに乗るように人混みに紛れ、手に持った単語帳をきゅうっと握る。


今日は共通テスト本番の日。全国の受験生にとって、夢の実現をかけた戦いの日だ。

しかし…私はどうにも勉強が苦手で、落ちこぼれではありますが、それでもこの戦いに参加しなければなりません。


どう勉強が苦手かと言いますと、実は英語以外何もできないのです。なーんにも。

よく家族や教師は私にどうして勉強が苦手なのかを問いますが、そんなの決まっているでしょう。

元々対人関係が苦手で空気も読めず、暗記も得意ではないので国語は嫌い。数学はどうしても問題を解く意味がわからず、授業中もただ時間が過ぎるのを待つばかりで無意味。


一度でも意味がないと感じてしまったものは、輝きを失い価値を見出せなくなってしまう。こういうのって、人生で一度はあると思うのです。


受験生なんて、こんなもんです。自分の他にも同じような受験生はいるでしょう。そう焦らなくても、なんとかなります。きっと。


ふと辺りを見渡すと、学生は私以外誰もおらず、悶々とサラリーマンがエスカレーターに登っていくだけだった。そういえば家を出る時刻を間違えてしまったんだっけ。だいぶ遅れての到着になってしまった。


はあ…と思わず大きなため息が出る。押されている影響か、体中のすべての空気を吐き出してしまったような気分。


そう、私はこのような性格で、協調性にも欠けていたため、いつも孤独を感じていました。


小さい時から集団には馴染めませんでした。小学校から現在まで、私に友達はいません。一緒に昼食を食べる友達もいなければ、クラブ活動やテストの点数で競い合う熱いライバルもいないらと一人ぼっちだった。…そんな時に出会ったのが、映画です。

巨大なスクリーンから飛び込んでくる光を一身に目で受け取り、脳で咀嚼し、味わう。次々と入ってくる情報は臨場感や疾走感を味あわせ、ワインを口に含んだように濃厚な余韻を引き出す。

時には喜びを。時には悲しさを。そう、映画は最高のフルコースなのです。

そうやって様々な映画を観るうちに、自然と英語を学びました。次第に、自分が英国紳士だと錯覚するくらいに。

そして気づけば高校生になり、大学受験の日がやってきて、ろくに勉強せずに今に至るというわけです。

母に連れられて強制的に受けさせられた社会人向けの英語テストは満点でしたが、それしか自慢はなく他は何もできないんです。

そういった過去の恥を、人々の波に埋もれながらぼーっと思案する。

のようなスピードでホーム内の集団は微動し、エスカレーターの警告音声や売店の宣伝CMが耳を働かせる。

突然、ジリリリリと大きな音が鳴った。改札外にある広場の設備時計だろうか。…少し騒がしい。


ふと、腕時計に目をやる。

9:00ですか…。

ん……?テスト開始は何時からでしたっけ。

確か私の場合は、9:30スタート。

30分でここから会場に着席…ですか。絶対無理ですね。


「まずいです…。大事な日だからこそ、朝食はゆっくり食べようとして遅刻してしまいました…!これじゃあ、ギリギリ間に合うか間に合わないか…といった感じでしょうか。」


心のなかで過去の自分に舌打ちをする。もし遅刻してテスト会場へ入場できなかったら、とんでもなことになる。


だが、人が集中しすぎて改札へ向かおうにも上へ上がれない。前は詰まっているのに、後ろからぎゅうぎゅうと押されてしまって胃が痛い。


「…ここは強行突破しかないようですね…。お忙しいところ恐縮ですが、失礼します!」


銃口から飛び出た弾丸のように、その風を身に纏って自由に階段を駆け上る。

景色がするすると移り変わり、それと同時に人の驚いた顔が通り過ぎていく。

ごめんなさい、お兄様方…と心のなかで謝った。

極力人にぶつからないように、ヘビのようにぬるぬるとした動きで俊敏に空気のヴェールを縫っていく。


最後の一段を登り、全力で走るため地面を蹴る足に力を込める。たたた、と力強く地面を蹴る音だけが私の鼓膜を叩いていた。

カバンにぶらさがっているパスケースを最大まで伸ばし、ぴっと電子音が鳴ったのを確認してから一気に改札の外へ突き抜ける。


外に出た瞬間、冷たい風が頬を刺した。真冬の陽は顔を出しているけれど、暖かさはほとんど感じられない。

春はまだかな…いや、まだですよね。受験だとか言っているのに春なんて…ね。寒いの、本当に苦手なんです。


吐いた息が白く膨らみ、視界を一瞬だけ舞らせる。その向こうで、人の流れはすでにまばらになっていた。通勤ラッシュのピークは過ぎたらしい。私は人の少ない隙間を歩き、駅の階段へ向かう。


冷えた段差を踏み外さないよう注意しながら、階段を滑るように降りていく。コートの裾が揺れ、足音がやけに大きく響いた。

……朝から寒いし、眠いし、今日は本当に大事な日なのに。


階段を数段飛ばして宙を舞う。水がびしゃりと飛び跳ねてミルククラウンのように雫が跳ねた。

スピードを落とさずに、ひたすら走り続ける。

息が切れ始めた頃、ひとつの大きな交差点に差し掛かった。

白線が並ぶ横断歩道の先にあるのは、チカチカと点滅する歩行者用の言号機。


いけるか?いや、危ないですよね。…でもこのままじゃ……

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