第2話:雑用転移者

(……俺だけが、異物)


そう思った瞬間。


背後から柔らかい声がした。


「困りごとか?」


振り向くと、騎士が立っていた。


銀の胸甲。青い外套。

肩には紋章。

目つきは鋭いが、敵意はない。

“困っている者を見つけた”と判断した者の視線だった。


「……少し、事情があって」


俺は、言葉を選びながら答えた。


ここで「異世界に飛ばされました」なんて言っても、信じてもらえない。

信じてもらえないなら、次は“面倒な奴”扱いされる。

面倒な奴は、最初に切り捨てられる。


騎士は、俺の全身を一度だけ見た。

武器なし、荷物なし、ぼんやりした目――“素性不明”の典型。


それでも、彼はため息をつくだけで済ませた。


「そういう顔だな。ギルドで話を聞くといい。ついてこい」


拒否権がない言い方。

けど、これはたぶん“助け舟”だ。

俺は黙って頷き、彼の後ろについて歩き出した。


石畳の街路。

窓から漏れる灯り。

酒場の笑い声。

魔法灯が、ランタンみたいに揺れている。


そして――聞き取れない言葉が飛び交っているのに、意味だけが頭に入ってくる。


(……なんで分かる?)


ありがたいが、不気味だ。


転移者にありがちな“仕様”だと割り切らないと、頭が壊れる。



案内された建物は、木造の大きなホールだった。


分厚い扉の上に掲げられた紋章は、剣と獣の頭骨を組み合わせたもの。

血なまぐさいのに、妙に整っている。


扉が開く瞬間、喧騒が一気に溢れた。


酒の匂い。

肉の焼ける匂い。

汗と鉄と香辛料。

笑い声と怒鳴り声と、乾杯の音。


――冒険者ギルド。


広いホールには、人、人、人。

獣人もいる。耳の長い奴もいる。

背丈が低くて筋肉が岩みたいな奴もいる。

誰もが武器を持ち、傷を持ち、目が生きている。


壁の掲示板には依頼票がびっしり貼られていて、札の前には人だかり。

誰かが魔法を見せびらかして小爆発を起こし、店主らしき男が怒鳴り散らす。


混沌の見本市だ。


カウンターの奥には、受付嬢がいた。

髪は結い上げ、目は利発。

そして“新人”を見た瞬間に、顔が少しだけ柔らかくなった。


「あら。新顔ね?」


「ああ……えっと、そうだな」


(どう説明する?)


迷ってる俺を見て、受付嬢は“迷ってる奴の扱い”を心得た笑みを浮かべる。


「剣術とか魔法はできる?」


「……いや、どっちも使えない」


一瞬だけ空気が止まった。

周りの冒険者が「え?」って顔をするのが視界の端に見えた。


だが受付嬢は、迷いなく言った。


「じゃあ雑用班ね!」


即決。容赦なし。

でも、その即決が俺を救った。


「雑用班……?」


「そう。依頼票の運搬、倉庫整理、荷車押し、護送隊の補助、街の掃除。地味だけどね、ギルドが回るための大事な仕事なの」


彼女はにこにこしながら、銅色のプレートを差し出した。


「ここ、ウルシア王国は冒険者大国。新人が“生き延びる道”を作るのもギルドの役目。焦らず慣れなさいな」


ウルシア王国。

国名だけが、やけに耳に残った。


「……ありがとう」


「いいのよ。で、名前は?」


……まずい。

名前を言うのは危険だ。

でもここで黙ると、それはそれで怪しい。


俺は少しだけ考えて、名乗った。


「……俺は、――」


言いかけた瞬間、喉が詰まった。

自分の名前が“異物”になる気がして、舌が拒否した。


受付嬢はそれを見て、少しだけ声を落とす。


「事情ありって顔ね。無理に聞かない。

でもね、ここでは名前は“盾”にも“鎖”にもなる。覚えときなさい」


彼女は、俺にプレートを握らせる。


「今日は宿の手配もしておくわ。まずは寝ましょ。生きるためには、まず寝るの」


その言葉が、妙に胸に刺さった。

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