第1話 後悔のないように生きるため

第1話 後悔のないように生きるため




 …どれくらいの時間が経ったのだろう。

 先程の眩い光が、まるで嘘だったかのような暗闇が、今では永遠に続いている様な気がした。

 それでも不安や恐怖といった感情は、ない。

 今あるのはそう…"懐かしさ"だ。


 

 

 

 一番初めに、眩しさを感じた。

 その次に、身体を包み込む暖かな毛布の触感、毛布の香りが伝わった。

 そして、段々と周りの音が聞こえ始めてきた。


 意を決して、ゆっくりと目を開いてみる。

 そこには整った顔立ちの美しい女性が、俺の顔を覗き込んでいた。

 その表情には、疲労、そして安堵の色が含まれていた。


 母――という言葉が、真っ先に脳裏に浮かぶ。

 目の前にいる人物は、俺に向かって女神のような微笑みを浮かべている。


 俺は悟った。また神様にチャンスを与えられたんだ。

 そう、これは二度目の転生だ。





 小鳥の囀りが、窓の外から聞こえる。

 部屋の中に、カーテンの隙間から一筋の光が差し込んでいた。

 気怠げな体を起こし、寝ている間に口についた唾液を袖で拭った。

 豪華な飾り付けがされたベッド。家具の調和が完璧に取られた、理想的な空間。

 

 この豪華な部屋が、今世での自室だ。

 

 

 転生してから12年が経った。この12年で様々なことを知った。


 自分が、貴族の家に産まれたということ。

 一番初めに死んでから、既に数百年以上もの時が経っている、ということ。

 そして極めつけは。


 コンコン、と扉を叩く音が聞こえた。


「ユウキ"お嬢様"、朝食が出来上がりました」


「ん、分かった。今行くよ」


 ユウキ…どこか懐かしさを感じる"私"の名前だ。

 白雪の様な長い銀髪に、きめ細やかな白い肌。長いまつ毛に、深紅の瞳。

 つまり、性別が"女の子"だ。


 

 今はもう、今世の自分の性別を受け入れたが、産まれた当初は大いに驚いたものだ。


 男としての大事な物が無い!……ってね。


 まあそれでも、12年も経てば女性の体にも慣れるというものだ。

 

 部屋の扉を開け、私は食堂へと足を向かわせた。


 



 食堂の扉を開けるとそこには、既に席に座っている三人のお兄様達と、お母様がいた。


「おはよう。ユウキ」

「おはようございます。お母様」


 お母様はとても美しい女性だ。

 髪は私と同じ銀髪、瞳はライトグリーンの綺麗な色をしている。

 その佇まいは、まさに完璧と言い表せられる程に美しい。


「ユウキ。最近、朝食に来るのが少し遅いんじゃないか?」


 席に着こうとする私に、忠告を促したのは次男のクレイお兄様だ。


 

「まあまあクレイ兄さん、遅刻って言う程でもないんだからさ…。それに女の子は準備に時間が掛かるって言うし」


 そう言って、私の肩を持つ発言をしてくれたのは三男のルーレお兄様だ。


「準備と言っても…顔を洗って髪を整えただけですよ、ルーレ兄様。確かに、最近朝食に来るのが遅くて申し訳ありません…。以後気をつけます」


 私は"銀嶺屋敷"の一人娘として、愛想良く兄達と談笑を交わす。

 意外と兄妹仲はいい方だと思っている。末っ子だからかなり可愛がられてきた。


 …けれども、長男のレイン兄様だけは、違う。


「……おはよう。ユウキ」

「お、おはようございます。レイン兄様」


 ずっと何かを考えている様な顔、決してぼうっとしているだけでは無い。

 他の兄達と違って、あまり関わりが無いため、正直何を考えているか分からないのだ。

 言葉を交わす機会も、食事の時やすれ違った時のみでほとんど無い。

 

 レイン兄様をこっそり観察している内に、豪勢な朝食が運ばれてきた。

 

 ナイフとお皿が交わる音だけが響いている。

 無駄のない造作で口元に食べ物を運ぶ。

 絶品の料理を楽しんでいると、お母様が口元を拭い私の方を見つめた。


「ユウキ、大事な話があります」


 何故かは分からないけど、とても嫌な予感がした。

 お母様の口から"大事な話"なんて単語、滅多に出ないからだ。

 そして、その予感は見事に的中した。


「家の長女である貴方も、もう十二歳です。2年後にはこの"銀嶺屋敷"を継がなくてはなりません」


 

 貴族の家に生まれたと分かった時、私は焦った。

 何故なら、もし長男だった場合家を継がなくてはいけない立場に置かれる可能性が高いからだ。

 

 せっかく与えられた二度目のチャンスを、貴族家の跡継ぎなんかで無駄にしたくない。

 実際は長男でもなく、なんなら男でもなかったのだが、しかし、そこがダメだったのだ。

 


 私が産まれた"銀嶺屋敷"は、この世界での伝説始祖の勇者の家系なのだそうだ。

 文献では《始祖の勇者》は、女性だったそうで、そのため"銀嶺屋敷"では代々、長女が家を継ぐことなっているらしい。


 その条件に、私はピッタリと当てはまってしまっている、というわけだ。

 それでも、私は貴族の跡取りなんかになりたくない。

 

 今度こそ果たせなかった約束と、自分の夢を叶えるんだ。


 私は、強い意志を持ってお母様の瞳を見つめ、ハッキリと言い放った。


 「…お母様、私は家を継ぎません」

 

 「なんですって?」


 その瞬間、部屋の温度が数度下がるような気がした。




 

 お母様は、今まで見たこともないような鋭い視線を私に向けた。

 先程の発言を聞いた兄様達の食事の手も止まり、私の方を見ている。


「ユウキ貴女、今何を言ったのか、分かっているのですか?」


 お母様の瞳をしっかりと見て、力強く頷く。


「もし、家を継がないとなると何をするのかしら? まさか、ずっと家に籠って自堕落な生活を送るとでも?」


「…いいえ、私は"銀嶺屋敷"を出て、世界を旅します!」


 

 その瞬間、一気に部屋の空気が凍てついた。

 比喩などではなく、本当に寒いと感じられる程に温度が下がったのだ。


「家系の誇りである"魔法"もろくに使えない貴女が、旅に出るですって…? 戯言を吐くのもいい加減にしなさい!!」


 …確かに私は、兄達が当たり前のように使える"魔法"を扱うのが苦手だ。

 それでも、今まで磨いてきた得意の"剣術"がある。

 それに、この思いは本気だ。


「お母様…! 私は、本気で旅に出たいんです!!」


「――ッ!いい加減なさい!! ユウキ!貴女は、"あの人"と同じ轍を踏むつもりなの?!」


 お母様の激しい怒りが部屋中に響いた。

 正直、ここまで怒るとは思ってもいなかった。

 


「旅に出ることは…許可しません」


「……分かりました」


 今の状況では落ち着いた話し合いなんて出来ないと思い私は席を立った。

 それでも、自分の意思をお母様に伝えることができた。

 それだけで十分だ。


 


 …そう言えば、私とお母様が激しく言い合ってる際、普段、表情を変えないレインお兄様が表情を変えていた気がする。

 少し、驚いたような顔。

 私の事なんて、興味が無いのかと思っていたのに…。


 

 これに関しては、深く考えないでおこう。

 それよりもどうお母様を説得するかを考えた方が良いだろう。

 重苦しい雰囲気の中、私は食堂を後にした。





 自室に戻って、真っ先にベッドへダイブした。


 お母様は何故、あんなに否定的な態度を示したのだろう…。

 今日ほど怒りを顕にしたお母様を、私は見たことがない。

 旅に対して、何か嫌な思い出があるのだろうか。

 それに、お母様が言っていた"あの人"とは?

 いずれにせよ、私には分からない。


 それに、レインお兄様の反応も気になる。

 レインお兄様も…旅に対しては反対なのだろうか。



 前世の私は、周囲に流され王となり、あっても無くてもいい様な18年間を過ごした。

 前世みたいな生き方は、もう…したくない。

 

 

 手のひらに出来ている豆を見つめる。

 実は家族に内緒で、剣の鍛錬だってしているのだ。

 


 お母様は断固として拒否の姿勢を見せたが…。

 明日、ちゃんとお母様と話そう。旅に出る目的、そして私の夢、それに自分の身を守る術を持っている事も。

 ただの、一時的な憧れや幻想を抱いている訳では決してない。


 ちゃんと信念があるということを、絶対に諦めないという事をお母様に知って欲しいんだ。

 

 今度こそ、後悔のない人生を送るため。

 死に際で『…あの時、もっとこうしていたら』なんて悔いることの無いように。

 

「…絶対に、後悔のないように生きてやるんだ」

 

 私は強く誓い、天井に向かって拳を高く掲げた。

 

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