第2話:雑用転移者
(……俺だけが、異物)
そう思った瞬間。
背後から柔らかい声がした。
「困りごとか?」
振り向くと、騎士が立っていた。
銀の胸甲。青い外套。
肩には紋章。
目つきは鋭いが、敵意はない。
“困っている者を見つけた”と判断した者の視線だった。
「……少し、事情があって」
俺は、言葉を選びながら答えた。
ここで「異世界に飛ばされました」なんて言っても、信じてもらえない。
信じてもらえないなら、次は“面倒な奴”扱いされる。
面倒な奴は、最初に切り捨てられる。
騎士は、俺の全身を一度だけ見た。
武器なし、荷物なし、ぼんやりした目――“素性不明”の典型。
それでも、彼はため息をつくだけで済ませた。
「そういう顔だな。ギルドで話を聞くといい。ついてこい」
拒否権がない言い方。
けど、これはたぶん“助け舟”だ。
俺は黙って頷き、彼の後ろについて歩き出した。
石畳の街路。
窓から漏れる灯り。
酒場の笑い声。
魔法灯が、ランタンみたいに揺れている。
そして――聞き取れない言葉が飛び交っているのに、意味だけが頭に入ってくる。
(……なんで分かる?)
ありがたいが、不気味だ。
転移者にありがちな“仕様”だと割り切らないと、頭が壊れる。
◆
案内された建物は、木造の大きなホールだった。
分厚い扉の上に掲げられた紋章は、剣と獣の頭骨を組み合わせたもの。
血なまぐさいのに、妙に整っている。
扉が開く瞬間、喧騒が一気に溢れた。
酒の匂い。
肉の焼ける匂い。
汗と鉄と香辛料。
笑い声と怒鳴り声と、乾杯の音。
――冒険者ギルド。
広いホールには、人、人、人。
獣人もいる。耳の長い奴もいる。
背丈が低くて筋肉が岩みたいな奴もいる。
誰もが武器を持ち、傷を持ち、目が生きている。
壁の掲示板には依頼票がびっしり貼られていて、札の前には人だかり。
誰かが魔法を見せびらかして小爆発を起こし、店主らしき男が怒鳴り散らす。
混沌の見本市だ。
カウンターの奥には、受付嬢がいた。
髪は結い上げ、目は利発。
そして“新人”を見た瞬間に、顔が少しだけ柔らかくなった。
「あら。新顔ね?」
「ああ……えっと、そうだな」
(どう説明する?)
迷ってる俺を見て、受付嬢は“迷ってる奴の扱い”を心得た笑みを浮かべる。
「剣術とか魔法はできる?」
「……いや、どっちも使えない」
一瞬だけ空気が止まった。
周りの冒険者が「え?」って顔をするのが視界の端に見えた。
だが受付嬢は、迷いなく言った。
「じゃあ雑用班ね!」
即決。容赦なし。
でも、その即決が俺を救った。
「雑用班……?」
「そう。依頼票の運搬、倉庫整理、荷車押し、護送隊の補助、街の掃除。地味だけどね、ギルドが回るための大事な仕事なの」
彼女はにこにこしながら、銅色のプレートを差し出した。
「ここ、ウルシア王国は冒険者大国。新人が“生き延びる道”を作るのもギルドの役目。焦らず慣れなさいな」
ウルシア王国。
国名だけが、やけに耳に残った。
「……ありがとう」
「いいのよ。で、名前は?」
……まずい。
名前を言うのは危険だ。
でもここで黙ると、それはそれで怪しい。
俺は少しだけ考えて、名乗った。
「……俺は、――」
言いかけた瞬間、喉が詰まった。
自分の名前が“異物”になる気がして、舌が拒否した。
受付嬢はそれを見て、少しだけ声を落とす。
「事情ありって顔ね。無理に聞かない。
でもね、ここでは名前は“盾”にも“鎖”にもなる。覚えときなさい」
彼女は、俺にプレートを握らせる。
「今日は宿の手配もしておくわ。まずは寝ましょ。生きるためには、まず寝るの」
その言葉が、妙に胸に刺さった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます