エピローグ : 最後の選択

西陸運輸の詰所の裏手。あの日と変わらぬ暴力的な日差しが、今は静まり返った第四分岐点を容赦なく焼き続けている。錆びたレールの隙間からは、熱に強い雑草が執念深く首をもたげ、焼け付くようなバラストの熱気に耐えながら、無機質な鉄の道を侵食しようとしていた。


事故から長い月日が流れたが、この場所だけは時が止まったかのように、焦げ付いた鉄と重油の匂いが土壌の深くにまで染み付き、風が吹くたびに古傷を抉るような鋭さで鼻腔を突く。

路傍に手向けられた小さな花束は、あまりの熱風に煽られて無残に枯れ果て、かつての色彩を失って茶色く変色した花弁が、渇いた音を立ててバラストの隙間へと、まるで奈落へ落ちるように吸い込まれていった。


桐下鉄朗という一人の男の人生は、あの日、この灼熱の結界の中で、三つの異なる影へと残酷に分かたれた。それは、一つの魂が経験するにはあまりに過酷な、神の気まぐれによる分岐だった。




ある世界では、彼は動かぬ鉄のレバーを両手で握りしめたまま、目前で繰り広げられた百数十名の断末魔を、その網膜に、そして剥き出しの精神に焼き付けた。彼はその日から、鏡に映る自分自身の瞳の中に、救えなかった人々の幽霊を見るようになった。

自らを許せぬまま、誰に裁かれることもない孤独に耐えかね、ついには安物の白いビニールロープに己の首を預け、冷たいアパートの天井を見つめて事切れた。

その、光を失った眼窩に最後に映っていたのは、救えなかった命への果てしない謝罪だったのか、あるいは、選ぶことを放棄し、傍観者として生きる道を選んでしまった己への、拭い去れぬ嫌悪だったのか。


「……ごめんなさい、僕には、選べなかったんだ。誰かを殺すくらいなら、自分を殺すしかなかったんだ」


そんな、届くはずのない懺悔だけが、主を失った部屋の淀んだ空気の中にいつまでも漂っていた。




また別の世界では、彼は血塗られた英雄として、一人の命を奪った手のひらを、来る日も来る日も執拗に洗い続けていた。どれほど石鹸で擦っても、あのレバーを叩きつけた瞬間に感じた、一人の人間の実存を断ち切った悍ましい手応えだけが、皮膚の裏側にこびりついて離れない。

殺人者という消えぬ刻印を背負い、泥にまみれて日銭を稼ぎながら、毎夜、踏み潰したはずの現場監督の掠れた声が、枕元でリフレインする。彼が救い上げた百数十名の笑顔は、一人の犠牲という暗く重い影に飲み込まれ、感謝の言葉さえもが、彼の罪悪感を鋭く切り刻む冷徹な刃へと変わっていった。


「英雄なんて呼ばないでくれ。僕はただ、計算をしただけだ。一人を殺せば、百人が助かる。その冷たい算式に、自分の魂を売り渡しただけなんだ」


そう呟く彼の横顔には、かつて鉄道を愛した純粋な青年の面影はなく、ただ、終わりのない贖罪の道を歩む亡者のような虚無感だけが深く刻まれていた。




そして、さらに別の世界では、彼は何も見なかったことにして、平穏な日常の仮面を被って生きている。

かつてあれほど愛し、完璧な秩序の象徴として憧れた鉄道の走行音を聞くたびに、彼は耳を塞ぎ、冷房の効いたオフィスで震える指先を隠す。

鏡に映る自分の、何もなかったかのように澄ました顔から目を逸らしながら、無機質な見積書の数字の中に、自身の輪郭を埋没させて生き長らえている。何も失わず、誰の命も奪わなかったはずの彼は、その実、自らの魂の最も尊貴な部分をあの日線路に置き去りにしてきたのだ。

彼の人生は、永遠に実体のない無知という名の卑怯な欺瞞によって、中身のない空洞へと成り果てていた。


「あれは事故だったんだ。僕にはどうすることもできなかった。僕は、ただの運の悪い目撃者だったんだ」


自分自身に言い聞かせるその言葉が、強くなればなるほど、彼の心はあの日から一歩も前に進めず、陽炎の中に閉じ込められたまま、永遠に自分を見失い続けていた。




これらすべての、異なる地獄を歩む桐下鉄朗の頭上を、一匹の虹色のカミキリムシが、ふわりと軽やかに通り過ぎていく。

あの小さな、しかし鋼鉄のシステムを無慈悲に狂わせた、宝石のような羽。それは、誰を裁くこともなく、誰に裁かれることもなく、善も悪も存在しない本能の世界で、ただ青い空を泳いでいく。

その小さな顎が、一人の男の人生を三つに切り裂いたことなど、風の噂ほどにも気にかけてはいない。


物語のページを、今まさに閉じようとしているあなたの前には、あの日と変わらぬ、冷徹な沈黙を守る分岐器が横たわっている。

鉄の道は左右に分かれ、どちらを選んでも、あるいは選ぶことを拒絶しても、そこには人生の転轍機がもたらす、逃げ場なき現実が口を開けて待っている。


レールの微かな、しかし抗いようのない振動が、再びあなたの靴底を通じて、全身の血液に伝わり始める。

遠くのカーブから、審判の光を強烈に放つ特急列車が、避けることのできない未来という名の重圧となって、こちらへ向かって咆哮を上げている。残された時間は、あなたの鼓動が数回打たれる間の、わずか20秒あまり。


もし、この灼熱に焼かれた鉄のレバーを握っているのが、あなた自身の手だったとしたら。 もし、この逃げ場なき地獄の転轍機の前に立たされたのが、他ならぬあなたという存在だったとしたら。


あなたは、皮膚が焼ける痛みに耐えながら、どの未来を力任せに引き寄せるだろうか。 あるいは、その責任という名の重圧に魂を押し潰され、どの自分を永遠に殺すことになるだろうか。


陽炎がゆらゆらと立ち昇り、世界の境界が曖昧になる線路の先で、かぶり慣れない黄色いヘルメットをかぶったスーツの男が、あなたの決断をその虚ろな眼差しで見つめ続けている。


「さあ、決めてくれ。もう、時間は残されていないんだ。君なら、どのレバーを引く?」


裂帛の叫びのような問いかけが、蝉時雨の中に溶けていく。 あなたの答えを示してほしい。


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