10 共に最高潮へ
人生において、頻繁に立ち塞がる脅威。そのすべてに私は打ち負かされてきた。
筋骨隆々の巨漢のサイボーグが目の前に立ち塞がる。人を殴った経験すらない、喧嘩皆無の私が、白熱のバトルシーンを書けるだろうか。と、そんな弱気になっている場合ではなかった。
以前に画策した、主人公を絶対に逃がさない秘策が展開される。クライマックスのラストバトル前半が始まった。ジョウと呼ばれるサイボーグに勝たなければ、コウキの正体が世に明かされてしまう。
バトルシーンの初動となる文字を打ち込む。コウキの頭上から、ジョウの豪腕が振り下ろされる。防御の構えすらできない。恐怖で全身が硬直する。
私も似たようなものだった。うまく書かなければならないというプレッシャーで、キーボードに触れている十本の指がピクピクと痙攣を起こしていた。
大きく深呼吸を繰り返し、思考を落ち着かせる。飛行能力は封じられた。このままでは絶対に勝ち目はない。クライマックスに相応しい、新たなる能力の覚醒が必要だ。しかも、ひとつでは足りない。数種類の強力な能力が不可欠なのだ。
過保護、もしくは、ご都合主義と思われるかもしれないが、誰かが守らねば、ジョウによるこの初発の一撃で物語は終わる。私は守護霊的な存在として物語に潜り込み、コウキにひとつめの新能力発現のきっかけを直接与えることにした。
キーボードへの打ち込みを再開する。コウキの肉体を操り、ジョウの一撃を避けさせる。無意識の行動という認識にさせ、激高するサイボーグの連打から彼の身を守り続ける。そしてその認識は、やがてひとつめの発現へと至り、ふたつめ、みっつめと強力な新能力が次々と覚醒していく。
私の中でバトルシーンへの不安は薄れていった。苦手な格闘描写の執筆を敢行し続けることで、次第にそれが自信へと変わってくる。愚作どころか、傑作になっているのではないか。いつもの自信過剰な自分に戻りつつあった。
サイボーグのジョウを倒したコウキが、ラスボスである女科学者のマキと対峙する。
ラストバトル後半、ここを乗り切れば、喜怒哀楽を共にしたコウキとの執筆生活もほぼ終わりを迎える。そう思うと、胸に熱いものが込み上げてくる。
やがてマキとの駆け引きが始まった。彼女が引き連れてきたドローン軍による攻撃も開始される。
物語の核心である、主人公の最後の選択。コウキは覚悟を決めなければならない。
彼の生死は、私の手に委ねられていた。私も腹をくくる時が来たのだ。
執筆開始当初からずっと考えていた、クライマックスで叫ぶ主人公の台詞。ついにそれを打ち込む。胸のつかえが取れる思いだった。
そして、よっつめとなる、最終にして究極の能力を彼に与える。夢を叶える力が、すべての敵を討ち滅ぼす力が、コウキの中で目を覚ました。
息巻きながら書き進めていく。しかし、段々と、突如として笑えなくなってくる。これは、もしかして、と私の口元の緩みが完全に消え去る。背筋に悪寒が走り、混乱と焦燥が渦巻き出す。
これは、やってしまったかもしれない。意気込みすぎて、とんでもないものを解き放ってしまったかもしれない。
いまの実力では描写が困難なほどの、私の手に余りすぎるコウキの姿が、頭上から舞い降りようとしていた。
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