間違えた時代で、君に出会った

@intuition

第1話 見知ら街と、届かない距離

 ――目を開けた瞬間、まず耳に飛び込んできたのは、硬質な金属音だった。

 チン、チン、と規則正しく鳴るそれは、駅の発車ベルに似ている。だが、どこか古臭い。スマートフォンを取り出そうとして、そこでようやく異変に気づいた。

 ない。

 ポケットに入れていたはずのスマホが、財布も、鍵も、すべてが。

「……は?」

 反射的に声が漏れた。

 立っているのは、見覚えのない広い通りだった。舗装はされているが、アスファルトとは微妙に違う色合い。行き交う人々の服装も妙だ。背広に山高帽、和装に洋傘。コスプレイベントにしては、数が多すぎる。

 ――いや、これは。

 頭のどこかで否定し続けながらも、視界が答えを突きつけてくる。

 路面を走るのは、自動車だが、形が古い。電柱の広告も、字体がやたらと古風だ。看板に書かれた漢字を読んで、背中に冷たいものが走った。

「……東京市?」

 思わず口に出してしまい、周囲の視線が一瞬だけ集まる。

 東京“都”じゃない。

 市――そんな呼び方、いつの時代だ。

 冗談だろ、と思いたかった。だが、夢にしては匂いが生々しすぎる。空気の埃っぽさ、人の体温、馬糞のような臭いまで混じっている。

 混乱したまま通りの端に寄り、どうにか状況を整理しようとした、そのときだった。

 人の流れが、ふっと割れた。

 数人の男たちが先に立ち、周囲を警戒するように視線を走らせている。その中心に、ひときわ目を引く存在がいた。

 白いブラウスに、落ち着いた色の袴。派手ではないが、生地の質が明らかに違う。背筋を伸ばし、静かに歩くその女性は、街の喧騒から切り離されたみたいに見えた。

 ――綺麗だ。

 それが、最初の感想だった。

 年は、たぶん自分と同じか、少し下。整った顔立ちというより、品がある。視線を伏せ気味にしながらも、どこか周囲を観察しているような目。

 その瞬間、彼女がこちらを見た。

 ほんの一瞬。

 それだけなのに、なぜか目を逸らせなかった。

 だが、次の瞬間。

「お嬢様、こちらへ」

 低い声とともに、護衛らしい男が一歩前に出る。視線が交差した理由が、こちらに向けられた警戒だと気づいて、遅れて現実に引き戻された。

 ――そうだよな。

 見知らぬ男が、ぼんやり突っ立っているだけで、警戒されて当然だ。

 彼女は何も言わず、軽く会釈するように頭を下げただけで、再び歩き出した。男たちに囲まれ、その姿はすぐに人混みに紛れていく。

 取り残されたような感覚だけが、胸に残った。

 声をかける理由も、資格もない。

 そもそも、自分はここで何者なんだ?

 東京市。

 いつの時代かも分からない場所。

 なのに、不思議とあの光景だけが、妙に現実味を帯びて頭から離れなかった。

 ――二度と、会わない。

 そう思ったはずなのに。

 なぜか胸の奥で、嫌な予感だけが、静かに息をしていた。

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