軍手の卵
天西 照実
軍手の卵
広い庭なんてね。
植木屋さんや庭の手入れを任せられる業者さんにお願いする費用を出せないと、手がかかるばかりのものですよ。
庭いじりを趣味にできる時間でもあるなら良いでしょうけど。
いえ、別に愚痴を言いたい訳ではないんです。
酷暑で花壇や家庭菜園が全滅しても、雑草だけは元気なもので。
早朝の少しでも涼しい時間帯に、草むしりをしています。
普段から荒れ肌で、ゴム手袋だけだと手が痒くなってしまうんです。なので、綿の軍手を内側に重ねています。
その日は、劣化していたゴム手袋に穴が開いてしまって。
面倒なので、そのまま草むしりを続けていたら穴から土が入って、軍手が汚れてしまいました。
泥だらけの軍手を外の水道で洗って、干しておこうと洗濯ばさみを探しに屋内へ戻り、手を洗ったり
気付いたのは、二日後のこと。
せっかく洗ったのだから片付けておかないと、と思って持ち上げてみたら、軍手の中に何か固形物の感触がありました。
最初は、虫が潜り込んでいると思ったんです。
サイズ的には、ゴキより小さいくらいで、カナブンとか大きめのカメムシとか。
動きませんでしたけどね。
恐るおそる中を覗いてみたら、白い卵が産みつけられていました。
取り出して観察したわけではありませんが、ニホントカゲやカナヘビの卵かな、と思ったんです。
成体はどちらも、庭仕事中によく見かけるので。
草花や野菜につく害虫をよく食べてくれる、無農薬菜園の強い味方です。
ほっぽり出すのも可哀そうだと思い、軍手は卵のゆりかごとして譲渡する事に。
またすっかり忘れて手を入れてしまう事もないように、裏庭のガラクタ置き場の隅へ置いておきました。
時々中を確認していましたが、なかなか変化はなく。
発見から十日ほど経ったころ、台風が襲来。
強風で飛ばされたらしく、卵は軍手ごと姿を消してしまいました。
私が軍手を外に置き忘れなければ、そんな所に卵を産み付ける事なく、別の場所で孵化できていたのかも……。
そんな風に、申し訳ない気持ちになりました。
自然界では、台風で飛ばされたり、別の生き物に卵が食べられてしまう事もあるでしょう。
それでも、自然の摂理に人間が入っているとは思えません。
人間(私)が関わった時点で、自然の摂理から逸らせてしまったと、罪悪感が湧くんです。
自然界でそんな事はざらにあるとか、仕方ない事だと言い張るのではなくてね。
罪悪感をしっかりと受け入れなくては、今後は気を付けるというセリフすら上辺だけのものになってしまう。
すぐにできる事は、軍手や雑巾なんかも、外へ置きっぱなしにしないように気を付ける、という事だけかも知れませんけど。
しばらく、私の記憶から消える事はないと思います。
とはいえ、結局……あれが何の卵だったのか。
もしくは、蛾の繭なんて可能性もあったでしょうか。
正体を知りたいという気持ちは、無いと言えば嘘になりますね。
トカゲも蛾も庭には沢山いるものの、生態に詳しい訳ではありません。
人間にとって有害か無害か。その程度の知識が身についているだけです。
でも、庭と上手く付き合っていくって、こういう事も含まれるな、と思った出来事ではありました。
また同じ卵のようなものに出会ったら、写真を撮って調べてみたいものです。
了
軍手の卵 天西 照実 @amanishi
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