吹雪に怯えて

高井希

第1話吹雪の夜

 雪が積もらない場所に住んでいる私は、職場の同僚と一泊でスキー場に行く事にした。


早朝、同僚が自動車で迎えに来た。


スキー場までは高速を使って3時間くらいだ。


近くの山々は茶色っぽい緑色をしていたが、遠くの山脈は白く化粧され、早朝の優しい光の中、薄紅の空に消えそうな月が恥ずかしそうに浮かんでいた。


「積雪の状態はどうかな?」


「大丈夫。1メートルくらいあるらしい」


スキー旅行の言い出しっぺの加藤は、天気予報を何度もチェックして、旅館の手配もしておいてくれた。


ドライブは順調で、アスファルトに雪はのこっておらず、道路沿いの雪景色を楽しみながらあっという間にスキー場についた。


さっそく私達はスケボーやスキーを楽しみはじめ、中級コースから上級コースへ、最後に林間コースと楽しんでから遅い昼食を取って宿に向かった。


宿は山の中の一軒家で、古びた木造のこじんまりとした旅館だったが、スキー場から近いのと、温泉があったのでここを選んだそうだ。


温泉でかじかんだ身体をあたため、久しぶりの運動で悲鳴を上げている筋肉をほぐし、浴衣に褞袍を羽織って部屋に戻ると、食事が運ばれてきた。


山菜と川魚と天ぷらがメインの食事だったが、皆腹ペコのせいもあって、舌鼓を打って食べ、ご飯と味噌汁もお替りをした。


いつの間にか外は雪がふりはじめていて、暖房を強くしてから、持ってきたトランプなどで遊びはじめた。


「大丈夫?外、吹雪になってるけど…」


「朝、車を駐車場から出すのに手こずるかも」


吹雪のヒューヒューという風切り音は、喉を切られた様な哀しげな音を出し、ガラス窓がガタガタと叩かれた。


「何だか怖いな」


雪も積もらない場所に住む私達にとって、吹雪は異質で恐怖さえ感じた。


特に大石は寒気がすると、吹雪の直後から布団に潜って1人で先に横になってしまった。


夜中になると、まるで女性が泣き叫んでいるような風音になり、暖房を最強にしているというのに部屋の中で凍えるような寒気を感じた。


「暖房がちっとも効かない。これ、潰れたんじゃないか?」


私達は押入れからありったけの掛け布団を出し、自分達の掛け布団の上に重ね、ガタガタ震えて布団から出てこない大石の上にも掛け布団を重ねてやった。


吹雪はやまず、悲鳴の様な音と、窓をドンドン叩く様な音が私達を眠らせてくれなかった。


「まるで外に誰か居るみたいだな?」


加藤が言い出した。


「やめろよ。ここ2階だし…。吹雪の中、夜中に誰がいるっていうんだ?」


私達の戯れ言に応え、大石が何か声を出しているような気がした。


「どうした、大石。なんて言ってる?」


吹雪の音にかき消されそうな、かすれた大石の声に耳をそばだてた。


「…リサ、やめろ…。悪かった…来るな…」


大石はうなされているように、同じ言葉を繰り返している。


私達の脳裏に昨年の冬山で遭難死した、元同僚の叶亜里沙の事が浮かんだ。


叶亜里沙は冬山で何者かに置き去りにされ、遭難し、死亡した。


彼女の携帯も行方不明で、いったい誰にどうやって連れて来られたのかも不明だった。


亜里沙は誰にでも親切な女性で、同僚達にも好かれていた。


犯人は大石だったのか?


そんな馬鹿げた妄想が頭をよぎり、私は嫌な気分になった。




 朝が来ると、吹雪は嘘のように止み、世界は凍てつく静寂に包まれていた。


窓を開けると、白銀の世界が広がり、雪の結晶一つ一つが光を放って、宝石の様に輝いている。


だが、大石は掛け布団をすっぽりと頭まで被り、いつまでも起きて来ない。


「おい、大石、大丈夫か?」


私が掛け布団をずらすと、土気色をした大石は息も弱々しくなっている。


「救急車呼んでくれ。大石の様子が変だ」


昨夜の吹雪のせいで、道路が一部通行止めの為、救急車が到着できず、旅館と契約した往診医がやって来た。


「かなり衰弱しています。応急処置はしますが、施設の整った病院で精密検査を受けるべきですね」


私は社長に連絡し、大石の状態をつたえ、彼の家族への連絡を頼んだ。


点滴などの処置を終え、医者が我々を呼んで尋ねた。


「 患者は昨夜、どんな様子でしたか?」


「寒がって布団に潜って震えて、うなされていました」


「患者の首に痣があったんですが、自分で付けた様な…」


私達は首を捻るだけで、答える事が出来なかった。


数時間後にやっと到着した救急車に乗せられ、大石は総合病院に入院した。


その頃には大石の母親も近くまで来ていたから、直接その病院まで行って貰った。


我々は自動車で帰路に着いたが、大石のうわ言が耳について離れなかった。


「警察に相談すべきだ」


加藤が頑なに言い張った。


「うわ言が証拠になるかな?」


「容疑者を大石に断定して警察が調べたら、何か出てくるかもしれない」


加藤は譲らなかった。


「警察が今さら調べるものか」


私の言葉は無視され、加藤が代表して警察に届ける事になった。




 数日後、大石が衰弱死したと、社長に教えられた。


いつの間にか大石の

『…リサ、やめろ…。悪かった…来るな…』

という、うわ言の事が社内で広まり、加藤が警察に届けた事も知れ渡っていた。


「加藤は叶さんに恋していたんだ」

と、言う友人もいて、私は考えた。


スキーに行こうと言い出したのは加藤だったし、メンバーにも加藤が声をかけた。


加藤はスキー前に天気予報をしきりに気にかけていたし、大石の隣の布団で寝たのは加藤だった。


イヤイヤ、考え過ぎだろう。


大石には誰かの声が聞こえていたようだったし、あんなに怯えていたんだから。



 一ヶ月ほどたった頃、「携帯を子供が拾って隠し持っていた」と、言って届け出た人がいた。


それは1年前に無くなった筈の叶さんの携帯だった。


受け取った交番のお巡りさんが叶さんの事件の事を覚えていて、担当刑事に連絡したそうだ。


携帯には事件当日の大石とのやり取りが残されていて、叶さんは大石と冬山に行き、置き去りにされた事が証明された。


大石は被疑者死亡のまま書類送検となった。




 『…リサ、やめろ…。悪かった…来るな…』


あの大石のうわ言は何だったんだろう?


大石には叶さんが見えていたんだろうか?


【現在は過去が産んだ卵であった。

その殻の中に未来を有していたのだ】


叶さんを殺した過去が、大石を衰弱死させたのだろうか?


それとも…

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2025年12月29日 11:00

吹雪に怯えて 高井希 @nozomitakai

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