12 全身全霊を捧げた魂の一冊
妄想を最大出力で加速させ、大爆発を起こすまで膨らます。それを悔いが微塵も残らぬほどにキーボードへ叩きつける。そんなエピローグを書き終えた。それでも妄想がまだまだ止まらず、追加のエピローグをさらに書き足す。ここらで終止符を打たなければ、愚かなる私は永遠に書き続けてしまうだろう。
脱稿。なんと重い言葉なのか。素人が愚作を完成させた。ただそれだけだ。そんな大層なものではない。
構想は、きっと幼少の頃から。執筆期間は、およそ半年強といったところだろうか。
なるほど。こうやって改めて記述すると、思った以上に壮大なものと思えてくる。なるほど、なるほど。やっぱり、大層なものであると言い切ってしまおう。
いまは右手に大層な包帯を巻いている状況だ。つまりは親指の腱鞘炎の術後であり、静養期間中である。痛い思いをしたのは私自身だが、安らぎの時間を得たとも言えなくもない。二週間に渡る休業、その最中に脱稿したというわけだ。
ノートパソコンを開き、一読者として読み返していた。客観的に読み進めようとしても、どうしても思い起こしてしまう。
本当に全力で駆け抜けた半年間だった。数え切れないほどの困難にも直面した。自分がこれまでにないほどの情熱を物語に注ぎ込んだことを実感する。そんじょそこらの創作作品とは違う。あらゆる限界を乗り越えた軌跡がそこにはある。
まさに、全身全霊を捧げた魂の一冊だった。
もしも、この私の物語を誰かに話すことがあるならば、ぜひ人生で一冊、小説の執筆をお勧めしたいと思う。尽きぬ後悔と向き合い、見つめ直す絶好の機会になる。
もう一度あの頃に戻れたら。誰もが過去のダメージを背負っている。もう一度戻れたのなら、今度こそは、と心の回復を願っている。
救済手段のひとつを、私は知っている。生きる気力を失った人間が、小説を書き始めるとどうなるのか。
心身共に再起した自分の姿を目の当たりにするだろう。現実では不可能でも、創作の世界では不可能はない。イメージによる回復能力は、現実のカウンセリングをも凌駕する。いま皆が口にしている健康食品やサプリメント以上の、心の糧になると断言できる。
執筆という行為は、執筆者の心に鉄壁という名の御守りを与える。私が保証しよう。なぜならば……。
次の瞬間、闇が覆い被さり、視界を遮った。全世界の時間が停止する。浮力が失われ、漆黒の底へと突き落とされる。耳に顔を近づけ、そっと、しかし力強く、私の中のヴィランが訴えた。
人生で一冊。本当にそれでいいのか。これほどのお宝を見つける機会が一回でいいと思うのか。
もはや悪に染まった私は、首を横に振る。そして、ニヤリとして答えてみせる。
いいわけがない。
ヴィランも笑みを浮かべる。
では、すぐに始めろ。二冊目の執筆に取りかかれ。時間は有限で、残り少ない。自分を生かすため、いや、人生を楽しみ尽くすために……。
ヴィランと私の言葉が重なる。
命の限り、書き続けろ。
それ以降、メンタルクリックに通うことはなくなった。依存先は、沈静の闇か、波乱の光か。どちらが健全なのかは、もはや考えるまでもない。
宙に浮いて鎮座した心は、どんな罵詈雑言の口撃にも揺るがないだろう。
今日は燃えるゴミの日だ。分別した指定ポリ袋の取っ手を締める。私は、抗鬱剤の入った燃えるゴミのポリ袋を、更に固結びした。
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