Episode.Ⅲ


その頃。パン屋の息子ミカは、断崖絶壁にある巣穴に放置されていた。


「ううぅ……ひいぃっ」


すぐ近くを魔物がつねに飛び交っているから、黒焦げの大木の陰で震えることしかできない。涙も、鼻水ももう枯れた。


長い長い夜が明ければ、今度は熱風にさらされる。火山が近いのかもしれない。


「僕はあきらめないぞ……ロウェルが、頑張ってくれてる」


ポケットには、乾いたパンが1つ。昨夜、とっさに掴んで忍ばせた。

大きくはないから、少しずつ食べないと。


「喉が、渇いた……」


水を得る手段はないかと、動いてみることにしたようだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「盗賊ども、アジトの位置を知らせない小細工までしているとは」


罠に、紛らわしい目印。ずいぶん回り道をさせられる。


出発前、ロウェルのことをまだ誤解している村人達は、協力的ではなかった。

年寄りにはとくに頑固なものが多い。


旅の準備は十分とは言えない。心身ともに消耗が激しい。


「しかし、確実に近づいているよ。反応が、変わってきた」


と励ましてくれるエルド。一緒にいてくれて本当に助かった。


飢えをしのごうと野ウサギを追いかけ、川魚を捕まえた。

こんな時だというのに、瞬く星たちは変わらず綺麗だ。


小さな焚火を囲み歌った。互いを励ますように。

機嫌がいいと歌ってくれる、村の酒場の娘を思い出す。



そうして歩き続けること、およそ2日。

ようやく、近くへたどり着いたロウェルとエルド。


「もう、目と鼻の先……のはず。慎重に」


とエルドが忠告してくれた。


範囲を広げながら辺りを探すと、やがてアジトらしきものが見つかった。


粗野な造りだけれど、高台にある。

もとは集落があった場所を乗っ取ったのではないだろうか。



「……見張りがいるな」


先をとがらせた丸太を組んだ、物騒な見た目の櫓が外周にある。

階段や見張り台を、弓矢を手にした男が巡回している。


「ロウェルさん、すみませんが私はお力になれません。どうか、ご武運を」

「いいんだ、行ってくる」



しかし、気づかれてしまったらしい。にわかに騒がしくなった。

ぞろぞろと、這い出して来る。


(……5人、いや、7人か?)


ロウェルは盾を構え、後退しながらメイスを振りかざす。


が、盗賊は示しあわせてか3、4人がかりだ。

それも、バラバラの方向から隙あらば切り込まれる。


これは__かなり、手ごわい。


こちらの攻撃は2~3発に1度くらいしか当たっていない。しかも浅い。


腕に、脇腹、肩口……刺し傷が増えてゆく。

(この分では、盾の強度も持たないぞ__)


足元の地面が、次第に赤く染まる。


「何だあ?弱いクセに。しかも1人?歓迎するぜ」

「意外にカネ持ってたりしてな!ぎ取りが楽しみだ」

「くっ……!」


苦戦を強いられ、もうダメかと思った時。


パン、パーンと破裂音がした。

少し遠くで、光の柱が上がっている。


「?ありゃ何だ」「合図?」



少しだが、やつらに隙ができた。


「ハ!……ヤァ!」


反撃を加える。

これまで余裕をかましていたせいか、慌てている。



「おいおいおい、今度は何だ!?」


目ざとく異変を認めた男が、空を指さした。


「あん?何だって……」



上空から、ものすごい豪風とともに、視界を遮るほどの巨大なマゼンタ色が舞い降りてきたのだ。


__セラだった。大地を揺るがす咆哮が、響き渡る。

憎悪。憎悪。憎悪。それしか感じない。

耳がどうにかなってしまいそうだ。



ゴオオオオオオォーーーッ!


凄まじい炎のブレスが、アジト一帯を一瞬で焼き払う。


「どどど、どうなってる!?」

「あ、あのドラゴンまさか、3日前に盗った卵の……」


盗賊どもは声にならない声をあげ、散り散りになり、四方へ逃げ出す。

しかし、セラの若木のような四肢と炎が、彼らを1人たりとも逃すまいと追いかける。


ロウェルも何人かを相手に戦った。

1対1なら、勝機はある!


(残りはアジトごと……ってところか)


さっきまでアジトのあった場所はすっかり焼け焦げ、更地に。地面もえぐれている。

あの様子ではまず、人間が生き延びるのは不可能だ。




少し遠くから、エルドが手を振りながら歩み寄ってきた。

音や光の柱で時間稼ぎしてくれたおかげで助かった。


しかも、光はセラにとって目印にもなったようだ。


セラは、ロウェルたちのあとを追っていたという。

探知能力を持っていても、不思議ではない。


……ただし、問題があった。肝心の卵が、ここにはないのだ。


「どうなっている!?我の卵!卵は」


焦りと怒りの感情が、空気をビリビリと張り詰めさせる。


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2025年12月29日 14:00
2025年12月30日 08:00

竜想を運ぶ者 宙子 @sorak0

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