郷愁

秋都 鮭丸

1

 僕は父が苦手だった。

 常に何かを睨みつけ、語気も荒くてすぐ怒る。「おい!」だの「コラ!」だの「うるさい!」だの。何に対しても厳しかった。箸の持ち方、姿勢の悪さ、勉強、部活の練習にも。

 そんな父が、僕はどうしても苦手だった。


 実家を出てから間もなく三年。空気の冷え込む十二月。何かと忙しいこの時期は、あっという間に駆け抜けていく。

 横目に過るクリスマス。仕事納めに忘年会。一人暮らしの大掃除。

 必須事項をあらかた終えて、残すタスクはただ一つ。僕は車に乗り込んだ。


 片道三時間、故郷への帰省だ。


 自動車の免許を取って、早二年。幸い事故も違反もなく、立派な優良ドライバー。はじめはぎこちなかった運転も、今ではすっかり慣れたもの。教習所の教官が、やけに厳しかったおかげだろうか。

 とはいえ、「慣れてきたころが一番危ない」。僕は改めて気を引き締め、そしてシートベルトを締めた。


 車での帰省は、今回で四度目だ。最初の帰省は、初心者マークが外れた直後のお盆だったか。高速道路の渋滞の中、迫る尿意に耐えながら、揺らぐ路面を眺めていたのを覚えている。

 今回も渋滞は必至だろう。こまめにサービスエリアに寄って、休息と、膀胱リセットを挟まねば。エンジンをかけ、ハンドルを握った。



 三時間半ほど車を走らせ、ようやく故郷が見えてきた。渋滞に次ぐ渋滞を抜け、旅程はかなり遅れているが、事故さえなければ問題なしだ。僕は高速を降り、見慣れた一般道を駆け、帰省先である実家へと向かう。

 目の端で流れていく景色は、僕のいなかった時間を教えてくれる。住んでいた頃から変わらないもの。知らぬ間に増えている新しいもの。そして、消えてしまった懐かしいもの。

 変わりゆく街並みには、寂しさと嬉しさの混じった、複雑な感情を想い起こさせる。僕がいてもいなくても、街はお構いなし。寂しい意味でも、嬉しい意味でも。僕は少し、速度を落とした。


 実家の敷地前の路面に、父が立っていた。腕を組んで、こちらを睨むように見る。

 近づいてくる僕の車に、何を言うでもなく、ただ駐車を促す。僕は僕で言われるがまま、敷地の空いたスペースに車を停めた。

「もう一回切り返せ」

「えぇっ!?」

 久々に帰ってきた息子に対する、第一声がこれである。

 確かに、僕が停めた車は前方だけ右に寄っていた。それは分かっていたが、まぁ実家の敷地内だし、スペースに余裕はあるし、長旅で早く休みたかった。


「ったくしょうがないな……」

 車を停め直す様を、腕を組んだまま眺める父。標準装備の眉間の皺が、一層深く濃く見える。

(帰省早々、まるで教習だな)

 父のお望み通り、きっちり綺麗に駐車をし、僕はようやく車を降りた。


「メシは食っているか」

「仕事はどうだ」

「嫁はまだか」

 僕が荷物を降ろす間に、父は言葉を投げ続ける。どれにも曖昧な返事をして、僕はトランクを閉めた。

 荷物を全て抱えた僕を見て、父はくるりと背を向けた。そのまま、実家の玄関へと歩き出す。そして、顔を見せずにぼそっと言う。


「おかえり」



 僕は父が苦手だった。今もそうだ。

 自分が言いたいことだけ言うし、怒鳴るし、睨むし、手厳しい。

 価値観は古いし、頑固だし、見栄っ張りだし、家事もしない。


 それに、欲しい言葉はいつだって、背中越しにしか言ってはくれない。



「……ただいま」


 聞こえていたのかいないのか、父は黙って扉を開ける。もちろん背中を向けたまま。


 あぁ、今年も、実家に帰ってきたんだな。

 父の背を追って、僕は扉をくぐった。


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